第42話 取材旅行の終わり


 地球に帰還する日が来た。

 朝早く起きて、自分が泊まっていた部屋を掃除する。

 荷物の整理は、すでに終わらせてあるから、掃き掃除と拭き掃除するだけだった。

 地球世界と違い、掃除機がないので、久しぶりにホウキを使った気がする。

 そのホウキは魔獣の毛を植えこんだもので、とても「はき心地」がよかった。

 お土産で持ってかえりたいくらいだ。


 そういえば、この部屋のベッドはあり得ないくらい寝心地がよかった。

 なんでも、エルファリア世界で採れるコケをクッションに使っているそうだ。

 地球世界の『ポンポコ商会』がコケットという自立型ハンモックを販売しているが、それにもこのコケが使われているそうだ。

 白猫ぬいぐるみのプニプニした肉球に入っている素材も、同じものだと思う。

 後藤と遠藤の部屋をのぞくと、彼らも名残惜しそうにベッドを触っていた。

 

「おはようございます」


 荷物を持った私たちが宿泊していた離れの『やすらぎの家』から、母屋の『くつろぎの家』へ入っていくと、広いダイニングにはシロー君の家族全員がすでに勢ぞろいしていた。


「おはようございます」

 

「「ヤナイさん、おはよー!」」


 ナルちゃん、メルちゃんの元気が声が私たちを迎えてくれる。

 ルルさんたちとも挨拶を交わし、朝食の席に着く。


「「「いただきまーす!」」」


 朝食は、いつもシロー君たちが食べているものだそうで、黒くて硬いパンの薄切りと、あっさりした野菜のスープ、そして乾燥肉を焼いたものというシンプルなものだった。

 イチゴに似た味のジュースも、麦茶に似た味のお茶も、この世界のものだという。

 食事が済むと、ナルちゃんとメルちゃんが私に抱きついてくる。彼女たちは学校に行かなくてはならないから、ここでお別れとなる。

 

「ヤナイさん、また来てくれる?」


 二人から涙目でお願いされると、後ろ髪ひかれる思いだ。

 

「ええ、次はお仕事じゃなくて休暇で来たいわ。

 二人とも、元気でね。

 ポポラちゃん、ポポロ君によろしく」


「う、うん」

「ううう」


 しゃがんで二人と目線を合わせ、それぞれの銀髪を撫でる。


「さあ、学校に行ってらっしゃい。

 お友達が待ってるわよ」


 涙を押しもどし、ことさら明るくそう言うと、二人は一瞬泣き顔になりかけたが、やっと笑顔を見せた。

 きっと学校が好きなのね。


「「行ってきまーす!」」


 ルルさん、シロー君と一緒に手を振り、彼女たちを送りだす。


「とてもよくできた子たちね」


「ええ、自慢の娘です」


 ドアを閉めたルルさんが、母性あふれる表情でそう言った。

 年齢からいって、ナルちゃん、メルちゃんは、どう見てもルルさんの実の娘ではない。

 だけど、そこにはそんなものを越えた親子の情がうかがえた。


 ◇


 私たちの帰還は、女王陛下へのご挨拶もあるので、この世界への転移時に現れた場所、つまりアリスト城内の森からと決まっていた。

 私たちの希望で、シロー君の家からお城までは街中を歩いた。

 パンを焼く匂い、売り子の声、つい少し前までは、見慣れない風景だったはずなのに、もう懐かしさが湧いてくる。

 いつもはおしゃべりな後藤と遠藤が黙って街を眺めている。


 お城に着くと、いつか見た立派な風格の騎士が出てきて、私たちを森へ案内してくれた。

 そこにはすでにルルさん、コルナさん、コリーダさん、そしてリーヴァス様が待っていた。

 私たちと一緒に来たシロー君が指を鳴らすと、翔太君と女王陛下である彼の姉、畑山さんが姿を現した。

 翔太君も畑山さんも、プリンス、女王としての正装だろう、きらびやかな衣装を身にまとっている。

 彼らの後ろには、私たちの覚醒を手助けしてくれた、でっぷりした宮廷魔術師のおじさんの姿があった。 


「柳井さん、お仕事ご苦労様。

 この国はどうでしたか?」

 

「女王陛下、滞在中はいろいろとお世話になりました。

 すばらしい取材ができましたよ」


「そう、それはよかった。

 報道にあたっては、地球世界の人たちが、異世界の人々に対して偏見など抱かぬよう配慮をお願いしますね」 


「もちろんです。

 異世界といえども、そこに暮らす人々には変わりがない。

 ここに滞在してみて、そう実感できました。 

 公開する記事は、プリントアウトしてシロー君に渡しておきます」


「まあ!

 それは楽しみね!

 父さんにも教えてあげてください」


「はい、畏まりました」


 翔太君が私の前に立つ。


「柳井さん、また来てちょうだいね。

 白騎士さんたちに手紙書いたから渡してくれる?

 じゃあ、お元気で」


「はい、翔太君も元気でね。

 次に来る時も、また魔術学院へ行きたいなあ」


「ははは、学校のみんなも喜びますよ。

 ぜひおいでください」

 

「「ああっ!」」


 後藤と遠藤が悲鳴を上げたので振りかえると、まっ白な巨大ウサギが二頭、並んで座っていた。

 え?

 ウサ子ちゃんが二匹?


「あ、ウサ子、ぴょん太!」


 翔太君がそちらへ駆けていく。

 どうやら神獣様は、もう一頭いたらしい。

 

「陛下、ウサ子さんに触ってもいいですか?」


 ウサギを撫でる翔太君を見て、遠藤がもう我慢できないないという顔でお願いする。


「ええ、ぜひ友達になってやってください」


 遠藤はともかく、後藤まで巨大ウサギのところへ走る。

 あんたたち、取材はどうしたのよ。


「社長、これ、ふわふわですよ~」

「うわっ、ふっかふかだ!」


 後藤と遠藤は、それぞれ巨大ウサギのお腹に埋まり気持ちよさそうな表情を見せている。

 あれって人に見せちゃいけない顔よね。


「ヤナイさん、また来てくだされ。

 ブレットたちや『星の卵』の三人からもよろしくと言づかってますぞ」


 リーヴァス様と握手する。


「また来てくださいね。

 ナルとメルも喜びます」


 アリストの民族衣装を着たルルさんが微笑んでいる。

 

「お兄ちゃんに頼むと簡単に来れるんだら、遠慮しないでね」


 小柄なコルナさんが、三角耳をぴくぴくさせてぎゅっとハグしてくれる。

 

「次に来るときは歌で歓迎しますよ」


 コリーダさんが、嬉しいことを言ってくれる。


「後藤さん、遠藤、そろそろ行くよ」


 シロー君の声を聞いた二人が、名残惜しそうに巨大ウサギから離れる。


「荷物の忘れ物はありませんね?」


 私たち三人は、シロー君と手を繋ぎ輪になった。


「では、みなさん、失礼します。

 ありがとうございました」

「「ありがとうございました」」


 私の挨拶に後藤と遠藤が声を合わせる。


「「「よい風を」」」


 見送りる人たちから、声がかかる。


「「「よい風を」」」


 私たちが返した途端、足元に黒いもやが現れ、転移が始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る