第54話 本来の姿
女帝カルメリアが目覚めたのは、『鏡の間』だった。
壁はもちろん天井も床もクリスタルが張られており、全身を映すことができる。
若返りの儀式を終えると、娘のようにみずみずしい自分の姿態をこの部屋で眺めるのをいつも楽しみにしてきた。
いったい、どういうことなの?
この部屋を使うのは、私だけのはず。
どうして知らない者がいるのか?
侍女は、なにをしているのか?
見たことのない老婆が一人、鏡の中に横たわっていた。
「お前は誰だ!?
なぜここのような場所にいる!?
みな、いったいなにをしておる!」
この老婆め!
口をぱくぱくさせおって!
声が出ておらんではないか!
こちらに合わせて立ちあがるなぞ、頭が高いわ!
「この不埒者が!
誰の前だと心得る!」
なんと、この老婆、こちらを指さしておるぞ!
なんたる無礼!
ん?
こやつ、わらわと同じ服なぞ着おって!
「たれか!
今すぐこやつをここから叩きだせ!」
その時、鏡の一部が開き、一人の男が入ってきた。
「リ、リーヴァス!
助けてくりゃれ!
この
すぐに叩きだしてくりゃれ!」
「カルメリア陛下……。
申しあげにくいことですが、それはあなたです」
「なにを言うておる!
それ、そこにいる老婆が見えぬか!」
鏡の中にいる老婆は、またしてもこちらを指さした。
「そら見よ!
またこちらを指さしておる!」
「……それはあなた自身だからでござらぬか?」
「わ、わらわは、わらわは、あのような顔ではないぞ!」
女帝が自分の顔に手で触れると、鏡の老婆はも彼女の顔に手を伸ばした。
「ち、ちがう!
わらわは、あのように年などとっておらぬ!
なぜなら――」
その時、『鏡の間に』入ってきた青年が、彼女の言葉を引きとった。
「『昇天の儀』で、若い娘を『飲んで』若返るからですか?」
「な、なにを言う!
リーヴァス、その男の言うことなど信じるでないぞ!
わらわは、そのようなことしておらぬ!」
「……カルメリア様、すでに多くの者が、儀式の真実に気づいております。
すでにとり繕うことなどできはしませぬぞ」
「違う!
わらわは、なにも悪くない!
みな喜んでその身を差しだしたのじゃぞ!」
女帝がそう言った時、部屋の空気が変わった。
茫洋とした平凡な青年の顔が、美そのものと化した。
「お前が美しいだと?
鏡に映る自分を見てみろ。
お前の醜悪な心が顔に現れているぞ」
美貌の青年が口にした言葉は、カルメリアの心にぐさりと突きささった。
「ひ、ひいい!
あれがわらわ……嘘じゃ、嘘じゃ!
ひいいい……。。。」
若返りの反動からか、年齢以上に老化したカルメリアは再び気を失い、ぼろくずのように崩れおちた。
「厳しいですが、彼女はこれからありのままを受けいれなければなりませぬな」
リーヴァスがマジックバッグから毛布を取りだし、それをカルメリアに掛ける。
「シロー、彼女のことは私が。
後始末を頼みますぞ」
その日、『唄の島』にある巨大な石塔が忽然と姿を消した。
更地と化したその場所には、いつの間にか歴代の『天女』の名を記した石碑が立てられており、その前には色とりどりの花が供えられていた。
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