第38話 引き出もの


 マスケドニア王国でヒロの結婚式を取材した私たちは、再び駅馬車に乗りアリストへと戻ってきた。

 昨日は、シロー君宅へ到着した時間が夕方だったので、軽食をよばれすぐ休んだ。

 ここでもう二晩ごやっかいになり、地球世界へ帰る予定だ。

 シロー君の家族が揃った朝食の席で、マスケドニアでの出来事を話しているところだ。 


「それで、手紙で紹介されたお店に行ったんだけど、本当に美味しかったの。

 残念だったのは、値段が安くて、せっかくヒロのおごりなのに散財させてやれなかったこと」


「ははは、ああ、きっとあの店ですね。

 貫禄のある女将さんがいたでしょう?」


「そうそう、彼女、シロー君のことも知ってるみたいだったわ」


「マスケドニアに行った時には、必ず寄ってますからね」


「あ、そうだ!

 あの店で驚いたことがあったのよ」


「なんです?」


「店に入るとすぐの所に、白い招き猫のぬいぐるみが置いてあったの」


「あー、あれですか」


「え?

 シロー君も見たことがあるの?」


「女将に、さんざん自慢されましたよ。

 アレ、ウチの商品なのに」


「ええっ!?

 あれって『ポンポコ商会』の商品なの?」


「正確には、マスケドニア支店の商品ですね。

 ミツさんが企画しまして」


 ミツさんというと、加藤君の恋人ね。

 あの、リア充の上、そんなことまで……。


「あ、そうそう、王宮で結婚式の引き出物もらいませんでした?」


「え?

 引き出物?

 あ、そういえば、私たち三人に一袋だけど、なにかもらったわね」


「それ、きっと同じものですよ」


「同じものって?」


「招き猫のぬいぐるみですよ。

 ヒロ姉が柳井さんに渡したいって言ってましたから」


「えー、なにそれ。

 引き出ものにそんなのもらっても……」


「あれ、ウチの売れ筋商品なんです」


「売れ筋商品?

 あんなものが?」


「部屋から取ってきてもらえますか?

 使い方を教えますから」


 招き猫の使い方?

 どういうことだろう?


「引き出物の袋、後藤が持ってたわよね。

 離れから取ってきてくれる?」


「分かりました」


 後藤はリビングと庭の間にあるガラス戸を開け出ていった。


「そういえば、この世界に来てから猫を見かけないわね。

 シロー君の家にいる白猫と黒猫を除いてだけど」


「ええ、この世界には猫がいないんです」


「え?

 でも、ミミさんって猫人なんでしょ?」


「彼女は『獣人世界』の出身ですが、その世界にも猫はいませんよ」


「じゃあ、なぜ『猫人族』っていう名前があるの?」


「前に話したと思いますが、二百年くらい前に、やはり日本から転移した人がいたみたいなんです」


「初代『黒髪の勇者』ってやつね?」


「そうです。

 その彼が『猫人族』って名づけたそうですよ。

 それ以前は別の名前で呼ばれてたみたいです」


「へえ、そうなんだね」


 お茶を飲みながら、そんな話をしていると後藤が戻ってきた。

 手には布袋を持っている。

 

「招き猫、やっぱりもらってましたよ」


 引き出ものの中身なんて、すぐには確認しないからね。

 袋を開けると三十センチくらいの白猫ぬいぐるみが出てくる。

 それは、例の店で女将が自慢したものと、そっくり同じに見えた。


「あっ、ブランだ!」

「にゃんにゃん!」


 ぬいぐるみを見たナルちゃんとメルちゃんが喜んでいる。

 これ、二人にあげようかしら。


「ほら、メル、柳井さんにこれの使い方教えてあげて」


 テーブルの上に置かれたぬいぐるみを、シロー君がメルちゃんに渡す。

 彼女はそれを自分の膝に置くと、白猫の顔をこちらに向けた。


「うん!

 ほら、こう持ってね。

 にゃんにゃん!」

 

 メルちゃんは、ぬいぐるみの右前足をもんだ。

 なんなのそれ?

 ホントにこれが売れ筋商品なの?


「ヤナイさんも、にゃんにゃんする?」


 メルちゃんからぬいぐるみを渡されるが、さすがにあれは恥ずかしくてできない。

 だけど、ルルさんやリーヴァスさんが、笑顔でこちらを見ている。

 あれをしなくちゃいけないの?


「社長、『郷に入れば郷に従え』ですよ」


 後藤、人のことだと思って軽々しくそんなこと言わないでちょうだい!

 

「ばっちり撮りますから」


 遠藤がカメラをこちらに向ける。


「写真はヤメテ!

 すればいいんでしょ、すれば!」


「ヤナイさん、嫌なの?」


 ナルちゃんが、すごく悲しそうな顔で私を見つめる。

 くっ、こうなればやってやろうじゃないの!

 手にした白猫の右前足に触れる。

 肉球部分には、なにか特別な素材が入っているようだった。

 押すとじんわりへこみ、じんわり戻る。まるで低反発枕のような感触だ。

 

 いや、なんだろう、これ?

 ぷにぷにが、やけに気持ちいい。

 癖になりそう。


「ヤナイさん、にゃんにゃんは?」


 メルちゃんの期待を込めた目と、ぬいぐるみの手触りに、私は陥落した。


「にゃんにゃん……」

「「にゃんにゃん!」」


 私の言葉にナルちゃんとメルちゃんが合わせてくれた。

 ほんの少しだけど、恥ずかしさがまぎれた。


「それ、幸運のおまじないなんですよ」


 ルルさんが優しい顔で微笑んでいる。

 もう一度、ぬいぐるみの肉球をもむと、そのぷにぷにした感触になんだか癒されるような気になる。 


「にゃんにゃん」


 いつの間にか恥ずかしいという気持ちは消えていた。


「いやあ、こりゃ、また視聴者数が伸びますね」


 後藤、世知辛いこと言わないでくれる。

 私、今、このぷにぷにで癒されてるんだから。

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