第16シーズン 異世界通信社編
第1話 異世界帰りのオーナー
最近新しくつけかえられた重厚な木製のドアを開け、店の中とへ入る。
土鈴がカラコロと鳴り、カウンターの向こうにいた、すらりとした「男性」がこちらを見た。
「あ~ら、柳井ちゃん、今日はやけに早いわね」
白シャツにチェック柄のベストを着たこのマスター、お客さんからは「サブローさん」と呼ばれているが、私たちは「白騎士」と呼んでいる。
華奢に見えるが、彼は元自衛隊員、しかも特殊部隊教官で、格闘術に関しては超一流なのだという。
その上、異世界で『拳闘士』などという
なんでも、現地ではゴブリンの大群と戦ったと聞いている。
最後はウチのリーダーに助けてもらったらしいが、ゴブリンを「ちぎっては投げ」したそうだ。
「もうすぐ、異世界への取材旅行でしょ。
その準備があるからね」
私の言葉に、白騎士はニヤリと笑った。
「アリストにも行くんでしょ?
リーダーに案内してもらえるといいわね」
彼が言うリーダーとは、我が『異世界通信社』のオーナーであり、複数の異世界で商店を経営する起業家でもある。
「そういえば、ヒロちゃんの結婚式を取材するんでしょ?」
「ええ、あの子、ウチの会社に入ったと思ったらいきなり向こうへ行ったきりでしょ。
取材がてら、どうしてもひとこと言ってやらないと」
「ホント、いい迷惑よね。
『
「ええ、もちろん伝えておくわ」
ウチの会社は少人数で回しているから、一人抜けただけでもう大変なの。
忙しい時は、白騎士が副社長を務める『ポンポコ商会』から人を出してもらっているけれど、その彼らもここにいる社員は五人だけだから、かなり迷惑をかけていると思う。
「そういえば、
「もちろんよ!
プリンスの事なら、もう何時間だって話せちゃう!」
「え、ええ、翔太君のお話も聞きたいけど、食べ物や交通事情、現地の風習なんかについても聞きたいの」
「あ、そっか。
柳井ちゃん、異世界は初めてだったわね。
シローちゃんがついてるから、なにがあっても大丈夫だと思うけど、とりあえず話せることは話しておくわよ」
「よろしくお願いします」
「はい、これ。
どうせ忙しくてまだ食べてないんでしょ?」
カウンターに現れたトレーには、タマゴサンドとグレープフルーツジュースが載っている。
白騎士は、心憎いほど気配りが利く人なのだ。
「いつもありがとう。
お金はきちんとツケといてね」
トレーを手に、カウンター裏のパントリーから地下へ降りる。
地下の廊下は、壁に掛けられた『枯れクズ』と呼ばれる、光るクリスタルで照らされている。
トレーを壁際の小机に置くと、やや暗くなりかけた『枯れクズ』を新しいものと取りかえておく。
このクリスタルは、陽に当てるだけでエネルギーの充填ができる優れものだ。
再びトレーを取りあげ、開いた方の手で会社のドアを開ける。
「社長、お早うございます」
デスクから立ちあがったのは、浅黒く日焼けした長身の男性だ。
まだ三十になったばかりの彼は、ウチの主力として働いてくれている。
「お早う、後藤。
あなた、たまには定時に出社していいのよ。
いつも一時間以上早く来てるでしょ」
「ははは、今は仕事が面白くて仕方ないんですよ。
なにをやっても世界
本当は、二十四時間働きたいくらいです」
「やめてよ。
そんなこと言ってると、またリーダーに強制休暇取らされるわよ」
今の会社を立ちあげたとき、働きすぎをリーダーにとがめられ、無理やり休養をとらされた。今となっては、いい思い出だ。
「あー、そういえばそうでしたね。
そろそろシローさんが来るでしょうし」
「そうよ。
それより、遠藤が来たら、すぐに異世界での取材について打ちあわせるわよ」
「ああ、彼なら朝一番に来て、資料室で持っていく情報を最終チェックしてますよ。
昨日、桃騎士さんに手伝ってもらったそうです」
「じゃあ、そっちは安心ね。
遠藤を呼んできてくれる?」
「分かりました。
社長室でいいですか?」
「ええ、お願い」
私はそう言いのこし、透明な壁で仕切ってある社長室へ入った。
◇
角刈りのごつい若者、遠藤がテーブルの上に資料を並べていく。
「社長、地球文化についての資料は、これだけで十分でしょうか?」
社長室では、来客用のソファーに私と後藤、遠藤が着いている。
テーブルの上には、資料の他に現地の硬貨、お土産にするお菓子などが並べられていた。
「そうねえ、荷物が増えるから、これで十分でしょう。
データに落としこめるものは、全部PCに入れて持っていきましょう」
「遠藤君、データは予備を用意してるかな?」
後藤が遠藤に声を掛ける。
「はい、全て二つずつ作っておきました」
それを聞きながら、私は白騎士が作ってくれたサンドイッチに手を伸ばす。
それを見た後藤と遠藤も、自分たちのコーヒーに口をつけた。
「しかし、異世界で王族と結婚ですか。
後藤が呆れ顔で首を横に振っている。
「これ、加藤家で取材した時のデータです」
遠藤がこちらに向けたPCのディスプレイには、写真の中でヒロと並ぶ三十才くらいの美丈夫が映っていた。
抜けるような青い衣装を着たその人物は、威厳と知性を兼ねそなえた風貌をしていた。
「なにこれ!
遠藤、ホントにこれがヒロのお相手?」
「ええ、間違いありません。
これがマスケドニア国王その人です」
「「……」」
私と後藤は、二人とも言葉を失った。
「なんでも、乗り気でないヒロに国王が猛アタックしたそうですよ」
遠藤の言葉が、追いうちをかける。
シロー君が時々洩らしていた言葉が、思わず知らず私の口から出た。
「リア充、
「「えっ!?」」
後藤と遠藤が、ギョッとした顔でこちらを見ている。
私は澄ました顔でジュースのストローをくわえた。独身のまま、つい先日三十路に手が届いた私には、そう言える権利があると思うのだ。
◇
その日の夕方、残業やむなしの決意をしたころ、リーダーが訪れた。
彼の場合、突然その場に現れることもあるから、知っていても驚いてしまう。心臓に悪い。
今日は、上のカフェに転移してきたのだろう。きちんとノックしてから仕事部屋へ入ってきた。
「お久しぶり。
お仕事、ご苦労様」
どこかふんわりしたシロー君の声を耳にすると、なんだか安心する。
「リーダー、ようこそ!」
「お久しぶりです!」
後藤、遠藤の言葉に続き、私も挨拶する。
私たちは、会社の所有者である彼のことを「オーナー」ではなく「リーダー」と呼ぶことにしている。これは彼からの強い希望によるんだけど。
「お帰りなさい。
待ってましたよ。
向こうへ持っていく資料と荷物、最終チェックしてくれますか?
特に服装はリーダーが見ないと分からないですから」
なるべく事務的な口調になるよう心掛ける。
そうしないと、浮ついた気持ちがバレてしまうから。
「いいですよ。
だけど、俺、ファッションにはうといからなあ。
コルナを連れてくればよかったかな」
コルナと言うのは、シロー君と共に暮らす女性で、狐のかわいい獣人だ。
彼女は美術系のセンスがあり、絵画はもちろん服装のデザインも手掛けている。
そっちは、白騎士たちの『ポンポコ商会』が担当している。
「リーダー、服装にはもう少し気をつかったほうがいいですよ」
後藤が指摘するのも無理はない。シロー君はいつもくすんだカーキ色の上下を着ている。冒険者の服装らしいが、ファッション性はゼロだ。
その上、頭に茶色の布を巻いているから、地球のどこに行っても褒められた格好ではない。
私たちがそんな会話をしている間に、遠藤はシロー君が連れてきた白い子猫にミルクをやっている。彼は見かけのごつさに反して、かわいいものが大好きなのだ。
「そうだ!
黒騎士さんに頼みましょう。
彼女なら向こうに行ったこともあるから、異世界のファッションも大丈夫でしょう」
そうだろうか? 黒騎士は『ポンポコ商会』勤務の若い女性だが、黒っぽいスーツを着ているイメージしかない。
その時、ノックと同時にドアが開き、噂の黒騎士ともう一人が入ってきた。
「シロー、お帰り」
極端に口数の少ない、紺色のスーツを着た黒騎士が、いつも通りの挨拶をした。
「愛の帰還魔法、ぽわわわ~ん!
お帰り、リーダー」
白いフリルに縁どられたピンク色のローブに身を包んだ「少女」が、先端にハートがついたプラスチック製の魔法ステッキを振りまわす。
この人は桃騎士、やはり『ポンポコ商会』の社員だ。
彼らの会社は、ここの地下二階に入っているから、そこから上がってきたのだろう。
『(*'▽') 黒騎士さん、桃騎士さん、それに通信社のみなさん、お早うー!』
頭の中で声がする。シロー君の中にいる、「点ちゃん」という名の魔法キャラクターだ。
魔法自体がおしゃべりできるなんて、まさに異世界らしいわよね。
「「「お早うございます」」」
「お早う」
「点ちゃんにも帰還魔法それ~、ぽわわわ~ん!」
『( ̄▽ ̄) ぽ、ぽわわわ~ん?』
シロー君が帰ってくると、いつもゆるゆるな感じになちゃうんだよね。
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