第53話 昇天の儀(4) 



 秘密厳守のため、『昇天の儀』は、世界の壁を越えた先でおこなわれる。

 パンゲア世界モスナート帝国の城にある『北の塔』から、グレイル世界『唄の島』にある『天女の塔』へと場所を移すため、儀式の関係者たちは、移動式ポータルである『鳥の巣』を潜りぬけ、狭い部屋へと出てきた。

 初めてポータルを潜ったメテリアは、おどおど周囲を見まわしている。

 

「お、お父さんは?」


 そう尋ねた少女に、侍女長である老女が冷たく答えた。


「お父上は、じきいらっしゃいます。

 さあ、急いで!」


 一人の侍女が手にした灯りの魔道具で、石造りの狭い部屋の中が照らしだされた。

 なかば背中を押されるように部屋を出た少女は、迷路のようにいりくんだ幅の狭い通路をしばらく歩き、薄暗い広間へとやってきた。

 そこはドーム状の空間で、ついさっき「額縁」を潜った、塔の部屋とよく似ていた。

 城に着いてから世話をしてくれた侍女のアンと頼りにしている父がいないことで、少女の心細さは増すばかりだった。


「あ、あの、やっぱり私、帰りたいです」


 少女は、思わずそんな言葉を口にしてしまう。

 それに答えるように、広間にいた黒ローブの男が、懐から取りだしたワンドの先で少女の頭に軽く触れる。

 その瞬間、彼女の身体からカクンと力が抜けた。

 両脇に立っていた侍女二人は、少女が崩れおちる前に、慣れた手つきでその体を支えた。

 少女のつま先がぶらりと宙に浮き、彼女はそのまま『祭壇』の上まで運ばれた。

 黒ローブの男二人が、力を失い横たわる少女の姿勢を整える。


 祭壇に描かれた目玉文様の中心に、きちんと少女が置かれるているのを確認すると、侍女長が右手を挙げた。

 儀式が始まったのだ。

 黒ローブの男たちがワンドの先を少女へ向け、呪文の詠唱を始める。

 彼らの声は一つに揃い、薄暗い儀式の間を震わせる。

 少女を載せた『祭壇』を縁どる黒い管が、まるで生きているようにうごめきだす。

 詠唱の最後の一節が終わると、ワンドからほとばしった赤黒い光が少女を包みこんだ。


 ブウンンン


 なにかが唸るような音がして、祭壇の光が消えた後、そこには赤い玉が残されていた。

 広間奥の扉が開き、白いドレスを着た女帝カルメリアが入ってくる。

 彼女は、広間の奥にしつらえられた大きな椅子に腰かけた。

 その目は、若がえりへの期待に妖しく光っていた。

 

 侍女の一人ができ上った玉をお盆に載せ、女帝の前まで運んでくる。

 そこにある小テーブルには、口広のグラスが置かれており、侍女はお盆からとりあげた玉をそっとその中に入れた。

 女帝は、グラスの横に置かれてたデキャンターを手ずから取りあげ、それに満たされていた赤い液体を玉の上から注いだ。 

 

「ん?」


 どこか違和感を感じた女帝だが、それがなにかはっきりしないまま、グラスを飲みほした。


 カラン


 赤い液体の中で、玉が音を立てる。

 なぜ玉が残っているのか?

 こんなことは今までなかったはずだ。


 パチパチパチ


 誰からの拍手が聞こえる。

 そちらに目を向けると、頭に布を巻いた青年が手を叩いており、その横にリーヴァスが立っていた。


「リ、リーヴァス!」


 がたりと椅子から立ちあがった女帝だが、その勢いで前に置かれていた小テーブルが倒れ、床に落ちたグラスとデキャンターが割れ、その破片が周囲に飛びちる。


 カラカラン  

 

 赤い玉が転がり、手を叩いていた青年がそれを拾いあげた。


「これ、ガラス玉なんですよね。

 あ、この世界、ガラスってなかったっけ?

 まあ、クリスタルみたいなものですよ。

 俺が作ったんです」


「お、お前は……な、なぜここにいる!?」


 まっ赤な唇を震わせ、女帝がシローを指さした。


「俺の名前はシロー、どうせ覚えてないだろうけどね。

 ついでに紹介しとくが、あんたが、たった今、飲みこもうとした少女の名前はメテリア。

 自分の事にしか興味がないだろうから、とりあえず教えとくよ」


 青年の言葉を聞いた女帝は、全身をぶるぶる震えさせ叫んだ。


「何たる無礼ぞ!

 殺せ!

 この男を殺すのだ!」


 だが、気づくと命令を実行すべき黒ローブの男たちだけでなく、侍女たちも姿を消している。

 リーヴァスが、床に散らばった黒い何かを拾うと、それを袋に入れている。

 よく見ると、その黒い何かは動いていた。


 どういうことだ?

 なにが起こってる?


「ああ、黒ローブの人たち?

 今、リーヴァスさんが拾ってるのがだよ」


「どういうことだ!?」


 青年に説明されても、女帝は、まだなにが起きているか理解できていない。

 青年が身をかがめ、床の何かを摘まみあげる。

 

「ほら、これ見える?」


 近づけられたそれを見た時、女帝は白目をむいて気を失った。

 青年が指でつまんでいるのは、小さくなってもワンドを振りまわしている黒ローブの男だった。 

 

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