第2話 出発前のごたごた
白騎士が所有するカフェ『ホワイトローズ』の地下には、シロー君がオーナーである、『異世界通信社』と『ポンポコ商会』、二つの会社が入っている。
不思議なのは、役所、つまり公的機関が視察にも来ないことだ。
両社とも異世界と繋がる初めての会社であるにもかかわらずだ。
地下の施設はシロー君が魔法で造ったものだが、明らかに違法建築だ。
それなのに、公的機関から何か言われたことがない。
会社は住所を『ホワイトローズ』と同じ番地にしてあるから、ウチへの手紙や荷物も上のカフェに届けられる。
ここにウチの会社があるのは分かっているはずだから、どう考えてもなにかおかしい。
どうやら、公的機関はウチの会社を特別扱いしているらしい。
会計士に頼み、税金の処理はしているが、『ポンポコ商会』の方はそういった面でも優遇されていると聞いている。
関税についても、まだ異世界を対象とした法体系がないこともあり、特別な処理がされているそうだ。
白騎士によると、かつて政府は、シロー君を含め異世界から帰ってきた四人にいろいろ干渉しようとしたらしい。
その時、シロー君たちが、政府上層部と「話をつけた」そうだ。
また、当時この国で開かれた国際会議で『ポータルズ条約』が結ばれ、各国がシロー君たち帰還者に干渉しないというとり決めがなされた。
そして、明文化はされていないが、『異世界通信社』で働く私たちにも、各方面から手を出さないようシロー君が口を利いてくれたらしい。
そのため、取材の申しこみや業務提携の話も、民間からのものはあっても国家からのものはほとんどない。
ただ、時には民間を装って外国からの「お客さん」が来ることもある。
◇
白人にしては小柄なその男性は、少しだけしわの入った地味な灰色のスーツを着て現れた。
「今日は、忙しいところ、お時間を割いていただいてありがとうございます」
やや訛りはあるものの、彼の日本語はかなりのものだった。
ほんの小さな違和感があったが、それは白人の彼が流暢な日本語を話すことから受けたイメージかもしれない。
見たところ三十過ぎの、人がよさそうな男は、慣れた手つきで名刺を出した。
「三木さんからご紹介いただいた、『グリーンフォレスト』のダレン=メンデスです」
三木というのは、政府と『異世界通信社(ウチ)』のパイプ役として働いている人物だ。
このダレンという人物からは、これまで再三会見の打診を受けていたのだが、そのいずれも断ってきた。
というのも、彼が指定する会見の場所が有名な寿司屋や高級レストランとなっていたからだ。
規模は小さくともウチは報道機関の端くれだ。だから。社員は国内外問わず絶対に政府関係者や企業関係者と食事しないことになっている。社則でそういうことをした社員は即時クビと決めれられている。
これは先進国の報道機関では当たり前のことで、「報道の自由はそういうところから崩れる」とはシロー君の言葉だけど、私もそれには大いに賛成している。
ダレン氏が所属する『グリーンフォレスト』は、森林保護をうたうNGOだが、それでも、その誘いに応じるわけにはいかなかった。
今日の会見は、三木氏からの紹介ということもあり、場所もウチの会議室ということでやっと実現したものだ。
「『異世界通信社』の柳井です。
今日は何のお話でしょうか?」
最初に受けたささいな違和感から、少しぶしつけな挨拶になってしまった。
「私が所属する団体は、森林の保護を目的にしています。
うかがいましたところ、こちらのオーナーも同じ考え方をなさっているとのことで参りました」
「ええと、失礼ですがお話の趣旨がよく分からないのですが……」
「ご存じのようにウチは森林保護を目的としたPR活動をおこなっております。
ぜひ、その活動にご協力いただきたいのです」
「なるほど、ウチの会員ページで『グリーンフォレスト』の活動を紹介してほしいということでしょうか?」
ネットで閲覧できる有料の会員ページには、異世界に関するニュースを載せている。このページは、すでに全世界で一億以上の会員数を誇っている。
しかし、異世界について興味がある人のどれほどが、森林保護に興味があるのだろうか。
やはりこの人物の狙いは、はっきりしなかった。
「柳井さん、困ってますね?」
もの思いにふけっていた私は、耳元したそんな声に思わず答えてしまった。
「え、ええ……って、シロー君!」
私の背後には、いつの間にかシロー君が立っていた。いつもの格好で、肩には白い子猫を乗せている。
その子猫の目がきらりと光ったような気がした。
「えっ!?
もしかして、ボーノさんですか?」
ダレン氏は、久しぶりに聞くシロー君の苗字「坊野」を口走った。
「さすが情報機関が派遣する人物ですね。
驚いても英語じゃなく日本語が出るんだ」
「えっ!?」
ダレン氏の顔色が急変する。どちらかというと穏やかだった表情が、鋭く暗いものに変わった。
「へえ、あなた、いままでNGOを隠れ蓑に、あちこちの政府に関与してきましたね」
「……」
「シロー君、どういうこと?」
私は「リーダー」というべきところ、思わず普段の口調が出てしまった。
「彼は、アメリカの諜報機関からNGOに派遣され、各国の政府高官と接触するいわばコーディネーターです」
「コーディネーター?」
「ええ、別名エコノミック・ヒットマン。
利益を誘導することで他国の政府高官を動かすんですよ。
今回の標的は、柳井さん、あなただったようですが」
「で、でも、そんな映画みたいなことが本当にあるんですか?」
「ええ、目の前にいるじゃないですか、実物が。
ねえ、ダレンさん」
シロー君の言葉に、ダレン氏はそしらぬ顔と沈黙で答えた。
どうやら、間違いないようだ。
「相手が利益になびけばいいけれど、そうでなければ別の者が出向いて”処理”するんですよね?」
「……」
その言葉を聞いて、鉄面皮のダレン氏がピクリと動いた。
いったい「処理」ってなにかしら?
「なんなら、今までどの国であなたがそういうことをしてきたか言いましょうか?」
シロー君が言いおわらないうちに、ダレン氏がガタンと立ちあがった。
彼は黙って会議室から出ていこうとしたが、急に振りかえるとこちらへ駆けより、ぱっとテーブルに手を伸ばすと、自分が置いた名刺をわしづかみにした。
そして、そのまま逃げるように部屋から出ていった。
あ然としている私にシロー君が声をかける。
「今回は誰の紹介でしたか?」
「三木さんですが……」
「政府の方から?」
「はい」
「ふう、やれやれ。
じゃあ、人を代えてもらいましょう。
首相にも伝えておきます」
シロー君は、こともなげにそう言った。
「だけど、どうしてダレン氏にあんな裏があるって分かったんですか?」
「うーん、どうしてだろうねえ、ブランちゃん」
シロー君が子猫を撫でると、彼女はか細い声で鳴いた。
「おそらく、サムは知らないから、連絡して釘を刺しておいた方がいいな」
「シロー君、サムって?」
「アメリカ大統領ですよ。
柳井さんも会ったことあるでしょ?」
「……」
まったく、ウチのオーナーと話していると、音を立てて常識が壊れていくわね。
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