第41話 送別会
帰国前日の夕食は、シロー君の家族と街へ出かけた。
ひいきの食堂で、送別会を開いてくれそうだ。
左手をナルちゃん、右手をメルちゃん、色違いのワンピースを着た二人と手を繋ぎ、夕日に染まるアリストの街を歩いている。
道ゆく人たちは、老若男女かかわらず二人の少女声を掛け、彼女たちもほがらかに挨拶を返す。
先日ポポを散歩させていた様子から考えても、ナルちゃん、メルちゃんは、この街のアイドルなのだろう。
「ヤナイさん、ここだよー!」
「からすー!」
私たちは、軒下から木の看板が吊りさげられた、がっしりした木造二階建ての前で停まった。
銀髪の少女二人は私の手を離し、分厚い木の扉を開けた。
こざっぱりした店内にはすでに灯火がともされており、飾り気のない、庶民的な木のテーブルや椅子が置かれていた。
まだ少し早い時間だからか、お客の姿はなかった。
「「おばちゃん、こんばんわー!」」
「あいよ、いらっしゃい!
ナルちゃん、メルちゃん、よく来てくれたね。
今日は、二人の好きな料理たくさん用意してるからね。
たんとお食べ」
「「わーい!」」
ナルちゃん、メルちゃんが店の奥へと駆けこむ。
「ナル、メル、食事する場所で走ってはだめよ」
いつの間にか私の横に立っていたルルさんが、二人を注意した。
「マンマ、早くー!」
「早くー!」
きっとお気に入りの席なのだろう、少女たちは一番奥のテーブルに座り、こちらへ手を振っている。
「おかみさん、今日はお世話になります」
「よしとくれ!
あんたの知りあいの送別会なんだろ?
うちの人が腕によりをかけて用意してるから、席で待ってな」
「いつもありがとうございます。
こちら、俺の会社で働いてくれてる、柳井、後藤、遠藤です」
「柳井です、はじめまして」
「初めまして」
「こんばんは」
シロー君に紹介されたので、私、後藤、遠藤の順に挨拶する。
やや背が低い、丸っこいおかみさんは、まじまじと私たち三人を見た。
「あんたたち、この子の下で働いてるなら苦労も多いだろう。
今日はゆっくりしておくれ。
お酒も飲めるんだろう?」
「え、ええ、でもほどほどにしておきます。
食事に集中したいですから」
後藤は、ギルドでの失敗で懲りたらしい。
遠藤もばつが悪そうな顔をしている。
「遠慮しなくていいんだよ。
じゃあ、あたいは用意があるから、座っておくれ」
そういうとおかみさんは、店の奥へ入っていった。
そちらにキッチンがあるのだろう、いい匂いが漂ってくる。
食事する人数が多いので、シロー君とリーヴァス様が、六つあるテーブルのうち三つを縦にくっつけて並べた。
私、後藤、遠藤の三人は、そのまん中辺りに壁を背にして座った。
着席した人たちを見回すと、シロー君の家族が揃っている。
ナルちゃん、メルちゃんに、ルルさん、コルナさん、コリーダさん。
彼女たちは、街の人たちが着るような、飾らない服装にしている。
そして、ギルドに行った時、お世話になった大男マックさん。
その隣にはリーヴァス様とシロー君が座っている。
おかみさんが、飲みものを並べると、リーヴァス様が乾杯の音頭をとった。
「柳井さん、後藤君、遠藤君、アリストでのお仕事ご苦労様でした。
おもてなしらしいおもてなしもできませんでしたが、この国、この世界を楽しんでもらえならばいいですな。
では、旅の無事と健康を願って乾杯!」
「「「乾杯!」」」
リーヴァス様が、「乾杯」というところを日本語で言ってくれたのが嬉しかった。
「さあさ、おあがり」
おかみさんが、大皿をテーブルに並べていく。
広いテーブルが、美味しそうな料理でいっぱいになった。
「「わーい!」」
歓声を上げたナルちゃんメルちゃんは、ルルさんが小皿に取りわけた料理を夢中で食べはじめた。
「おいしい!」
味にうるさい遠藤が、一口食べて目を丸くする。
「こりゃ、すごいですね。
食文化の高さを感じますよ」
後藤も顔をほころばせている。
「気に入ってくれたかい?
料理のいくつかには、シローがあんたらの世界から持ってきた調味料やソースをつかってるからね。
うちの人、ずい分いろいろ試したんだよ」
「へえ、だから食べやすいんですね」
シェフの並々ならぬ才能を感じる。
「お、この具がぷちぷちしたスープ、最高ですね!」
遠藤の言葉に、シロー君が説明する。
「それは『エルファリア世界』のスープですよ。
プチプチしたのは、『ブイガ』という木の実なんです」
「シロー君、もしかしてこの料理って――」
「ええ、半分はアリストの郷土料理、あとの半分は、他の世界で食べられているものです」
「この甘辛く焼いた肉料理、もうクセになっちゃう味ですね」
「後藤さん、それは『獣人世界』の『コシカ』っていう鹿に似た動物ですよ。
ミミが好物なんです」
言われて気がついたけど、ミミちゃんがいないわね。
「そういえば、ミミちゃんとポル君は?」
「二人は、『ハピィフェロー』についてダンジョンに潜ってます」
「へえ、そうなんだ」
私はそれで済まそうとしたが、なぜか遠藤が興奮してしまった。
「ダンジョン!
この世界って、本当にダンジョンがあるんですか?」
「ははは、エンドー君は、ダンジョンに興味があるのかな。
この国にもいつくか。
他国のも合わせると、数え切れないほどありますぞ」
「「おお!」」
リーヴァス様の説明を聞き、遠藤に加え後藤まで盛りあがている。
なんなのかしら、この人たち……。
「ダンジョン!
男のロマンだなあ……」
遠藤が夢見るような目になってるけど、絶対に違うと思う。
その頃になると、二階から降りてきた人たちが、空いたテーブルに座った。
ここは、宿もやっているらしい。
「この世界に来てすぐ、俺だけお城から追いだされたんですが、そのとき泊まっていたのがこの『カラス亭』なんですよ」
「へえ、シロー君のなじみの店ってそういうことだったんだね」
「お兄ちゃんたら、ルルと二人で一部屋に泊まってたんだって」
コルナさんが、いたずらっ子のような目をしている。
「コルナ!
今、それ言っちゃダメでしょ」
そう言ったルルさんは、食べるのに一所懸命なナルちゃんとメルちゃんの方をチラリと見た。
「でも、なーんにもなかったんでしょ。
話しても大丈夫よ」
コリーダさんが微笑んでいる。
美人の微笑みって、なんか凄みがあるわね。
「え、ええ、そうよ、なにもなかったわ」
ルルさんはそう言うと、恨めしそうな視線をシロー君に送った。
いささか気まずい雰囲気になった場を救ったのは、扉から入ってきた新しいお客さんだった。
「お、いたいた!
みなさん、ごんばんわ!」
「リーヴァス様、お久しぶりです」
「おう、マックさんもいるじゃねえか!」
どこかで見た顔だと思ったら、ギルドで会った冒険者たちだった、
五六人いる冒険者は、私たちから一番離れた席に座った。
食事が終わり、おかみさんにお礼を言って店を出ようとすると、冒険者の一人が立ちあがり、こちらにやってきた。
「ゴトー、エンドー、一杯飲もうぜ」
「社長……」
「しょうがないわね、お付きあいなさい。
あまり遅くならないうちに帰るのよ。
明日があるんだから」
「「はい!」」
後藤と遠藤のやけにいい返事を背に店を出る。
おかみさんと、背は低いがどっしりした感じのおじさんが店から現れた。
おじさんは、ここの料理人、つまり、おかみさんの旦那さんらしい。
「ごちそうさまでした。
これ、私たちの世界からのお菓子とお酒です」
おかみさんには高級チョコレート、おじさんには日本酒の大吟醸を渡す。
「まあ、ありがとう。
次来るときは、気にするんじゃないよ」
おかみさんが満面の笑顔でそう言った。
きっとチョコレートが好物なのだろう。
「「「ごちそうさまー!」」」
「また来なー!」
別れの挨拶を交わし、『カラス亭』を後にした。
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