第47話 元冒険者たち(中)
商業都市ノンコラの下町にある場末の酒場、元冒険者であるその男は、浮かない顔で酒を飲んでいた。
仕えていたジョセフィンという娘が歌の修行に専念するとかで、彼を含め荒事のために雇っていた者は全員解雇された。
また、商人や貴族のところを回り、仕事がないか尋ねてまわる日々が始まるのだ。
この国に冒険者ギルドがあった頃なら、金ランク冒険者である男は、引く手あまただった。時には、貴族や王族からの指名依頼もあったが、たいがい自分が気にいった、割のいい仕事を選んでいた。
それが今はどうだ。
こんな場末の酒場でくすぶっている。
老いを感じるこの歳になって、なおさら若き日の華やかな暮らしが懐かしく思いだされる。
つい先だって再会した隣国の冒険者が、年はとったとはいえ、現役で
「歌姫の魔道具に細工する仕事か……。
俺も、落ちるところまで落ちたなあ」
吐きだされるセリフは、自嘲とため息の混ざったものだった。
「フォルツァ殿」
呼ばれて振りかえると、つい今しがた考えていた冒険者の顔があった。
「リーヴァス……か。
よくここが分かったな」
彼が姿を現したのは、まさか偶然という事はあるまい。
「ははは、この街には知りあいも少なくありませんからな」
「そういえば、お前たちの一座は、『諸芸協会』の肝いりで『天女祭り』に選ばれたんだったな。
で、俺になんの用だ?
世話になってた貴族のところを追いだされたばかりだから、仕事があるなら受けるぜ。
たとえ薄汚ねえ仕事でもな」
唇の片方を吊りあげて話す自分の息には、腐臭が混ざっているように感じられた。
「仕事を頼みたいのですよ」
「仕事?」
「ええ、経験豊かなあなたならではの仕事ですな」
「ふん、俺の経験なんて、このところ小娘の遣いがいいところだぜ?
それも、クビになっちまったがな、あははは……」
自分で笑っておきながら、その白々しさが心底忌々しい。
「……込みいった仕事なので、ここでは話せません。
少し歩きませんかな?」
「いいだろう。
どうせ、なにもするこたあねえんだ。
暇つぶしに、つき合ってやるぜ」
俺はテーブルの上に硬貨を置くと、昔馴染みの後を追い、酒場を後にした。
◇
「おい、ここはいってえ、どこなんだ?」
リーヴァスと並んでノンコラの下町を歩いていたはずが、いつの間にか白い氷で覆われた広い空間にいた。
「も、もしかして、話だけには聞いてたが、『転移魔術』か?」
「まあ、そんなところだと思ってくだされ」
『雷神』の二つ名を持つ冒険者、リーヴァスは穏やかに微笑んでいる。
「まあいいや。
冒険者だった頃は、不思議な体験ってのも少なくなかったからな」
「そう思っていただけると助かりますな」
詳しいことは、話せないってことだな。
「で、こんな大仰な仕掛けまでして、なにが話してえんだ?」
「頼みたい仕事というのは、冒険者としてのものです」
「おいおい、この国にゃ、もう冒険者なんていねえぜ?」
「ふふふ、冒険者というのは、国が制度を廃止したからといって消えてなくなるものではないでしょう」
その言葉に、胸の奥を突かれたような気がした。
「……違えねえ。
冒険者ギルドがなくなっても、生まれつきの冒険者は冒険者にしかなれねえもんな」
今の俺みたいにな。
「依頼の話をする前に、まずこれを見ていただけますかな?」
「おい、なんだコイツは?」
見たことのない白い魔獣が、俺の足元に現れると、ぴょんと肩に跳びのってきた。
それを肩から払いおとそうとしたとき、俺はどこかの儀式場にいた。
これは……またどこかに転移したのか?
しかし、体を動かそうとしても、動かない視点も自分のものよりかなり低いようだ。
誰かの意識に入ったのか?
その人物の意識を通し、おぞましい儀式の一部始終を見せられた。
それは、俺の中で『天女』に対する幻想をうち壊すに十分なものだった。
「おい、なんだこりゃ!
冗談にならねえぞ!
この国の皇帝は、若い娘を喰ってたってことかよ」
「喰ってた……まさしく、その通りですな」
「おい、こんなの知ったと分かったら、俺りゃ国から狙われるぜ。
どうしてくれんだ!」
「ははは、大丈夫ですよ。
ここへ来たことを思いだしてください」
転移魔術? たしかに、あれならこの国の外へ出られるかもしれないな。
「で、そんなとんでもねえもん見せて、俺に何しろってんだ?」
「フォルツァ殿は、かつて冒険者だった人、特に高ランクだった方々と連絡が取れますかな?」
「うーん、どうだろうなあ。
もう長えこと連絡とってねえからな。
ただ、誰がどの街にいるかぐれえなら分かるぜ」
「その顔の広さを見こんで仕事を依頼したいのですよ」
「……ふうん、どんな依頼だ?」
「元冒険者の方々に、大人が集まる場所、例えば、先ほどの酒場ですが、そういった場所を訪れてほしいんですよ」
「……変な依頼だな。
酒場に行くだけでいいのか?」
「ええ、大人だけが集まる場所ならどこでもいいのです。
冒険者で手分けして、なるべく多くそういう場所へ行く。
それが依頼の内容です」
「そりゃ分かったが、いってえなんの目的だ?」
「この国にある『天女』という仕組みをなくすためですよ」
「なんで『天女』を……って、そりゃそうか。
さすがにあんなことは許しちゃおけねえな。
じゃあ、女帝を崇めているようなヤツには声をかけねえほうがいいな」
「まあ、そうですな」
「うん、仕事としちゃあ、面白そうだ。
だが、かなりの危険が伴う。
報酬の方は十分なものがもらえるのか?」
「ええ、この国では他国の通貨が使えませんから、素材か宝石になりますな」
「金貨十枚も、もらえるのか?」
「ははは、高ランク冒険者への報酬ですよ。
いくらなんでも、それでは少なすぎますな」
「なるほど、それ以上もらえるんだな」
「少なくとも十倍は出せると思いますが」
「……いいのかい?
あんたも誰かから依頼を受けたんだろう。
俺たちへの報酬を合わせるとすげえ金額になるだろ?
自分の報酬がなくなるんじゃねえのか?」
「ははは、その辺の心配はご無用に願います」
「まあな、『雷神』の二つ名を持つ金ランク冒険者だもんな」
「……いかがかな?
依頼を受けてもらえますかな?」
「いいだろう。
その依頼受けるぜ!」
このままくすぶって死んでいくなら、最後にひと花咲かせてやる。
久しぶりに冒険者としての血が騒ぐのを、俺は心地よく感じていた。
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