第58話 『秘密の扉』と新しい家族(上)



 アリストにある『くつろぎの家』に帰ってきて三日がたった。

 俺はリビングで新作のコケットソファーに横たわり、地球で買ってきた小説を読んでいた。

 お腹の上には白い毛玉、キューが座っており、その上にブランが丸まっていた。

 

「あー!

 キューったら、こんなところにいたの?

 お兄ちゃん、また寝てる!

 もう、ダラダラしすぎ!」


 リビングに入ってきたコルナが、さっそく指摘する。


「いや、帝国での仕事中はくつろげなかったじゃない。

 我慢してたぶん、くつろいでるところ」


『(・ω・)ノ 仕事中も、いっぱいくつろいでましたけどね』


あー、点ちゃんがいらないことを……。


「ほら、点ちゃんだってこう言ってるじゃない!」


 コルナが「それみたことか」って顔してる。


「やれやれ」


「もう!

 やれやれじゃない!

 ナルとメルのお迎えに行ってください!」


「あ、思いだした!

 今日は夕食の前に家族会議があるよ」


「へえ、なんだろう?」


「だけど、コルナ、皇帝陛下から頂いたお金を全部『集いの家』のためにつかってよかったのかな?」


「いいのいいの。

 それに、帝都で美味しいもの思いっきり食べたじゃない」


「まあ、君がそれでいいんなら問題ないんだけどね」


「『集いの家』って一つだけじゃないんでしょ?」


「ああ、ノンコラ以外にも五か所建てておいたよ」


「じゃあ、いくらお金があってもきっと足りないよ。

 それに、私たち『ポンポコ商会』から給料もらってるし」


 ルル、コルナ、コリーダは、『ポンポコ商会』の役員として、大企業の社長以上の収入がある。

 

「俺が言うことじゃないかもしれないけど、ありがとうね。

 じゃあ、夕食の前にリビングで家族会議だから」


「うん、分かった。

 じゃあお兄ちゃん、あまりゴロゴロしすぎないように!」


 くうっ、ごまかしてゴロゴロしようと思ったのに、きっちり釘を刺されてしまった。

 

 ◇


 ナルとメルを学校へ迎えにいったあと、俺はアリスト城へとやってきた。

 俺から報告を聞いた女王畑山は、頭を抱えてこう言った。


「ふう、モスナート帝国との国交が再開して忙しい時に……。

 あんたは、いつも厄介事を持ちこんでくれるわね。

 ああ、そういえば、さっきルルさんも来たわよ」


「え?

 ルルが?」


 彼女は、確か買いものに行くからって外出していたはずなんだけど……。


「その様子じゃ、知らなかったみたいね。

 家に帰ったら、サプライズが待ってるかもね」


「サプライズか……」


「それから、迷惑かけてるって思うんなら、また加藤あいつとのデートをセッティングしてよね」


「分かった分かった」


「じゃあ、どうなるか分からないけど、また報告に来るよ」


「次は、私が楽しめる報告にしてよね」


「あ、ああ、分かってる」


 今回の件では、この国がいろいろ動いてくれたし、デートのお膳立て一回くらいならお安い御用だ。

 

 ◇


 リビングの大テーブルを家族みんなで囲む。ギルド関係の仕事で忙しいリーヴァスさんも、なんとか間にあった。


「シロー、なにか大事な話があるということですが?」


「ええ、リーヴァスさん。

 実は、ここに来てみたいって方がいまして」


「誰ですかな?」


「ナルとメルは初めて会う方だから、きちんと挨拶するように」


 俺は指を鳴らした。

 一つだけ空席にしておいた椅子に小さな黒いドラゴンが現れる。

 彼は、口からかわいい火をぽっぽと吐いた。


「「うわー!」」


 ナルとメルが歓声を上げる。

 ドラゴンの席はナルとメルの間だから、二人はさっそく彼を撫でまわしはじめた。


『こ、こら!

 くすぐったいぞ!

 そのくらいにしてくれ!』


 小さなドラゴンからの念話による抗議は無視して、話を進める。


「チビドラちゃん、さあ自己紹介して」


『こら!

 人の名を勝手に決めるでないわ!

 我は偉大なる黒竜ヴァランドじゃ!』 


「ええと、ディーテは『クロちゃん』って呼んでなかった?」


『じゃから、我が名はヴァランドじゃと言っておろうが!』


 小さな竜は、テーブルを前足でぱふぱふ叩いている。

 

「ナル、メル、この子の名前なんにする?」


「うーん……チビドラ?」

「クロちゃん?」


『それみよ、シロー、お主が我を妙な名で呼ぶからこうなったのじゃぞ!』


 小さなドラゴンは本当に腹が立ったのだろう、ポポポと小さな火を噴いた。

 

「まあ、名前はおいおい決めるとして、この子が今日ここに来たのは、ナルとメルに会いたかったからなんだ」


「えっ!?

 そうなの?

 チビドラちゃん、どうして?」


 コルナが少し警戒した顔でそう言った。


『だから、我はヴァランドじゃと言うておるであろう!

 ここに来たのは、シローから黒竜の子がおると聞いたからじゃ。

 この二人がそうじゃな?』


 ナルとメルは、ヴァランドをべたべた触っている。


「ナル、メル、お外でドラゴンの姿になってくれる?」


 俺はある狙いがあって二人にお願いする。


「うん、いいよ、パーパ!」

「お庭だね!」


 ナルとメルはぱっと椅子から立ちあがると、引き戸を開け、芝に似た草が敷かれた庭に出ていった。

 外はもう暗いが、前の庭はリビングの灯りに照らされされている。

 二人が、本来の姿、二メートルくらいのドラゴンに変化へんげする。

 そして、すぐいつもの姿に戻ると、リビングへ戻ってきた。


「チビドラちゃん、どうしたの?」

「どうしたの?」


 小さな翼で顔を隠した小竜を見て、ナルとメルが心配する。

 やはり、思ったとおりの結果になったな。


「コルナ、少しの間だけ、二人を三階に連れていってくれるかな?」


「ええ、いいわよ」


 コルナは何かあると気づいたのか、訳知り顔で頷いた。

 彼女がナルとメルを連れリビングを出ると、俺は子供部屋とリビングを繋ぐ「滑り台」の出口に点パネルで蓋をした。

 今からする話を、三階にいる子供たちに聞かれないためだ。


「で、ヴァランド、なにか言いたいことがあるんじゃないのか?」


 俺は、冷たい声で小竜に話しかけた。


「シロー、どういうことなの?」


 コリーダが、けげんな顔で尋ねる。


「ヴァランド自身に説明してもらった方がいいだろう。

 そうだよな」


 小竜は、顔を隠していた翼をゆっくり下げた。

 現れた顔は涙に濡れていた。


『なぜあの子たちがここに……』

 

 やっと絞りだした、そんな念話が聞こえてくる。


「さあ、はっきり言ってみろ!」


 俺は小竜を急かした。

 

『あ、あの二人はな、我の子じゃ』


「「ええっ!」」


 ルルとコリーダから驚きの声が上がる。

 リーヴァスさんは、表情が変わっていない。きっと薄々気づいていたんだろう。

 

「シロー、どういうことです?」


 ルルが、いつになく真剣な顔で尋ねる。


「古代竜、エンシェントドラゴンっていうのは、とても珍しい存在だろ?

 だから、もしかしてって思ったんだ」


「ほ、本当にあなたがナルとメルのお父さん?」


 コリーダは、説明を聞いてもまだ驚きが消えないようだ。


『うむ、あの二人は、このヴァランドの子に間違いない』

 

「あなた、どうして、奥さんと子供を捨てたの?」


 ルルが、初めて聞く厳しい声でそう言った。 


『……』


 小竜はモジモジするだけで、なぜか答えようとしない。


『(・ω・)ノ ブランちゃんによると、こいつの浮気が原因だって』


 ブランが黒竜の記憶を覗いたのか。

 それにしても、浮気がバレて奥さんが子供をつれて逃げちゃったなんてねえ……。

 ヴァランド氏、こりゃもう言いのがれできないな。


『……そうじゃ、全ては我の責任じゃ』


 長い首をうなだれる小竜。


「反省してもらっても、意味はありません!

 あなた、ナルとメルのお母さんがどうなったか知ってるの!」


 ルルの言葉は、まさに氷の刃だった。


『アイラの事を知っておるのか?』


「ええ、最期を見届けました。

 ナルとメルをシローと私に託したあと、自ら勇者に討たれました」


『……ば、馬鹿な!

 アイラが人なぞに負けるはずはない!』


「独りだけでナルとメルを育て守り続けるのは、難しいと考えていたようだよ」


 俺の言葉を聞いた小竜は、椅子のクッションに顎をつけ、うずくまった。閉じた目からは、涙があふれている。

 みんなが黙りこんだリビングでは、唸るような小竜の泣き声だけが聞こえていた。

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