第57話 集いの家
ノンコラの街にある『リリパラ服装店』では、店主である婦人リリパラが、その大きな顔に戸惑いの表情を浮かべ、二十過ぎの息子と話していた。
「それにしても、税が下がるなんてことがあるんだねえ」
「そうだよね。
母さん、こんなことって初めて?」
「ああ、記憶にゃないね。
それにしても、『天女』に関する全てを廃止するって、新皇帝陛下も思いきったことをするもんだ」
「もしかすると、『天女』の仕組みってかなりお金が掛かってたのかもしれないね」
「それより、あんた、今日の午後は店を任せるよ」
「母さん、どこかへ出かけるの?」
「ああ、リーヴァス様にお誘いを受けててね。
なんでも、『集いの家』ってのができたから、顔をのぞかせてほしいんだってさ。
じゃあ、後はたのんだよ」
おめかししたリリパラが、いそいそと店から出ていくのを見て、息子がため息をついた。
「リーヴァス様かあ。
母さんが楽しそうだからいいけど。
どう見ても片想いだよなあ……」
◇
街をとり囲む、外壁近くの区画までやってきたリリパラは、かつて廃屋が立ちならんでいた一角が、薄茶色の壁にとり囲まれているのに気づいた。
「あれ?
確か、言われてた場所はここのはずだけど……。
こんな壁、今まであったかしら?」
「リリパラさんですね。
私、アンと申します。
リーヴァス様が中でお待ちです」
地味な生成りのローブを着た中年の女性が木の扉を開き、リリパラを壁の中へ案内する。
「なっ、なんなのこれ?」
彼女が驚いたのも無理はない。
ボロ小屋が立っていたその場所には、L字型の大きな屋敷が建っていた。
二階建てのその屋敷は、つるりとした茶色の外壁で、外の壁と同じ材質が使われているようだった。
「驚かれましたか?
なんでも、名誉騎士になられた方が、土魔術を使って一晩で建てられたとか。
土地はお国から無償で提供されています」
アンという女性がそう説明してくれても、リリパラの目は建物に釘づけだった。
細かい所にまで模様が施されたその屋敷は、彼女が今まで見た貴族のそれより、よほど洗練されたものだった。
「これを一晩で建てたですって?
さすがにそれは無理でしょう」
思わずそう口にしたが、アンは黙って屋敷の玄関扉を開けた。
「なっ、どうなってるの!」
扉から入ってすぐは、吹きぬけの広いホールになっており、奥の壁にはめ込まれた色とりどりのクリスタルから、色鮮やかな光が差しこみ、落ちついた茶色の床に複雑な模様を描いていた。
あまりの美しさに足を停めたリリパラだったが、案内役のアンがどんどん奥へ入っていくので、慌ててその後を追った。
廊下を少し歩き、突きあたりの扉から入ると、そこは広間になっていた。
この街ではわりと大きな『リリパラ服装店』と同じくらいの広さがある。
部屋に入っるとアンが靴を脱いだので、リリパラもそれに習った。
木材が張られた床には、幼児から十五才くらいまでの子供たちが座り、それぞれが何かで遊んでいるようだった。
「お姉ちゃん、私も描いて!」
床に紙を広げた三角耳の娘に、十才くらいの少女がおねだりしている。
「ねえ、さっきの歌、もう一回!」
漆黒の肌をしたエルフの手を男の子が引っぱっている。
「うわあ!
これ、お
私も作る!」
色とりどりの小箱を積みあげているブロンド髪の娘に、赤い毛皮を着た少女が話しかけている。
毛皮の少女は、この街から出た『天女』の妹だとリリパラも知っていた。
「あ、『落とし子』様!」
思わず口にした言葉を、アンが聞きとがめる。
「新しい法で、『天女』に関する言葉は、使えなくなっております。
お気をつけください」
「そ、そう。
知らなかったわ」
肩を落とすリリパラの背に、声がかかった。
「リリパラ殿、よく来られた」
彼女が振りかえると、狩人のような恰好をした初老の男性がいた。
初めて彼女が目にしたときのままの姿だった。
その腕には、五歳くらいの男の子が抱かれ、眠っていた。
「リーヴァス様!
ここはいったい?」
「『
国が運営を始めました。
ここにいるのは、『天女』に関係して家族を失った子供たちです」
「素晴らしいですわ。
リーヴァス様もおかかわりに?」
「私は、もうすぐ故国に帰らなければなりませんから。
それまで少しでもお手伝いしようかと思っております。
できれば、街のみなさんに、ここの話をしていただけたらと思います」
「そ、そうですか、もちろんみんなには知らせておきますが……」
リーヴァスがここを離れると聞き、表情が暗くなったリリパラだが、すぐに顔を上げ笑顔を見せた。
「私もお手伝いさせていただいても?」
「ええ、ぜひ。
子ども向けの面白いお話などご存じなら、ぜひご披露くだされ」
「ふふふ、こう見えても、息子と娘を立派に育てたましたのよ。
子供が喜ぶお話もたくさん知っています」
リリパラの人並みはずれた大きな顔に、微笑みが浮かぶ。
「では、みなさん、お話を聞きたい人はここへ来てね。
昔々あるところに、ゴブリンの子供がいたの。
その子がね……」
集まってきた子供たちは目を輝かせ、リリパラの話に耳を傾けている。
どうやら商売で鍛えた語り口は、子供たちの興味を惹きつけたようだ。
広間は、冬の終わりを感じさせる、温かい光に包まれていた。
◇
夕方が近づき、少し暗くなりかけた道を、リリパラとリーヴァスが並んで歩いていた。
道沿いの花壇には、すでに春の花が咲いていた。
「リリパラ殿、今日はありがとうございました」
「あのくらいなんでもございませんわ。
それより、わざわざ送ってくださってありがとうございます」
「ははは、お安い御用です」
「それより、子供たちに混じって、おばあ様が一人いらっしゃいましたね」
「ええ、彼女は記憶を失っているのですよ。
子供の頃の記憶だけは残っているので、ああして子供として暮らしているのです」
「まあ、そうでしたか。
そういえば、あの方につき添っていた方、
一度だけ、宰相様のお顔を拝見したことがあるんです」
「ああ、そうですか。
リリパラ殿は、プラトラをご存じなのですな」
リーヴァスは、なぜか前宰相の名に敬称をつけなかった。
「ええ。
でも、しっかりした方のようですから、あのおばあ様も安心ですね」
「そうですね、彼女は今が一番幸せなのでしょう」
リリパラは、そう答えたリーヴァスの顔に一瞬だけ影がよぎった気がしたが、ちょうど雲に陰った夕陽のせいだろうと考えた。
「人生は驚きに満ちておりますな」
リリパラは、リーヴァスの深い声に頷きながら、この時間が永遠に続いたらいいのに、と思うのだった。
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