第40話 想定外のイベント


 地球世界への帰還前日、朝から取材資料の整理でばたばたしてると、ノックの音がしてナルちゃんとメルちゃんが入ってきた。


「ヤナイさん、おはよー!」

「おはよー!」 


 抱きついてきた二人に、こちらもハグをかえす。


「二人とも、朝からどうしたの?」


 二人の部屋は母屋にあるから、わざわざ離れの二階まで知らせに来てくれたことになる。


「パーパがお話があるから、下に来てちょうだいって」


「分かったわ。

 すぐ行くって伝えてね」


「「はーい!」」


 手を振った二人が、元気に部屋をとびだしていく。    

 朝食は母屋のダイニングでとるはずだけど、いったいなにかしら?

 最低限のお化粧だけして、一階のラウンジへ向かった。


 ◇

  

「おはようございます。

 朝早くからすみません」


 ラウンジでは、すでにシロー君がソファーに座っており、その前に椅子には、ジャージ姿の後藤と遠藤が腰かけている。 

 

「ええと、こんな時間になんでしょう?」


「実は、最後にイベントを用意しているんですよ」


「イベントって?」


「まあ、サプライズイベントだから、中身は開けてからのお楽しみです」


 いや、サプライズというなら、今ばらすといけないんじゃないの?


「今からちょっとお城へ行きます」


「えっ!?

 私、この恰好だよ?」


 Tシャツに薄いサマーセーターを羽織っただけで、下は伸縮素材のスラックスという服装だ。お城へ行くような格好ではない。


「ああ、服装は気にしないでください。

 陛下に会うわけじゃないから」


「でも――」


 言葉を続ける前に、シロー君が指を鳴らした。

 周囲の景色が変わり、私たちは広間の中央にいた。

 前に玉座があるから、女王陛下と謁見した場所だろう。

 ただ、広間には誰もいなかった。


「こ、ここは……」


 後藤も遠藤も当惑が隠しきれない。


「少し待ってください。

 もう来るはずですから」


 シロー君はそう言ったが、とても居心地が悪い。

 今しも、お城の人が入ってくるかしれないからだ。

 こんな場所でこんな格好をしてたら、不敬罪に問われるんじゃないかしら。


 ガチャリ


 扉が開く音がして、何段か高くなった玉座の向こうから、黒ローブの男性が現れた。

 彼は両手で大きなお盆のようなものを支えていた。


「ハートンさん、朝早くからありがとう」


「なんのなんの、他でもないシロー殿の頼みですからな」


 恵比寿様を思わせる男性は、とても腰が低かった。


「こちら、ハートンさん。

 宮廷魔術師で一番偉い方です」


 ほら!

 私たちの恰好、これじゃいけないでしょ!  

  

「こちら、『異世界通信社』の柳井社長と、後藤さん、遠藤さん」


「存じておりますぞ。

 陛下との謁見されたとき、私もここにおりましたからな」


「ど、どうも、お早うございます」

「「お早うございます」」


 ぎこちない私の挨拶に続き、後藤と遠藤も頭を下げた。


「では、さっそく……」 


 ハートンさんが早口でなにかぶつぶつ唱えると、彼が持つお盆の表面が薄っすらと光った。

 お盆には水のような液体が張ってあり、それが光ったようだ。


「さあ、この上に手をかざしてくだされ」


 ハートンさんの言葉に、後藤が動いた。

 彼って無鉄砲なところがあるからね。

 後藤が伸ばした手が水盤の上に届くと、水面が一瞬強く光った。

 光が収まると、水盤の上に文字が浮かんでいる。

 宙に浮かんだ白い文字は、アリストで使われている文字のようだから、私たちにはそれが読めなかった。


「あなたの職業は、『拳闘士』です」


 ハートンさんの声が少しうわずっているように聞こえる。

 シロー君はしきりに頷いているが、明らかにこれはおかしい。 


「シロー君、これって『覚醒』じゃないの?」


「ええ、そうですよ」


「でも、でも……『覚醒』って、ある年齢を過ぎたら起こらないのよね?」


「ええ、は二十五才を越えると覚醒しないと言われていますね」


「じゃあ、なんで後藤が?」


「うーん、それ、話せないんですよね。

 それより、柳井さんも遠藤も、試してください」


 シロー君に言われ、今度は遠藤が水盤に手をかざす。

 再び水盤が光り、宙に文字が浮かんだ。


「あなたは『剣士』ですな」


 遠藤、なんであんたガッツポーズしてるの?

 いい心臓してるわね。


「さあ、社長も早く」


 後藤が私の背を押す。

 だけど、躊躇してしまう。

 私、もう三十だよ。

 これで一人だけ『覚醒』っていうのが起こらなかったら、すっごく恥ずかしいでしょ。

 シロー君の方を見ると、いつもの包みこむような笑顔があった。

 ふわりと不安が解け、手を水盤に伸ばす。

 水盤は、それまでより強く光った。


「おお!

 これは初めての職業ですな!

 あなたは、『分析者』に覚醒しましたぞ」


 えっ!? ホントに!?

 私も覚醒できたの!?

 シロー君と同じ?

 なんかすごく嬉しい!

 でも、『分析者』ってなにかしら?

 自分が変わったという実感がないんだけど……。


「じゃあ、みなさんを『やすらぎの家』のラウンジに戻しますから、夕方まで自由に過ごしてください。

 夕方は、みんなで食事にいきますから、お昼はあまり食べないようにしてくださいね。

 じゃあ、また夕方に」


 シロー君が指を鳴らす音が聞こえたら、周囲の景色が変わった。

 そこは見慣れたラウンジだった。

 三人で、顔を見合わせる。


「「「やったー!」」」


 二人とハイタッチする。

 騒ぎを聞きつけたのだろう、カウンターの奥からイケメンエルフのチョイス氏が出てきた。


「ど、どうされました?」


「私たち、かく……いえ、いいことがあったの!

 なにか飲みものを作ってちょうだい!」


「お酒がいいですか?」


「……いいえ、飲んじゃうと、気がついたら明日になっちゃいそうだから、今はいいわ。

 他の飲みものをちょうだい」


「じゃあ、エルファリアのジュースをお出ししますね」


 盛りあがっている私たち三人は、ジュースで何度も乾杯をして、お腹がたぷたぷになってしまった。

 晩御飯、大丈夫かしら?

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