第10話 アリストの街(上)



 シロー君の指が鳴る音が聞こえたと思ったら、周囲が明るくなり、街中の景色に変わっていた。

 石畳の広い道は、目抜き通りのようだ。

 目の前に後藤、遠藤の背中があった。

 二人とも、街の人と同じような服を着ている。

 あんな服、持ってたかしら?


「後藤、遠藤、遅くなってごめん」   


「「わっ!?」」


 二人が驚いてこちらを振りむく。

 

「社長、驚かせないでくださいよ!

 よく俺たちがいるところが分かりましたね」


「シロー君のおかげよ。

 それより、後藤、その子たちは?」


 二人の向こうには、昨日ギルドで紹介された三人の少年少女がいた。 


「お早うございます。

 昨日お会いしたスタンです。

 シローさんからの依頼で、みなさんに街を案内をするよう頼まれています」


「そうだったの。

 よろしく頼みますね」


「「「はい!」」」


 うーん、この三人の素直さはなんだろう。なんか新鮮だわ。


「社長、服を変えた方がいいかもしれません」

   

 遠藤が耳元でそう言った。

 私の服装は白いシャツに灰色のタイトスカート、スニーカーというものだが、この世界では明らかに浮いている。さっきから街の人がこちらを見ているわ。

 

「すぐそこにお店があるので、あそこに入りましょう」


 ブロンドの髪をショートにした少女が右を指さした。

 この娘は、ええと、スノウちゃんだったかな?


 ◇


 服屋の中は、どちらかというと昔ながらの古本屋っぽい印象だった。

 狭い通路の両脇には棚が並んでおり、そこには横にした箱を積みかさねたような棚があり、それぞれの箱に折りたたんだ服が畳んで並べてあった。

 防虫剤っぽい匂いが通路に漂っている。


「おばさん、また来ましたー!」


 スノウちゃんが、店の奥に声を掛けた。

 出てきたのは痩せた背の高い中年の女性だった。

 

「あら、今度はその人の服かしら?」


「ヤナイさん、この人、ムラカさん、服のこと凄く詳しいの」


 スノウちゃんが、私の手を女性の方へ引っぱった。

 

「そう、どんな服がご希望かしら?

 そちらの殿方と同じで、この街で着て目立たないものでいいの?」


「ええ、それでお願いします」


 私の言葉で、彼女は迷いなく一つの棚へ向かった。


「あなたなら……この服がいいでしょう」


 生成りのワンピースを手渡される。


「ええと、いくらでしょうか?」


「そうねえ……シローさんのお知りあいだってんだから、銀貨一枚でいいわよ」


 こちらをチラリと見た彼女はそう言ったが、銀貨一枚というと一万円だ。 

 この服にしては、ちょっと高くないだろうか。

 手渡された服は、どうも野暮ったく見えた。

 

「ええと、試着してもいいですか?」


「シチャク?

 シチャクってなに?」


「ええと、一度着てみたいんですが……」


「そこのお兄さんたちにも言ったけど、服は買うか買わないか。

 試しに着てみるなんてできないの。

 合わなければ今日明日中に持ってきて。

 他のに替えてあげるから」


「……」


 服を買うってことだけとっても、日本とは全然違うのね。


「自分の気に入ったように服が仕立てたいなら、お店を紹介するわ。

 でも、お値段の方もそれなりにするわよ」


 えっ! 一万円より高いの!?

 でも、オーダーメイドならそのくらいするのかな。

 でも、この服に一万円は、いくらなんでも……。


「社長、目立たないような服というなら、それでいいじゃありませんか。

 どうせ古着だし」


 遠藤がそんなことを言った。


「えっ!?

 古着!?」


「あなたもそこで驚くのね。

 ここでは、服屋といえば、ほとんどが古着屋よ。

 私の所はまだいいものが置いてあるけど、穴が開いたり破れた服を売ってる店も多いわ」


「お客さんは、本当にそれを買うんですか?」


「当然でしょ。

 安く買おうとしたら、そういった服を買って直して着るのよ」


「……そ、そうですか」


「あなた、もしかして貴族様かしら?」


「いいえ、違います」


「なら、その服を買っときなさい」


「は、はい」


 試着もしないで古着を一万円で買わなくてはならないことに納得はできなかったが、スノーちゃんの顔色が暗くなってきたので、ここは我慢することにする。

 

「では、これを下さい」


 シロー君が用意してくれたなめし革の袋からから銀貨を出し、それを女性に手渡す。


「ここで着替えていくかい?

 その服じゃ目立つよ」


「え、ええ、そうさせてもらいます」   


「じゃあ、こちらへおいで」


 女性が案内してくれたのは、六畳くらいの部屋だったが、そこは明らかに裁縫をするための仕事部屋で、テーブルの上に裏返した服がひろげられていた。 

 ここで着替えるの?

 どうせなら試着室を用意すればいいのに。  

 そんなことを思いながら服を着がえる。   


「入ってもいいかしら?」


「え、ああ、はい」


 女性が入ってきて頭のてっぺんからつま先までジロジロ見られる。

 

「あら、これ、なにか着てるのかしら」


「ええ、ストッキングです」


「ストッキング?

 不思議な生地ね。

 薄くて滑らか。

 ソマリンド産の布みたい」


「もし着古したら、私に売ってちょうだいな」


「は、はい」


 着古したストッキングを売るって……絶対しないけど。


「それより、大きさはそれでいいようね」


 女性店主が言うとおり、その服は、あつらえたように私に合っていた。


「えと、鏡はありませんか?」


「鏡かい?

 どうしてそんなものがいるんだい?」


 店主は、あっけにとられたような顔をした。

 うーん、どういうことだろう?


「ええと、とにかく貸してもらえませんか?」


「そりゃいいけどね」


 手渡されたのは、華奢な取っ手がついた小さな手鏡だった。

 使い古されたそれは、ふちのところが欠けていた。

 

「あのー、大きな鏡はありませんか?」


「大きな鏡?

 どのくらいのだい?」


「このくらいの高さです」


「高さ?

 ああ、大鏡のことだね。

 あんなもの、貴族専用の高級服飾店じゃないと置いてないわよ」

 

 なるほど、鏡は一般に広まってないのか。


「すみません、この鏡でいいです」


 うーん、小さな手鏡じゃあ、自分の姿がよく分からないわね。

 

「この服にします」


「ああ、その服はもうあんたのさ」


 なんか調子狂うなあ。

 部屋から出ると、後藤が待ちくたびれた表情をしていた。


「社長、なんか、アルプスの少女っぽいですね」


 どういうことよ!

 それって褒めてるつもり!?

 なんか、服を買うだけで疲れちゃったな。

 

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