第55話 ギルド再建


 

 商業都市ノンコラ、そこで手広く被服業を営む婦人リリパラは、在庫のための大きな倉庫をいくつか持っている。

 いつもはガランとしているその一棟に、いずれも一癖ありそうな初老の男女が集まっていた。


「フォルツァ、仕事は本当にあれだけでよかったのか?

 銅貨を酒場に置いてくるだけなんて、子供でもできる仕事だぞ」


 頬に古傷がある男に、大男が話しかけた。

 

「ああ、ゴランド。

 依頼主のシローは、満足してたぞ」


 木箱に座った、黒ドレスの婦人が口を開いた。  


「だったら、こんなところでなんの話をするつもりだい?

 報酬を渡すだけなら、こんな面倒なことする必要はないだろう?」


「ドロシーねえさんの言う通りだぜ!」

「あんときゃ、いきなり周囲の光景が変わるからビックリしちまった!」

「お前、相変わらずビビリかよ!」

「抜かせ!

 驚いただけだい。

 ビビッてなんかいるかよ!」


 元冒険者たちが口々に騒ぎだしたとき、彼らの目の前に一人の青年が姿を現した。

 その横には、リーヴァスが立っている。


「「「わっ!?」」」


「こんにちは。

 驚かせちゃいました?」


 青年が、肩に乗る小さな魔獣を撫でながら問いかけた。


「お、驚いてなんかねえぞ!」

「いきなり出てきたから驚いただけよ。

 心臓に悪いわ」

「それより、報酬の残り、払ってもらえるんだろ?」


 集まった男女が騒ぎだす。

 青年が指を鳴らすと、青いテーブルが現れた。

 その上には、革袋が二つ置いてある。


「ドロシーさん、みんなに宝石を配ってくれますか?」


「ああいいよ。

 報酬の残り、宝石三つずつだったね?

 みんな、さっさと並びな!」


 みんな宝石を手にして、目を輝かせている。

 

「今日は、リーヴァスさんからみなさんにお話があります。

 少し時間をもらえますか?」


「簡単な依頼で、これだけの報酬をもらったんだ。

 そのくらいのことはなんでもないよ」


 黒ドレスのドロシーが、小さな黒革のバッグに宝石をしまいながらそう言った。 


「みなさん、いいですかな?

 では、新しい依頼です。

 この依頼は期限がない依頼ですから、よく考えて受けてくだされ」


「期限がない?

 兄貴、どういうこってす?」


 ハゲ頭の大男ゴランドが、いぶかし気な顔をする。


「依頼と言うのは、この国の冒険者ギルド再建をみなさんにお願いしたいのです」


「冒険者……」

「ギルドの……」

「再建……」


 呆然とした顔の元冒険者たちの口から、そんな声が洩れる。


「お、おい、リーヴァス!

 そりゃ本当か!?」


 かつて金ランク冒険者だったフォルツァが、叫ぶように言った。


「ええ、新皇帝とはすでに話がついてます」


「新皇帝?」


「ええ、カルメリア陛下は自ら退位なされ、先代皇帝の甥である公爵様が新しく即位なされます」


「おいおい、そんなこたあ初耳だぜ!

 なんでそんなこと知ってんだ?」


 フォルツァが、呆れた顔でリーヴァスに詰めよる。


「この件では、シローが動きましたからな」


 リーヴァスの言葉に、みながばっとシローの方を向き、問いかける視線を送ったが、彼はいつのまにか椅子に腰を下ろし、お茶を飲んでいた。

 みなの視線を受けた青年は、眉の片方を少し上げただけでそれに答えた。

  

「ここに新皇帝から託された、ギルド再建の資金があります。

 ドロシー、帝都ギルドのマスターとして、資金の管理をお願いできますかな?

 あなたが中心となってギルド再建を進めてくだされ。

 フォルツァ殿にサブマスとしてドロシーの補助を、他の方は各ギルド支部のマスターを頼めますかな?」


 テーブルの上に一つ残っていた革袋の口をリーバスが開く。

 中の白金貨がじゃらりと音を立てた。


「「「……」」」


 元冒険者たちは、石のように動かなくなり声もない。

 ギルド再建は彼らの悲願だったが、不可能だと思っていたその夢が、目の前で現実のものとなろうとしているのだ。

 信じられないという気持ちも無理はない。


「リーヴァス、いや、リーヴァス殿、一つ聞きたい」


 最初に口を開いたのは、ドロシーだった。


「なんですかな、ドロシー?」 

 

「あたいは、長いこと水商売をしてる女だよ?

 こんなあたいにギルドマスターが務まるかね?」


「ははは、かつて『爆炎』の名で鳴らした方が、自信がないのですかな?

 反対する者は、一人もおらぬと思いますが?」


 これからの希望に目を輝かせ、元冒険者たちが深く頷く。


「サポートは俺に任せな、ドロシー姐さん」


「フォルツァ……。

 よし、分かったよリーヴァス、その依頼、受けようじゃないか。

 いいね、みんな!

 あたいらの手で、この国の冒険者ギルドを再建するよ!」


「「「おお!」」」


「ところで、リーヴァス、今回のことで活躍した『英雄』殿にお礼を言いたいのだが?」


 ドロシーの言葉でみながシローの方を見たが、なぜか彼はテーブルにつっ伏して頭を抱えていた。


「ドロシー、彼は『英雄恐怖症』でしてな。

 彼の前で、『英雄』の二文字は禁句なのですよ」


「……とことん変わってる坊やだねえ、シローは」


「ははは、まあ、家族としてはいつものことですが」


「えっ?

 シローは、あんたのお孫さんかい?」


「ははは、血のつながりはありませんが……そうですな、孫ですか。

 どちらかというと、息子の方が近いですかな」


「ふーん、そうかい。

 とにかく、この件では、あたいらだけでなく、この国が助けてもらったよ。 

 シロー、ありがとう!」


 元冒険者たちがシローをとり囲み、頭を下げた。

 彼らが頭を上げた時、そこには革袋が載ったテーブルだけがあり、若者は座っていた椅子ごと姿を消していた。

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