第11話 アリストの街(中)


 古着屋から出ると、少し休憩することにした。

 後藤と遠藤が、なぜかやけに疲れた顔をしていたからだ。

 

「そうだ、スタン君、君たちがいつも食事するお店があるっていってたわね。

 そこに連れていってくれないかな?」


「えっ?

 はい、それはいいですけど……」


 付きそいの三人が、なにやら内緒話を始めた。


「俺たちが行ってる店で本当にいいんですか?」


 スタン君が念を押すように尋ねる。

 うーん、彼がなにを言いたいか分からない。

 

「ええ、とにかくそこで少し休憩しましょう」


「分かりました。

 では、ついてきてください」


 私たちは、『星の卵』三人の後をついて、表通りから裏通りへ、そしてさらに細い路地へと入っていった。

 周囲の家は、なんだかみすぼらしく薄汚れている。この辺りには、二階建ての家もないようだ。

 中には、扉の代わりにむしろのようなものを入り口に垂らしてる家さえある。

 道も石畳ではなく、土がむき出しになっていた。新品のスニーカーが汚れないか、少し気になってしまう。

 時々すれ違う、貫頭衣のような服を着た人たちが、鋭い視線をこちらへ送ってきた。


「ねえ、スタン君、まだお店に着かないの?」


 不安になった私が、そう声を掛ける。

 

「もうすぐそこです」  


 スタン君は、みすぼらしい小屋の入り口にかかっている布を跳ねあげ、中へ入った。

 スノウちゃんとリンド君もそれに続く。

 私も慌ててその後を追い、小屋へ入った。


 なにかを焼く香ばしい匂いと、汗の匂いが押しよせる。

 薄暗い小屋の中を、隙間だらけの天井から洩れる陽の光が照らしていた。

 四つほどあるテーブルは全て形が不揃いで、それは置いてある椅子も同じだった。

 三つのテーブルは、すでに人で埋まっていた。

 料理が載った皿を前に、上半身裸の男たちが大声でおしゃべりしていた。

 

「いらっしゃい!」


 お客の大声に負けない、威勢のいい声がこちらへ飛んでくる。


「こんちは、大将!

 今日は、お客さんを連れてきたよ!」


「そうかい、ありがてえ!

 だけど、また綺麗なおべべ着てる人たちだなあ」 


 頭に布を巻いた四角い顔の男性が、部屋の奥に垂らしてある布の隙間から顔をのぞかせた。

 

「いつもの六つ頼むよ」


「あいよ、おまかせ六つな!」


 叫ぶように言うと、四角い顔が布の向こうへ引っこんだ。  

 テーブルには椅子が四つしかなかったが、小柄なリンド君が部屋の隅に置いてある木箱を二つ持ってきた。彼とスタン君はそれに座った。


「こりゃ、どこの商人様かのう?」


 小柄な白髪のお爺さんが、私たちのテーブルまで来てそんなことを言った。やはり、彼もポンチョっぽい貫頭衣を着ている。

 

「パコラじいちゃん、この人たち、シローさんの友達だよ」


 リンド君の声で、店の騒ぎがピタリとやむ。

 

「ほう!

 英雄殿のご友人か!

 やはりこの人たちも冒険者なのかの?」


「うーん、よく分かんない」


「ははは、リンド坊は、あいかわらずじゃのう」


 私たちの周りをお客さんがとり囲む。

 なんか、ちょっと怖いわね。


「へえ、あんたたち、シローさんの友達かあ」

「じゃあ、あのお屋敷に泊まってんのかい?

 あそこ、でっかい風呂があるってホントかい?」

「ポポラちゃん、ポポロ君にはもう会った?」


 口々に話かけてくるので、答えることができない。

 そういえば、こういうときの対処法をシロー君から聞いてたんだっけ。


「た、大将!」


 奥に向かって大声で話しかけると、そのまま答えが返ってきた。


「なんでえ?」


「この方たちに、エールを一杯ずつご馳走します」


「「「おー!」」」


「さすがシローさんの友達だ!

 話がわかるぜ!」

「お友達にカンパーイ!」

「おれ、でっかいやつもらっていい?」


 とにかく、みなさん、自分のテーブルへ帰ってくれた。


「社長、やりますね!」


 後藤がこちらに向けて親指を立てる。

   

「はいよ、お待ちどう!」


 奥から出てきた大将がテーブルの上に並べたのは、いわゆるワンプレート、一つのお皿にいろんな料理が載っているものだった。

 ナンに似たパンと、緑の野菜、さいころ状に切りわけられたステーキが載っていた。

 

「いただきます。

 ……ん、意外にいけるな」


 後藤は、木製のフォークを器用に使い料理を口にしている。

 このフォーク、三本の棒をつる草で束ねたもので、まん中だけ短くなっているから、残り二本が歯の役割をするようだ。

 私も、彼のマネをして、料理をつついてみた。

 

「ん、美味しいわね!」


 料理の見かけは悪いが、味は満足できるものだった。ただ、ちょっと塩辛い。

 水が飲みたくなってくる。

 でも、この店、お酒はあるけど、お水はありそうにないわね。

 

「社長、これどうぞ」


 遠藤が、私の前に水筒らしきものを出してくれる。

 

「これ、どうしたの?」


「リーダーが用意してくれてたんです。

 レモンを絞った炭酸水が入ってるそうです。

 俺は後藤さんのを一緒に飲みますから」

 

 シロー君って妙なところで気が利くのよね。


「ありがとう。

 いただくわ」


 ほのかに蜂蜜の甘さを感じるレモネードは、優しく爽やかな味がした。

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