第45話 女帝の過去


 執務室で椅子に腰かけた女帝カルメリアは、とても機嫌が悪かった。

 城にとめおいたはずのリーヴァスが姿を消したうえ、カーライルに送った軍からの連絡が途絶えていたからだ。


「プラトラ!

 どうなっておる?」


「はあ、今、調査させております」


 部屋に入ってきた若い宰相が、歯切れの悪い答えを返す。

 今の女帝に最悪の報告をするのはためらわれるが、事が事だけに、それを報告しないという選択肢などなかった。


「陛下、お人払いを」


 宰相の声に含まれた緊張を聞きとり、女帝は護衛の騎士たちを執務室から追いだした。  


「なにか分かったのだな?」


 二人だけになると、女帝は机の上に身を乗りだした。


「はっ、リーヴァスという男、どうやら北の塔へ忍びこんだようです」


「……なっ……なんだと!」


 女帝の白い顔が青く変わる。

 

「そして、どうやら『鳥の巣』を使い、『天女の塔』へ転移したようです」


「……」


「そして、『天女の塔』で確保していた『聖女』を連れ逃げだしたらしいのです」


「……らしい、だと?

 どういうことだ?

 そのような重大事、なぜゆえあいまいな言い方をする!」


「それが、『聖女』に接触していたはずの『御使みつかい』たちが、みなそのことを覚えていないのです」


「どういうことだ!?」


「リーヴァスと『聖女』がいなくなり、鳥人族のところへ捜索を依頼しに行った者と、『聖女』逃亡を報告するためこちらへ戻ってきていた者、この二名だけがそのことを覚えていました」


「他の者が全て覚えておらぬなら、その二人の思いちがいではないのか?」


「いえ、『聖女』がいなくなっている事実から考えると、それはないかと。

 洗脳の魔術がつかわれたのかもしれません」


「洗脳の魔術か……。

 そのようなものがあるのか?」


「かつて、『古代魔術帝国』が栄えたころ、そういった魔術があったという記録があります」


「なるほど、お前はそちらの研究をしていたのだったな。

 とにかく、二人の追跡は最優先事項だ!

 必ず『聖女』だけでも捕えよ!」

 

「はっ。

 それから……」


 言いよどんだ宰相を女帝が睨みつけた。


「まだ他に、なにかあるのか?」


「はい。

 逃げた『天女』捜索のため中央山脈へ送りこんでいた情報部からの連絡が途絶えております」


「なんだと!

 すべて『天女』がらみではないか!」

 

「カーライルに送った軍を調べておりましたが、兵士だけでなく、大型の武器や兵糧、馬車にいたるまで消えておりました」


「な……んだと……」


「中央山脈とカーライル、場所や規模は違いますが、消え方が似ております。

 おそらく、同じ原因で姿を消したのでは――」


「馬鹿者!

 五千の兵だぞ!

 それが跡形もなく消えるわけがあるまい!

 よく探せ!」


「……はっ、分かりました」


 青くなり、小刻みに震えだした女帝を見て、宰相はそれ以上説明しなかった。

 そうなった女帝は、なにを言っても聞きいれてくれないと分かっていたのだ。

 慌てて部屋を出た彼は、女帝に新しい部屋を用意するよう侍従長へ伝るのだった。


 ◇


 一人執務室に残された女帝は、感情を爆発させた後の結果をぼんやり眺めていた。 

 部屋は厚い氷に覆われ、天井からはもちろん、床からも氷柱が生えている。

 それは、若き彼女が『白雪の美姫』と呼ばれた、もう一つの理由、氷の魔術だった。

 

「また、やってしまったわ……」


 身を守るため無意識に展開した魔術は、卵型の氷に彼女を閉じこめていた。  

 手でそれに触れ、氷をとかす。

 つま先に触れる水の冷たさに、若い日の記憶が蘇ってくる。



……

………

 

「カルメリア!

 よくもこのようなことをしてくれたな!」


 城の小部屋に踏みこんできたのは、皇帝であり彼の夫であるマレンだった。

 ベッドの上で、半裸の彼女が抱きしめていた青年が、慌ててベッドから飛びおりる。

 

「へ、陛下、こ、これは違うのです。

 こ、これは――」


「プラトラ!

 お主、あれほど目を掛けてやったのに、恩を仇で返すか!

 一族郎党、皆殺しにしてくれるわ!

 カルメリア、お前も同じだ!

 なにが『白雪の美姫』だ!

 容姿の衰えたお前などもういらぬわ!」

 

 それを聞くと、私の周囲に白い雪が舞いはじめる。

 自分の手には、細工が施された美しいワンドが握られていた。


「ほほほほ!

 あなたが若い女たちと遊んでいたのを、私が知らないとでも思って?

 私のことが邪魔なのね?

 できるものならなんとかしてみなさいよ!

 ホーッホホホホ!」


 部屋の扉が音を立てて閉まると、室内は極寒の地となった。

 一瞬で氷の彫像となった皇帝に、床から延びてきた太い氷柱がぶち当たる。

 彫像は、赤い破片となって散らばった。


 部屋には、半分氷に覆われた青年のうめき声と、誰かの笑い声だけが残る。

 それが自分の声だと頭の隅で分かっていたが、力を開放したことによる不思議な快感に包まれた私は、自分自身を制御することができなかった。

 

 しかし、凍った壁が鏡となり、そこに映ったものを目にしたとき、哄笑がやんだ。

 それは、シワだらけとなった自分の顔だった。

 

「ギャーッ!」 


 獣のような自分の悲鳴、そして意識が暗転する。

 ……。

 ……。



「お后様!

 カルメリア様!

 おお、意識が戻られましたか!

 プラトラです!」


 ぼんやりした視界に見知った顔が入ってくる。

 プラトラの横には、ポーションをあおり必死に治癒魔術を唱える宮廷魔術師の姿があった。

 

「陛下、あと少しです!

 お気を確かに!」

 ……。

 ……。


 次に意識が戻ると見慣れた寝室にいた。

 寝具の上で身体を傾け、隣に手を伸ばすが、そこにあるべき皇帝の体はなかった。

 切れ切れに記憶が蘇ってくる。

 あれは悪い夢?

 

 震える指先で頬に触れてみる。

 皮膚にはみずみずしい弾力が感じられた。


「鏡……鏡をもて!」


 侍女が手渡そうとした鏡をひったくり、それを覗きこむ。


「ああああ……」


 口から洩れたのは、安堵の声だった。

 鏡の中には、私本来の顔があった。

 いや、むしろ以前より若返っているようにさえ見えた。


「カルメリア様……」


「プラトラ……陛下は?」


「……お亡くなりになりました」


 カルメリアを治療した宮廷魔術師も魔力の欠乏から命を落としたのだが、プラトラはそれに触れなかった。


「そう……」


「カルメリア様?」


「プラトラ、私、皇帝になるわ」

 

 そう、権力を手に入れ、若がえりの秘密を調べさせるのだ。

 どんな手段を使ってでも。


「あなた、私を手伝ってくれるわよね?」


 質問という名の強制。


「はい、もちろんでございます」


 ふふふ、この子はいい手駒だわ。

 皇帝陛下、いえ、すでに亡き夫と呼びましょう。アイツの件があるから私を裏切れないでしょうし。


 なんとしても、永遠の美しさを手に入れてみせるわ。

 

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