第9話 歓迎


 ううう、頭が痛い。立派な二日酔いね。

 ええと、昨日は異世界転移した後、お城で女王陛下に謁見して、それから……そう、ギルドへ行ったんだわ。

 妖精のようなギルマスに会って……ええと。

 その辺から記憶があいまいなのよね。

 なにをしたのか、よく覚えていない。


 それより、なに? このフカフカなベッド。

 もう横になってるだけで気持ちいいんですけど。

 いけない、いけない、こんなことでは二度寝してしまうわ。

 

 カーテンを開けて、と……。

 あれ、夜が明けてる!


 ……やってしまった。

 それより、ここ、どこかしら?


 ◇


 部屋を出て階段を降りる。

 大きな窓からは、公園のような景色が見えている。

 緑の広場を隔て、木々の間に幾つか建物が見える。

 うーん、どこだろう、ここ?

 お城ではないわね、尖塔が見えないから。


 階下へ降りると、吹きぬけのホールと、受付カウンターのようなものがあった。

 その奥にラウンジが見えたので、そこへ入っていく。

 大きなガラス張りのラウンジには、「L」字にソファーが配置されていて、その向かいには長いカウンターがあった。

 背の高いストールに座り、女性が一人お茶を飲んでいる。


 短い黒髪の彼女は、肌が黒っぽく、頬骨の辺りにウロコのようなものが並んでいる。

 資料を思いうかべてみる。恐らく「竜人」という種族だろう。

 彼女は地球の基準からしても、素晴らしく美しかった。


「あ、お早うございます」


「お早う。

 あなたは、ヤナイさん?」


「はい、そうです」


「シローが住んでた世界から来たんですってね?

 私はエンデ、黒竜族です。

 ドラゴニア世界から、親善大使としてこの国に来ました。

 シローとその家族、そして勇者カトーには、ほんとうにお世話になっています」


 少し硬い口調の女性は落ちついた雰囲気だが、声を聞くと恐らくまだ若いのだろう。

 

「あのう、ここは?」


「ここは『やすらぎの家』、シローの家です。

 こちらは離れで、母屋が向こうになります」


 どうやら、先ほど窓から見えていた建物が、シロー君の住む家らしい。


「点ちゃん、ヤナイさんが起きたわよ」


 女性がそう口にすると同時にシロー君が現れた。

 

「柳井社長、お早うございます」


「う、うん、お早う。

 昨日ギルドに行ったあたりから、よく覚えてないんだけど……」


「三人とも酔いつぶれちゃったんで、ここへ連れてかえりました。

 ちなみに服を着がえさせたのルルたちですから」


 そう言われて、自分がパジャマだと気づいた。


「あっ!

 どうしよう!

 私、こんな格好で……」


 涙がこぼれそうになる。

 シロー君が渡しれくれたハンカチに顔を埋め、恥ずかしさとあふれる涙をごまかす。

   

「ははは、ここは、アリストにいる間、三人が住む場所ですから、くつろいでくれると嬉しいですよ、俺は」


 それを聞いて、よけい涙が出てきた。


「あー、お兄ちゃん、ヤナイさん泣かせちゃったの!」


 聞きおぼえのある声がする。

 シロー君と一緒に暮らす女性の一人、狐人のコルナさんね。


「コルナ、それは誤解だよ!」

「コルナさん、早とちり」


 シローの言葉をエンデが援護し、なんとか説得に成功したようだ。


「ところでエンデ、結婚式に着ていく服はあるかい?」


「ええ、キツネさんに準備してもらってるところ」


「ならいいんだけど、お金に糸目はつけなくていいからね」


「ふふ、そんなことしたら後が怖いから、自分で払えるだけの服にするわ」


「そうだ、結婚式当日は、柳井さんたちの近くにいてくれないか?」


「護衛しろってこと?」


「まあ、そんなところ。

 無理しなくていいからね。

 できるだけで十分だから」


「いいわよ、散々お世話になってるから、それくらいお安い御用よ」


「加藤とのデートをセッティングするから、よろしく頼むね」


「約束よ!

 そうなると、ちょっと本気出すわよ、護衛」


「いや、君が本気出すといろいろヤバイから、適当にやってくれ」


「分かった」


 その辺りでなんとか涙が引いた。ただ、ハンカチは顔から外さない。お化粧もしてないし、泣いたから目が腫れてるだろうし。


「じゃ、コルナ、俺、柳井さんが着替えたら母屋に案内するから」


「うん、その頃には朝食の用意ができてると思うから」


「頼むよ」


私はコルナさんに連れられ、自分のために用意された部屋へ戻り、身支度を整えた。


 ◇

 

 コルナさんの案内で、広場の芝生を横切り、母屋だという三階建ての邸宅に入る。

 私が入った扉は、奥にキッチンがあるダイニングとそのままつながっていた。大きなテーブルには、見知ったシロー君の家族が座っている。


 可憐な感じの娘がルルさん。この世界でずっとシロー君を支えてきた女性だ。少しウエーブした、肩までのブロンドと、琥珀色の瞳が優しい感じを与えるが、この若さで一流の冒険者だと聞いている。ナルちゃん、メルちゃんという少女の母親でもある。父親はシロー君ということだから、二人の親密さがうかがえる。

 

「柳井さん、お久しぶりです」


 穏やかな声と自然な微笑みが、すごく魅力的だ。 

 

 そして、背筋がピンと伸びたコリーダさん。茶色の長い髪、黒褐色の肌、すっと伸びた鼻筋と最高の画家がすっと描いたような眉と唇、意思が凝固したような輝く瞳。何度見てもその美しさに驚かされる。これで声を一度聞いたら忘れられないほどの歌い手だから、呆れるほかない。確か、エルフが住む世界のお姫様だったはずだ。


「いらっしゃい。

 アリストへようこそ」


 鈴が鳴るような声とはこのことだろう。


 その隣、私を案内してくれたコルナさん。小柄な彼女は頭の上に三角耳がちょこんと載っている。ぱっちりした目、小さな形のよい鼻と口、キュートという表現は彼女のためにあるのだろう。絵の名手でもある彼女は、幼い時から獣人世界で最も権力ある地位にあったそうだ。そして、その身分を捨ててまでこちらの世界に来たと聞いたことがある。


「お兄ちゃんたち、もう来ると思うから。

 ちょっとだけ待ってね」


 可愛く人懐こい声は、彼女のイメージにぴったり合っている。


「わー!」

「わー!」


 壁に開いた大きな穴から、いきなり飛びだしてきたのは、ナルちゃん、メルちゃんだ。

 二人は穴の前に敷かれた緑色のクッションでぽよんと弾むと、体操選手のように手を上に伸ばし、すたっと着地を決めた。

 

「あっ、ヤナイさんだー!」

「おはよー!」


 私の所に駆けてくる二人の少女は、腰まであるさらさらの銀髪もあいまって、まるで妖精のようだった。

 二人の顔立ちはそっくりだが、ナルちゃんが翡翠色の瞳、メルちゃんがルビー色の瞳だから見分けはつく。 

 それぞれの瞳の色に合わせた、お揃いのワンピースがとても似合っていた。


「ナル、メル、お客さんがいる時は、滑り台はダメって言ってるだろ」


 シロー君が階段から姿を現す。白いジャージの上下を着ているが、頭の布と肩の子猫はいつも通りだ。

 

「柳井さん、驚かせてごめんね」


「いえ、ちっとも。

 ナルちゃん、メルちゃん、おウチに滑り台があるってうらやましいわ」


「えへへ」

「うん!」


 少女たち二人は、ルルさんの左右に笑顔で座った。シロー君がその向かい、私の隣に座る。 

 

「さあ、できましたぞ」


 キッチンから出てきたのは、茶色のエプロンを着けた初老の男性だった。

 リーヴァスさん。ルルさんの祖父にあたる方だ。かなりの長身で、背筋がピンと伸びている。短い銀髪と引きしまった顔つき、超一流の冒険者ということだが、一見そんな風には見えない。強靭にして繊細、地球世界では、まずお目に掛かれないタイプの男性だ。


「「「いただきます!」」」


 そうか、この家では、食事の合図は地球式なのね。

 お城で渡された多言語理解の指輪は、この世界の言葉を翻訳してくれるが、口の動きで、みんなが「いただきます」と日本語で言っているのが分かった。

 

 食事は、コーンスープっぽいものとナンのような薄いパン、それからベーコンエッグに似たものだった。ただ、卵はずいぶん大きいから、ニワトリのものではないだろう。

 料理はとても美味しかった。シロー君から、異世界の食事は地球人の口に合わないものも多いと聞いていたから、嬉しい驚きだった。

 超一流の冒険者にして、料理でも凄腕をふるうって、リーヴァスさんってホントどうなってるのかしら。

 食事と一緒に出された薄桃色のジュースは、『マラアク』という他世界の果物を絞ったものだそうで、柿のような風味が上品な甘さになっていて私好みの味だった。

 食後は、私にとって思いいれのある、エルファリアの紅茶が出た。


「「いってきまーす!」」


 コルナさん、コリーダさんとおしゃべりしていると、見えないところで、ナルちゃん、メルちゃんの声がした。

 

「ナルちゃん、メルちゃんは、学校に通ってるんですね?」  


「うん、去年から通ってるよ。

 いじめっこを退治したりして、みんなの人気者みたい」


 コルナさんがニコニコ笑っているのを見ると、彼女は少女たちのお姉さんという立ち位置らしい。


「あっ、そういえば後藤と遠藤の姿が見えませんが……」


 朝からいろいろあって、二人のことなんてすっかり忘れていたわ。

 

「お二人は、朝早くから取材に出られましたよ」


 ダイニングに戻ってきたルルさんが、教えてくれた。

 後藤たち、張りきってるわね。

 先を越されちゃった。

 私も見習わなきゃ。


「私も、少し街を見ておきたいのですが……」


「柳井さん、よかったら、後藤さんの所へ瞬間移動させてあげますよ」


「ええ、ぜひお願いするわ、リーダー」


 こうして、私もアリストの街へ出ることになった。

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