第6話 初めての異世界転移(下) 



「柳井さん、柳井さん、大丈夫ですか?」

「社長!

 しっかりしてください!」


 シロー君? 後藤?

 あれ? ここどこ?

 

 気がつくと、私は横になっていた。

 青空と白い雲を背景に、シロー君と後藤の心配そうな顔があった。

 上半身を起こそうとすると、後藤が背中を支えてくれる。

 私は、芝生の上に敷かれた布の上に横たわっていたようだ。

  

「……後藤、シロー君。

 ここは?」


「ここ、アリスト城の庭ですよ」


 シロー君が説明してくれる。

 庭? 公園のようにしか見えないけど……。

 あっ!

 そういえば――


「気のせいかしら?

 な、なにか大きな生きものがいなかった?」


「あー、ウサ子ですね。

 ほら、そこにいますよ」


 シロー君が指さすほうを見ると、巨大な白い生きものがうずくまっている。

 よく見ると、ウサギにそっくりだ。

 そして、黒髪の若い女性がその鼻のあたりを撫でていた。

 遠藤は、そちらに向けカメラをのぞきこんでいる。

 なにやってんの、アイツ!


「あ、あの人、危なくないの?」


 シロー君は、答える代わりにその女性に声を掛けた。


「畑山さん、柳井さん気がつきましたよ」


 女性が、こちらを振りかえる。スラリとした体形と黒目がちの美しい顔立ち。それは確かにアリスト国女王陛下、畑山麗子さんだった。

 紫色の美しいドレスを着た彼女が、ゆっくりした足どりでこちらへやってくる。

 

「柳井さん、お久しぶりです。

 ボーがやらかしちゃってご迷惑おかけします」


 ああ、そういえば、彼女、シロー君のこと、「ボー」って呼んでたわね。

 だけど、彼女、近くで見るとホント綺麗ね。

 

「畑山さん、いえ、陛下、お久しぶりです。

 この度はアリスト国内での取材を許可してくださり、ありがとうございます」


「いえ、私もお会いできるのを楽しみにしてましたから。

 ここではなんですから、お城へ来ませんか?」


「ええと、いいんでしょうか?」


「柳井社長、ここは陛下のお言葉に甘えましょう。

 異世界のお城なんて、めったに取材できるものじゃありませんから」


「そ、それはそうだけど。

 陛下、よろしいのでしょうか?」


「ええ、ぜひ。

 翔太やエミリーにも会ってやってください」


「では、喜んでうかがわせていただきます」


「ウサ子、柳井さんを驚かせたことを気にしてますから、撫でてやってくれますか?」


「え、ええ、分かりました」


 大きなウサギ、ウサ子ちゃんは、驚くほどふわふわしていた。

 どうしてこんなかわいい子に驚いちゃったんだろう?

 分かってる。シロー君が前もって知らせてくれなかったからね。

 

 ◇


 侍従さんに案内されたお城の中は、なにからなにまでもの珍しかった。

 とりわけ『魔道具』と呼ばれる不思議なもの。 

 これは、なんでも『魔石』というものを燃料にするそうだ。

 魔石は、魔獣が体の中に持つ石のようなものらしい。

 灯りや水の生成に使われているものなど、様々な魔道具を目にすることができた。

 他にも通信など様々な用途で使われているそうだ。

 

 豪華な来客用の控室で、私たちにもなじみ深いエルファリア産のお茶を頂いた後、急きょ謁見ということになった。

 場所は、『王の間』と呼ばれる広間で、ヨーロッパの城を思わせる華麗な装飾がほどこされたそこに、着飾った貴族たちが立ちならんでいた。

 畑山さんが座る玉座に向かい、貴族たちの間を歩く。

 シロー君は慣れた足どりで、いつものぼーっとした顔のままだ。遠藤、後藤、私は、ガチガチに緊張していた。

 シロー君に言われ、片膝を床に着き、玉座に頭を下げると少し気持ちが落ちついた。

 なぜか彼自身は立ったままだ。


「女王陛下からお言葉を賜ります」


 頭の上で響きのよい男性の声がした後、畑山さんの声が聞こえてきた。


「この度は、我が故郷からはるばるよう来られた。

 この国の客人として迎えよう。

 顔を上げてよいぞ」


 恐る恐る顔を上げる。

 薄紫色のドレスに濃い紫の上着を羽織った畑山さんは、威厳に満ちあふれ、先ほどとは別人のようだった。

 

「シロー殿の経営する『異世界通信社』で働いております。

 こちら、後藤、遠藤の二名ともども、お見知りおきください」


 前もってシロー君から教えてもらったセリフを、そのまま口にする。

 なんとか噛まずに言えて、胸を撫でおろす。

 それなのに、なぜか貴族たちがざわついている。

  

「シロー殿の!?

 これは丁重に対せねば」

「英雄殿の配下とな。

 ぜひ縁を結びたいものじゃ!」

「不思議な衣装を着ておるな。

 さすが英雄殿の関係者じゃ」


 なんなのこれ?

 それに「英雄」ってシロー君のことだよね。

 それって彼の前では禁句って聞いてるけど。


 チラリとシロー君を見上げると、なぜか青い顔をしている。

 大丈夫かしら。


「許可なくこの三名と接触することはかたく禁ずる。

 ただし、彼らから申しでた場合はその限りではない。

 よいな」


「「「ははっ!」」」


 凄い!

 貴族たちが、畑山さんの御威光にひれ伏してるわ。

 これが女王陛下の威厳ってやつね。 


 ◇

      

 豪華な客間にもどると、シロー君は崩れるように椅子へ腰を落とした。


「リーダー、顔色が悪いですよ。

 どこか具合でも?」


 遠藤がシロー君に声を掛ける。


「……だ、大丈夫。

 それより、これでアリスト国内での取材は、きっと便宜を図ってもらえるよ。  

 取材中、なにかあれば、点ちゃんを通して俺に連絡するといい。

 点ちゃん、頼むね」


『(^▽^)/ 三人まとめて任せてください』


 頭の中で、点ちゃんの声がした。


「点ちゃん、よろしくお願いします」


『(´艸`*) エヘヘ、柳井さんから頼まれちゃった』


「とにかく、この国にいる間は遠慮しないこと。

 少しでも危険を感じたら点ちゃんに話しかけること。

 この二点は守ってくださいね」 


「リーダー、気をつかわせちゃいましたね」


 ホント、後藤の言うとおりだわ。


「ははは、俺は、気なんてつかってませんよ。

 取材、うまくいくといいですね。

 マスケドニアの方には、俺から前もって連絡しときますから、近いうちにお邪魔しましょう」


 その時、客室の扉が開き、少女と少年が入ってきた。


「お久しぶりです、みなさん」

「柳井さん、こんにちはー!」


 頬に少しそばかすがある白人の少女は、アメリカ在住の大富豪ハーディ卿の末娘エミリーちゃん、そして、幼いながらきりっとした顔立ちの少年は、畑山女王陛下の弟、翔太君だ。

 二人とは、以前に何度か会ったことがある。 


「久しぶり、エミリーちゃん、翔太君」


「柳井さん、地球世界のこと教えてくれる?」

「お父様に関するニュースはありませんか?」


 二人は長いこと異世界こちらにいるから、地球世界の情報に飢えているのだろう。

 

「ええ、いいわよ。

 それと、シロー君が向こうでハーディ卿に会ってたみたいだから、エミリーちゃんは、お父さんのこと、彼の口から直接聞くといいわね」


「ありがとう!」

「はい、そうします!」


 この二人、なんか純真なんだよね。大人であるこっちは、見ていてまぶしいわ。

 

「二人とも、この後、柳井さんたちは行くところがあるから、一時間だけだよ」


「「はい、シローさん!」」


「じゃあ、なにから話そうかしら」


 途中から女王陛下も参加して、軽食をつつきながら地球の話題に花を咲かせた。 

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