第8話 アリストギルド(下)


 ギルドの中は、シロー君から聞いていた通りだった。

 左手には飴色に磨かれたカウンターがあり、その向こうに女性の受付が二人座っている。

 右手の壁には、羊皮紙のようなものが、たくさん貼りつけてあった。

 その手前には丸テーブルが四つ置いてあり、今はその一つだけが埋まっていた。

 シロー君が着いているそのテーブルには、少年少女と言っていい年ごろの三人が、同席している。

 シロー君から「マック」と呼ばれていた大男は、姿が見えなかった。


「柳井さん、こっちこっち。

 この子たち紹介しておくから」


 テーブルに近づくと、すでに木の丸椅子が三つ用意されていた。

 私がシロー君の向かいに座り、左右に後藤と遠藤が座った。


「さあ、みんな、自己紹介してごらん」


 シロー君の言葉で、一番大柄な少年が少し頭を下げた。


「俺、スタンって言います。

 ええと、『星の卵』っていうパーティのリーダーやってます。

 この二人は――」


「お兄ちゃん!

 私はスノウです。

 スタンの妹です。

 よろしくお願いします」


「ボクはリンドです!

 シローさんには、とてもお世話になっています!

 ええと、得意なのは――」


「ああ、リンド、今は名前だけでいいよ。

 こちらは柳井さん、後藤さん、遠藤さん。

 君たちにいろいろ尋ねたいみたいだから、時間がある時でいいから、しっかり答えてあげて」


「「「はい!」」」


「次はギルマスに紹介するよ。

 ギルド関係者は、彼女から紹介してもらった方がいいだろうから。

 マックさんとはもう会ったみたいだね」


 あの大きな人は、ギルドで働いてるようね。


「じゃあ、柳井さんたちはこちらへ」


 シロー君は、少年少女に手を振ると、受付をしている女性に手を挙げてから、廊下を奥へ入った。

 彼の後を追う私たちの足音が、薄暗い廊下に響く。

 いくつか並んだドアの一つをシロー君がノックした。

 

「どうぞ」


 女性の、落ちついた声がする。

 シロー君がドアを開けると、十畳ほどの部屋になっていて、奥には机、手前にはソファーセットが置いてあった。

 意外と普通ね。

 そう思った私の考えは、机の向こうから現れた人物を見て木端微塵になった。


 えっ? 妖精?


 現れたのは、緑の先折れ帽子、緑のドレスを着た、身長一メートルほどの少女だった。

 

「シロー、こちらが?」


 少女はやけに大人っぽい声でそう尋ねた。


「はい、話しておいた『異世界通信社』の三人です」


 え? どういうこと?


「みなさん、私がアリストギルドのマスター、つまりギルマスのキャロです」


「「「……」」」


 シロー君と白騎士から、ギルマスは女性だって聞いてたけど、この小さな子がギルマス?


「ふふふ、驚かれてますね。

 私、こう見えて、けっこう大人なんですよ。

 お酒も飲めちゃいます」


「か、かわいい――」


 遠藤が口走ったのをうち消そうと、慌てて話かける。

 

「リーダーからご紹介にあった、『異世界通信社』社長の柳井です」

「ご、後藤です」

「遠藤です!」


 なんか遠藤が異様にテンションが高いんだけど?


「シロー君から聞いてると思いますが、冒険者は荒々しい人も多いので、取材にはくれぐれも気をつけてください」


 小さなギルマスが、私の方をじっと見る。

 なるほど、女性は特に気をつける必要があるってことかな。

 

「まあ、シローの関係者と知っていて、なにかする勇気がある冒険者がいるとは思えませんが、時には他の街から来る冒険者もいますから」


「はい、気をつけます」


「点ちゃんがついてるからまず大丈夫だけど、やっぱり自分で気をつけるのが基本だから」


『(*'▽') ご主人様ー、柳井さんたち、守っちゃいますよー!』   


「点ちゃんも張りきってるみたいだから」


「はい、自分たちでも、気をつけます」


「シュザイでしたか、それが上手くいくといいですね」


 キャロさんがそんなことを言ったけど、シロー君から聞いてたようにこの世界には報道の仕組みそのものがないようね。


「ギルマス、ありがとう」


 シロー君が頭を下げたので、私たちもそれにならった。


「「「よろしくお願いします」」」


「じゃあ、ウチの職員に紹介しておくから、シロー君はお風呂の調子でも見ておいてくれる?」


「了解です」


 意外ね。

 いつもは権力上等って感じのシロー君が、キャロさんには敬意を払ってる。

 こんなしおらしいシロー君、初めて見たかも。


 ◇


 キャロさんからギルドの職員を紹介された後、外に出ようとすると、両開きの扉からどやどやと男女が入ってきた。

 十人ほどの彼らは、二つの丸テーブルに分かれて座った。

 さっきまでそこへ座っていた『星の卵』の三人は、姿を消していた。

 みんな武器らしいものを持ってるから、きっと冒険者たちね。

 

「お、シロー、来てたのか?

 行方不明だった間の冒険、聞かせてくれよ!」

「シローさん、お帰んなさい。

 地球世界へ行ってたんですよね?」

「チョコレートあるかい?」


 口々に騒ぎだす。

 取っ手のない素焼きのコップをあおっている者もいる。

 よく見ると、奥の壁に小さなカウンターがあり、そこで飲みものや食べものを受けとる仕組みらしい。


「シロー、その人たちは?」


「ああ、俺の会社で働いている三人だよ。

 その内、取材させてもらうかもしれないから。

 その時は気楽に応じてやってね」


「もしかして、会社って『ポンポコ』かい?」


「いや、この三人は『異世界通信社』って会社だ」


「おいおい、おめえいったい、いくつ会社持ってんだい?」


「さあ、十くらいかなあ?」


「おい、聞いたかみんな、シローが十も会社持ってるらしいぜ!」


「ふざけるな!

 あれだけ綺麗どころ揃えといて、会社が十だと!

 リア充爆発しろ!」

「まったくだ!

 まあ、俺はうまい酒お土産にもらえりゃあ、文句はねえけどな」

「あんた、裏切り者だね!

 でも、まあ、あたいもチョコレイトとかいうやつもらえりゃ、許してやるけどね」


 なんか、冒険者たちが荒れてきた。ちょっと怖い。


「柳井社長、大丈夫ですよ。

 みんなこんなですが、悪気のない、気のいい連中です」


「後藤、遠藤、あなたたちも……」


 声を掛けようと振りかえると、二人は立ったまま冒険者たちと乾杯してる。


「……なにこれ?」


「ははは、柳井さん、彼らなりの歓迎なんですよ。

 ここは、つきあってやってください。

 夕食は俺の家族と一緒ですから、どうせそんなに長居できませんし」  


「もう、しょうがないわね。

 じゃあ、私も一杯だけ飲むかな」


「そうこなくちゃ!」


 頭をポニーテールにした、よく日焼けした女性が、逞しい剥きだしの手で素焼きのコップを渡してくれる。


「あ、ありがとう」


「おい、みんな!

 シローの友達に乾杯だ!」

「「「おおー!」」」


 その後のことは話したくないわね。

 シロー君の前で醜態を見せてしまったの。

 時を戻せるなら、あの時に戻りたいわ。

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