第52話 昇天の儀(3)


 執務室の隣に設けられた小部屋に籠り、カルメリアは、過ぎし日のことを思いだしていた。


 先代皇帝、つまり彼女の父は、帝都の東にある廃墟に突如として発生したアンデッドの群れに、軍を送り対処しようとした。

 ところが、その策は失敗に終わり、死んだ兵士たちまでアンデッド化し、むしろ事態は深刻化した。

 国が亡ぼうとする瀬戸際に追いこまれた皇帝は、無理を承知で冒険者ギルドに依頼をおこなった。


 まだ他国と国交があった当時、ギルドは各国の一流冒険者を寄せあつめ、事態に対処した。

 一縷の望みにすがったこの挑戦は、思わぬ結果を生んだ。

 冒険者たちは、アンデッドを一掃しただけでなく、『古代魔術帝国』の遺跡らしきものを発見したのだ。

 アンデッドの暴走も、この遺跡に隠されていた、一つのアーティファクトが原因だった。


 皇帝は、アーティファクトを恐れもしたが、それがもたらすものに期待もした。

 遺跡の秘密が他国へ洩れるのを恐れた彼は、鎖国政策に踏みきった。

 アンデッド討伐の一件で、冒険者たちが見せた力を恐れたのも一つの理由だった。

 冒険者ギルドは解体され、所属していた冒険者たちは、よりどころを失った。


 マレンとの結婚、父の死、マレンの皇帝就任、目まぐるしく変わる環境の中で、彼女が密かに想いつづけたのは、一人の冒険者だった。

 一見、優男風だが、その体は鋼のように引きしまり、困難な仕事をやすやすとこなした。


 リーヴァス。


 そう、私がずっと恋焦がれてきた男。

 久しぶりに会った彼は、昔と変わらず、いや、ますます魅力的になっていた。


 まだ『白雪の美姫』と呼ばれていた自分が、満開の花に彩られた城の中庭で、彼に心中をうちあけたときのことを、今でもハッキリ覚えている。


「あなたは、若くお美しい」


 そう言った彼は、なぜか自分の愛を受けいれてはくれなかった。

 だからこそ、自分の容姿が年々衰えていくことが恐ろしくもあったし、どうしてもそれが受けいれられなかった。

 皇帝としての力をつかい、あらゆる秘薬、秘術を試したが、若さは戻ってこなかった。


 それがどうだろう。

 夫を殺した魔術によって引きおこされた、魔力の暴走。

 意識を失った私への治癒魔術による治療。

 施術者は命を落としたが、昏睡状態から回復した時、明らかに自分は若返っていた。

 

 皇帝に就任した私は、治癒魔術の研究者を集め、若返りの仕組みを解明しようとした。

 そして、一人の研究者が、遺跡で見つかった、アンデッドを発生させた例のアーティファクトに注目した。

 円筒形のアーティファクトは、魔法陣の中に目玉のような文様が描かれており、外周を複雑に絡みあった黒い管がとり囲んでいた。

 度重なる実験の結果、それを使い魔獣を玉に変えることに成功した。  

 そして、再生能力が高い魔獣の玉を服用することで、若がえりの効果があるというところまで研究は進んだ。


 問題は、それを服用した被検者が、中毒症状を起こして死んでしまうことだった。

 原因は、魔獣が体内に持つ魔素によるものだと推測された。

 研究者たちは、最初に立ちもどり、私が若返った過程を検証した。

 そして、とうとう、中毒症状を起こさない方法を発見したのだ。


 治癒魔術の能力がある人間を玉にすること。

 それが解決策だった。

 さらに実験が重ねられ、若い娘から作った玉が、最も若がえり効果が高いことまで判明した。


 そして、いよいよ私が玉を服用する時が来た。

 その結果は、大成功だった。

 五年、いや十年は若がえることができた。

 問題は、その効果が一定期間しか続かないことだった。


 そのため、『素材』回収を目的に『天女』という制度を作った。

 富と名声をエサにすると、『素材』は簡単に集まった。

 毎年、見目麗しく治癒魔術の才を持つ少女が『天女』に選ばれた。

  

 ところが、ここのところ玉による若がえり効果が薄れてきたのだ。

 治癒魔術の能力が高い少女ほど、『素材』にしたとき若がえりの幅が大きいことは分かっている。だから、どうやってより高度な治癒魔術を持つ娘を手に入れるかが問題となった。

 慣例を破り、他国へ間者を派遣することで、その解決策はすぐに見つかった。


『聖女』


 そう呼ばれる存在が、治癒魔術において並はずれた結果を残していると分かったのだ。

 もし、『聖女』を『素材』として使えば、若がえり効果が高い玉ができるはずだ。

 いや、もしかすると、永遠の若さを手に入れられるかもしれない。

 そう思うと、私の期待は限りなく膨らんだ。


 ◇


「どういうことだ!

 なぜ街でそんな噂が立っている!?」


 宰相のプラトラからの報告は、悪いものばかりだった。


「噂の元を探させているところです」


 疲れきったプラトラの顔が下を向く。


「しかも、リーヴァスが『聖女』を連れて逃げたなどと!

 塔を管理する者は、なにをしている!」


 もし、リーヴァスが『天女』の真実を知ってしまったなら……。

 そんなこと、考えたくもなかった。


「カーライルに送った軍、山岳地帯で不明になった情報部は放っておいてよいから、まず、噂をなんとかするのだ!

 それから、なんとしても聖女とリーヴァスを見つけよ!」


 プラトラの表情に屈託のようなものが浮かんだ。


「プラトラ、なにか?」


「い、いえ、陛下。

 なんでもありません。

 事態に対処いたします」 


「それから、『昇天の儀』は、計画通り明日おこなう。

 よいな」


「はっ、かしこまりました」


「あなた、ひどい顔よ。

 少しだけでも休みなさい」


 私は、二人だけの時つかう口調でプラトラにそう告げた。


「いえ、今はそれどころではありませんから」


「それはそうね……。

 噂の件、早急になんとかしてちょうだい」


「ははっ」


 明日は、長い一日になりそうね。

 重い足取りで執務室から出ていくプラトラの背中は、いつもよりずいぶん小さく見えた。

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