第37話 結婚式の取材(5)
マスケドニア国王とヒロとの結婚式は、サプライズゲストとしてヒロの両親が登場して最高に盛りあがりる中、幕を閉じた。
加藤夫妻、つまり加藤君とヒロの両親だが、シロー君が式直前に二人を地球世界から転移させたそうだ。
着物姿の母親に抱きついたヒロの涙には、取材する側として冷静にならなければならない私ですら、思わずもらい泣きしてしまった。
式が終わって間もなく、王宮に入った私たちは、ヒロのご両親に挨拶するため新婦の控室へ向かった。
ところが、そこにたどり着く前に、前方の廊下から大声が聞こえてきた。
「いいですか、いやしくも一国の元首の結婚式ですよ!
あなた方は、なんてことをしてくれたんですか!」
声の主は、驚いたことに冷静沈着なイメージがある、軍師ショーカだった。
彼の前には、神妙な面持ちをした三人が並んでいる。
ルルさん、コルナさん、コリーダさんだ。
きっと、シロー君を救うために招き猫パフォーマンスをしたことをとがめられているのだろう。
「本来、あのようなことがあれば、極刑は免れませんよ!
分かってますか!
最悪の場合、シロー殿にも類が及ぶかもしれなかったのですよ!」
軍師の口調は、微塵も甘さのないものだった。
だけど、極刑って死刑のことよね?
いくらなんでも、それは――。
「ショーカよ、もうよい。
彼女たちが、なぜあのようなことをしたか、分かっておるのだろう?」
彼の後ろから現れたのは、マスケドニア国王陛下その人だった。
「は、はい、それは……」
「シロー殿を想う気持ちからとった行動なのだ。
ヒロコと結婚した今、余には彼女たちの気持ちがよく分かる。
それにな、仕方のないこととはいえ、シロー殿からあれほど言われておったのに、彼を『英雄』と紹介したのは、こちらの落ち度であるからな」
「はっ、それは」
「ルル殿、コルナ殿、コリーダ殿、命がけでシロー殿を守るその心、まことにあっぱれ!
余は痛く感銘を受けたぞ!」
「「「陛下……」」」
ルルさんたち三人は、陛下の言葉に涙ぐんでるわ。
さすがは「名君」と呼ばれるだけあるわね、あの王様。
しかし、少し年上とはいえ、あんな素敵な男性と……やっぱりヒロにはガツンと言ってやらなくちゃ!
◇
「ええと、先ほど言ったように、許可は頂いているはずですが……」
新婦側控室に続く扉の前では後藤が、若い侍従と押し問答している。
「今はどうしてもお通しするわけにはまいりません!」
侍従は、ずっとかたくなな表情を崩さない。
「私たちも、わざわざ異世界から遊びに来たわけじゃないんですよ!」
後藤の口調も、少し荒くなってきた。
「いったい、誰がそんなことを――」
「王妃様でございます」
少し困った表情の侍従が、とうとう口を滑らせてしまったわね。
ヒロのヤツ、このタイミングで私たちから取材が入ると予想して、あらかじめ準備してたわね!
あの子ったら、昔からこういう悪知恵だけは働くのよね。
「後藤、もういいわ。
ここは引きさがりましょう」
だけど、正式に王妃になった最初の仕事が、私たちから叱られないように悪知恵をめぐらすってどうなの!
部屋の扉を叩き大声でそう叫びたいところだけど、頬を膨らませるだけでぐっと我慢する。
「も、申し訳ございません」
なぜか侍従さんが頭を下げてるじゃない。
「い、いえ!
あなたは、なにも悪くありませんから、お気になさらないで。
後藤、遠藤、部屋に戻るわよ」
「そうですね。
戻りましょうか」
「仕方ないですね」
◇
結婚式の翌日。今日はやり残していた、国賓への取材を済ませたら、午後からゆっくり街歩きを楽しむ予定だ。
国王陛下と王妃ヒロは、王族だけでおこなう儀式があるとかで、今日明日の取材は無理だとのこと。
アリストへの駅馬車は明日を予約しているから、ヒロへの取材チャンスは、きっともう無いだろう。
朝食後のお茶を飲んでいると、部屋に侍従が入ってきた。
昨日、新婦控室の前で謝っていた若者ね。
「お食事は済まれましたか?
ヤナイ様、お后様がこれを……」
侍従はうやうやしく頭を下げると、わざわざ小さなテーブルを私の横に動かし、その上に蜜蝋で封がしてある豪華な封筒を置いた。
黒っぽい木のお盆に載せた細いナイフまで用意してある。
きっとペーパーナイフね。
後藤がそれを使い、手際よく封を切る。
中から出てきた紙は、明らかに日本のものだった。
薄手の紙は、猫が様々な格好をしている模様が下地として描かれていた。
そこには、ヒロ独特の丸っこい文字で、次のように書いてあった。
『柳井社長、後藤さん、遠藤さん。
はるばる次元の壁を越えてまで式に来てくれてありがとう。
せっかく異世界新聞社に内定が決まっていたのに、連絡もせず異世界に来てしまってごめんなさい。
ジーナス、夫のことを想うと、他のことが考えられなかったのです。
お詫びは、次にお目にかかったとき必ずします。
本当に、どうも申し訳ありませんでした。
ささやかですが、美味しいお食事処を予約してあります。
この国の郷土料理をお楽しみください。
いつかお目にかかれる日を心待ちにしております。
では、よい風を 博子』
手紙には追伸がついており、城下町にある食事のおいしい店が紹介されていた。
「は~、どう言えばいいか……」
私から渡された手紙を読み、後藤がため息をついている。
「ヒロらしいといえば、らしいですね」
最後に手紙を読んだ遠藤がそう言った。
「ええと、お手紙持ってきてくださってありがとう」
壁際で控えていた若い侍従に声を掛ける。
彼は深々と礼をすると、部屋から出ていった。
「さあ、残った取材を済ませて、思いっきりお昼ご飯たべよう!
ヒロのおごりだそうだし」
「そりゃもう、腹いっぱいまで詰めこんでやりますよ!」
「高い料理ばっかり頼んでやりましょう!」
遠藤も後藤も、やる気満々ね。
でもまあ、あの子にしては気の利いた手紙だったわ。
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