第48話 元冒険者たち(下)


「おいおい、フォルツァさんよ!

 こいつぁ、いってえどうなってんだい?」

「そうよ!

 私たちをこんなところへ集めて何をしようっての?」

「それより、ここはいってえどこなんでえ?

 どうやら氷の中らしいが、ちっとも寒くねえ」


 黒竜とディーテが住んでいた雪の洞穴に、元冒険者たちを瞬間移動させておいた。

 さすがに元高ランク冒険者らしく、みんな頼もしい面構えだ。

 まあ、年齢は若くても四十台後半ってとこだけど。 


「フォルツァさん、どうもご協力ありがとうございました。

 私が今回仕事を依頼したいシローです」


 一応、自己紹介をしておく。


「おい、フォルツァ!

 なんだこの若造は?

 頭に変な布、巻きやがって!」


 ハゲ頭の巨漢が、俺に指を突きつける。マックが年取ったら、こんな感じなのかな?

 

「依頼って、なんのことだい?」


 黒いドレスを着て、ブロンドの髪を頭の上でまとめた長身の女性が、鋭い目で俺を見ている。


「その前に、これを頭に載せてもらっていいですか?」


 俺は不満顔の元冒険者たちに、銅貨を渡した。


「銅貨を頭に載せろって?

 おめえ、俺たちを馬鹿にしてんのか?」

「ふざけるな!」

「小僧!

 元居た場所に戻しやがれ!」


 リーヴァスさんが、パンパンと手を打った。

 みながそちらを見る。


「おや、あんた、リーヴァスじゃないか!」


 黒ドレスの女性が、目を丸くする。


「ドロシー嬢、久しぶりですな」


「よしとくれ!

 もうそんな呼ばれ方する年じゃないよ!

 それより、あんたアリスト王国だろ?

 密入国かい?」


「まあ、いろいろありましてな。

 こちら、私が所属するパーティのリーダーでして。

 どうか、彼の話を聞いてもらえませんか?」


「おう、ホントに『雷神』かよ!?

 久しぶりだな!」

「あんたが噂に聞いてたリーヴァスか?

 お初だぜ」

「おいおい、リーヴァス、こんなところで何やってる?」


 どうやら、リーヴァスさんの知りあいが多いらしい。

 こりゃ、話が早いかもね。


「リーヴァスの兄貴!

 お久しぶりです。

 お元気でしたか?」


 先ほどの巨漢が、リーヴァスさんの前でハゲ頭を下げる。


「ああ、ゴランドか。

 大きくなったね!」


 いや、リーヴァスさん、確かにそうなんですけどね。以前の背丈は知らないけど、このおじさん、大きくなり過ぎでしょ!


「ケラリスは、どうしましたかな?」


「兄貴、あいつは盗賊まがいのことをしてて軍に殺されちまいました」


「マリエールは?」


「くっ、あいつも、いい死に方はしませんでしたよ」 

 

「……そうですか。

 やはり、冒険者ギルドがなくなって、みなさん苦労されたんですな」


「ふん、苦労だって?

 そんな言葉じゃ説明できないね。

 一流の冒険者が身をやつして生きるってのが、どんなにみじめか分かるかい?

 あたいも、死んでないってだけでね。

 死んでた方がマシだったかもしれないさ」


 黒いドレスの女性は、よほど辛い目にあったらしい。


「このシローは、若いが信頼できる男です。

 どうか、彼の話を聞いてやってもらえませんかな?」


「あんたが言うなら、話くらいは聞くがね。

 こんな銅貨なんか頭に載せて、なんの意味があるってのさ?」


「ドロシーねえさん、とにかく兄貴の言うとおりしてみようぜ」


「ゴランド、あんたは相変わらず、リーヴァスびいきだね。

 まあ、でも、そうしてみるかね。

 ほら、シローってったか、若いの。

 あたいにも、その銅貨渡しな」


 俺は、ドロシーが広げた手のひらに銅貨を置いた。

 

「じゃあ、あたいが最初に試すよ。

 おい、お前たち。

 なにかあったら、あんたらがけじめつけるんだよ」


「「「へい!」」」


 ドロシーの言葉に背筋を伸ばす元冒険者たち。

 どうやらドロシーさんって、親分的な存在らしいね。

 頭に銅貨を載せたドロシーが、驚いた顔で固まる。


「おい、若造!

 てめえ、姐さんに何しやがった!?」

 

 額に古傷がある小柄な男が、ナイフを手に近づいてくる。

 

「少し待ってください。

 彼女は、今、頭の中である映像を見てるんです」


 あー、そう言ってはみたけど、この人、どうやら聞いてないね。


「黙れ!

 痛え目見せてやる!」


 男が、流れるような動きでナイフを突きだす。

 さすが、一流の冒険者だっただけはある。

 ナイフの先端が俺の肩をとらえる。


 ガキッ


 そんな音がして、男が素早く後ろへ下がる。

 左手が添えられたその右手首は、明らかに折れていた。


「ちいっ!

 なっ、なんだコイツ!」


 俺が指を鳴らすと、男の右手首が白く光りだす。


「おい、こりゃ、治癒魔術か!?」


 男だけでなく、みんなが驚いている。

 誰にでも使える魔術じゃないからね。


「全員でかかっても、彼には敵いませんぞ。

 つい二日前に、帝国軍五千を無力化しましたからな」


 リーヴァスさんの言葉に、みながあ然とした顔になる。


「ご、五千!」

「おい、ホントかよ!」

「他のヤツが言うならともかく、兄貴が言ってんだ。

 間違いねえよ」     


 やっとドロシーの硬直が解ける。

 

「ふう……。

 坊や、なんてもん見せてくれるんだい。

 残り少ない寿命が縮んじまったよ。

 これが『天女』の秘密とはね」


「えっ?

 姐さん、なにを見たんですか?」

「その『天女』の秘密ってなんですか?」

「なんで、ここで『天女』が出てくるんです?」


「ごちゃごちゃうるさいよ!

 つべこべ言わず、あんたらもその銅貨を頭に載せてみな!」


 男たちが、ためらいがちに銅貨を頭に載せる。

 銅貨には、ブランスライムの一部が付着している。

 極小サイズのブランは、俺が『天女の塔』で手に入れた例の記憶を、彼らに見せているだろう。


 動かなくなった男たちを横目に、ドロシーがリーヴァスさんの横に立つ。


「あんたが動いた訳が分かったよ。

 あんなことは、何があっても辞めさせなくちゃならない。

 あたいは喜んで協力させてもらうよ」


「ドロシーさん、感謝しますぞ」


「リーヴァス!

 やめとくれ!

 昔のように、ドロシーって呼んでくれないか?」


「……ドロシー、感謝しますぞ」


「うっ、ああ、まあね」


 ドロシーが頬を染めている。

 やっぱり、リーヴァスさんはモテモテだね。


「おい、あんた!

 女性をジロジロ見るもんじゃないよ!」


 はいはい、申し訳ありませんね。ツンデレ系みたいだね、この人。

 そうしている間に、男たちが硬直から元に戻った。

 

「うう、なんなんだ……」

「ひでえな、ありゃ……」

「今まで、『天女』になった娘たちは、あんな目にあってたのか……」


 肝が据わっているはずの男たちが、青い顔でよろよろ膝を着いている。


「で、坊や、あたいらは、何をすりゃあいいんだい?」


 表情が穏やかになったドロシーさんが、俺に頷く。


「街の酒場にその銅貨を落としてほしいんです」

 

「ん?

 たったそれだけかい?」


「ええ、報酬は一人宝石四粒。

 前渡しで一粒、仕事が終わったら三粒。

 それでいかがですか?」


 俺は大きさが揃っている宝石を幾つか、用意してあった小袋から取りだした。

 ちなみに、これは自前の宝石だ。


「いいのかい?

 たったそれだけの仕事で、そんなにもらって?」


「ええ、ぜひお願いします。

 なるべく多くの酒場に、銅貨を落としてください」


「聞いたかい、あんたたち!

 久々の仕事だよ!

 報酬も冒険者にふさわしい。

 気合い入れるんだよ!」


「「「おう!」」」


 元冒険者の顔が、来た時とがらりと変わっている。

 活き活きとして力づよい目の光は、俺が見てきた冒険者たちと変わりない。

 

「では、みなさん、お願いします」


 俺は、元冒険者たちに頭を下げた。

 彼らに渡した銅貨には、極小サイズのブランだけでなく、『・』もつけてある。

 そこから情報が集められるようにしてあるわけだ。

 仕事が終わったら、極小ブランを回収しないといけないしね。

 さて、では仕事にとりかかりますか。     

 

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