第44話 箱庭


 獣人世界『唄の島』にある『天女の塔』で情報収集した俺は、そこから脱出した舞子を追い、ボードに乗って空から捜索を始めた。

 舞子が鳥の獣人に連れだされたということは分かっていたから、鳥の獣人が住居にしている岩山を片端から調べていく。

 彼女は五つ目の岩山で見つかった。そして、驚いたことにリーヴァスさんが一緒だった。


 二人を連れ、セルフポータルを開きパンゲア世界へと跳ぶ。

 俺たちは、荷物が積みあげられた細長い部屋に出た。ここは、点ちゃん1号の後部にある倉庫だ。

 そこから通路を通り、前部の客室まで向かう。


 扉を開けると、みんなが一斉にこちらを見た。


「「「マイコ!」」」

「「大聖女様!」」


 彼女がさらわれたと知っている、ルル、コルナ、コリーダ、そして、ミミとポルから安堵の声が上がる。


「よく……よくご無事でした」


 舞子を崇拝しているポルが、目に涙を浮かべ、片膝を床に着き頭を下げた。

 その横でミミも同じ姿勢をとっている。


「こら、マイコ、なんでお兄ちゃんに抱きついてるのよ!」


 俺の腕を抱えた親友の姿を見て、コルナがツッコミを入れる。

 

「おじい様、お帰りなさい!」


 ルルとコリーダが、リーヴァスさん駆けよる。

 

「とにかく、みなさん座りませんかな?」


 リーヴァスさんの声で、みんながソファーに座る。

 聞かれてはまずい事もあるだろうから、エルメたちは、カーライルの領主館へ瞬間移動させておいた。

 ディーテだけが残っているのは、しばらく点ちゃん1号で預かるようエルメから頼まれたからだ。


「点ちゃん、カーライルの街は、どうなってるの?」


『d(u ω u) クロちゃんが街の入り口にいるから、モスナート帝国軍が動いていませんね』


「ルル、ありがとう。

 聖樹様から頂いた玉で、状況を連絡してくれて」


「いえ、それよりマイコはどこにいたんですか?」


「グレイル世界だよ」


「「「えっ?」」」


 グレイル世界出身である、コルナ、ミミ、ポルが驚いた。


「マイコは、『唄の島』にいたんだ」


「えっ?

 本当なの?

 あなた、なんでそんなところにいたの?」


「コルナ、それがよく分からないの。

 アリストの聖堂で、治療していたらいつの間にかグレイル世界にいたのよ」


「舞子、原因はもう分かっているんだ。     

 モスナート帝国の工作員が、移動式のポータルを使ったんだよ」


「シロー、移動式のポータルってなんなの?」


「ああ、コリーダ、俺たちがいままで見てきたポータルって、何かに固定されてたでしょ?」


「……言われてみればそうね」


「今回使われたのは、額縁のようなものの中にはめ込まれていて、持ちはこびができるポータルなんだ。

 とりあえず、『移動式ポータル』って名づけたけど、使っているヤツらは、『鳥の巣』って呼んでたみたいだね。」


「『鳥の巣』?」


「おそらく、行先が鳥の獣人が住む『唄の島』だから、そんな名前がついたんじゃないかな」


「お菓子のお兄ちゃん!

 父さまや兄さまを助けて!

 クロちゃんも、あのままじゃあ、殺されちゃう!」


 少女ディーテが俺にすがりつき、涙目で訴えかける。

 

「ディーテ、安心していいよ。

 クロちゃんは、あの程度の軍勢なら平気だから。

 でも、今から助けにいくよ」


「お菓子のお兄ちゃん、お友達はどこにいるの?」


「ここにいるだけで全部だけど」


「ええっ!

 そんなんじゃ助けられない!」


「まあ、見ててごらん」


 俺は右手の指を鳴らした。



 ◇



「ド、ドラゴンが消えました!」


 モスナート帝国軍の副官は、兵士からの連絡を受け、天幕の外へ飛びだした。


「確かに消えてる……」


 やっと皇帝陛下のご命令が遂行できる。

 初老の男は、心からホッとした。


「だが、あの男はなんだ?」


 ドラゴンがいた辺りに、黄色っぽい上下を着た男が立っている。

 遠見の魔道具を覗くと、ぼうっとした顔の青年だった。

 肩に白い生きものを載せている。


「あの男は捕虜にしろ。

 突撃の用意だ!」


「はっ!」


 近くにいた伝令が走りだそうとする。

 次の瞬間、足元が沈みこむような感覚に襲われ、気がつくと巨大な樹木が目の前にあった。


「な、なんだ!?

 なにが起こった!?」


 副官の隣では、伝令役の兵士があわあわとうろたえている。

 このままではいけない。兵を統率せねば!


「各隊に伝えよ。

 現状を報告!

 天幕の周囲に集合せよ!」


「は、はい……」


 伝令の若い兵士が、ふらつく足で駆けだす。

 それを見送ると、副官は辺りに散らばっている人の背丈ほどの岩を避けながら、巨大な木の根元まで歩いた。 


「なんだ、この木は?」


 一度も見たことがない種類の巨木は、先の方が緑に染まっており大きく広がっていた。

 

「この木はなんだ?」


 一人では抱えきれそうにない木の幹に手で触れてみると、硬くざらついている。

 どうやら、夢を見ているというわけでもなさそうだ。


 ガサガサガサ


 そんな音を立て、木々の間から黒く大きなものが姿を現す。

 それは、大きな牙を持ち、黒い殻をまとった巨大な生物だった。

 六本足のそれは、副官目掛け思わぬ速度で近づいてくる。


「風の力、我に従え!

風刃ふうじん』!」


 男は、最も得意な風魔術で攻撃を放った。

 三日月形をした、見えない風の刃が、黒い生物の頭部に命中する。

 それは巨大な頭から突きだした触角の一つを、わずかに傷つけただけだった。


「くっ、こやつ硬い!」


 攻撃されたことで副官を敵だとみなした生物は、さらにその速度を上げ突進してきた。

 腰の剣を抜き、巨大な牙を受ける。

  

「がっ!」


 一瞬ではね飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 何とか立ちあがるが、黒く大きな牙が彼の体に打ちこまれようとしていた。

 副官は自分の最期を悟り、目を閉じる。

 しかし、なぜか、いつまでたってもその時が来ない。

 彼は恐る恐る目を開けた。


 するとどうだろう。巨大な黒い生物は、空へ上がっていくところだった。

 なにが起こってる?


「あー、このアリ、もう少しでこの人を食べちゃうところだったよ」


 空から声が降ってくる。

 そこには、天突くような巨人がいた。

 巨人の大きさは、まさにけた外れで、さきほどの巨大生物を二本の指先だけでつまみ上げている。


「このままじゃいけないな」


 頭に茶色の布を巻いた巨人が発した声は、周囲をびりびり震わせた。 

 

 ◇


 街の正門前に降りた俺は、門の内側にあった悪臭放つ汚水だめを埋め、街へと入った。

 カーライルの兵士たちは、俺に声をかけることもせず、ただ呆然と立ちつくしていた。目の前で敵の大軍が消えたんだから、これは仕方ないよね。


「どういうことだ!?

 帝軍が消えた?」

「とにかく領主様にお知らせしろ!」

「落とし穴が消えてる!?

 どうなってるんだ?」


 街路の向こうから、エルメとアテナが駆けてくる。

 その後ろには、貫禄ある初老の人物と、エルメによく似た若い男がいた。


「シロー!」

「シロー殿!」  


「やあ、二人とも、無事でなにより」


「軍が消えたということだが、もしかしてあれは君がやったのか?」


 息を切らせたエルメ青年が、そう尋ねる。


「ああ、そうだよ。

 後ろの二人は?」


「ボクの父と兄です」


「ああ、カーライル卿でしたか。

 俺はシローと言います」


「む、君は、うたげを盛りあげてくれた旅芸人ではないか」


「ええ、『ポンポコ歌劇団』の座長です」


「信じられない話だが、弟の話では、君がディーテを空飛ぶ乗りものにかくまってくれたらしいな」


「ええ、今からすぐここへ呼びますね」


「ここへ呼ぶ?

 どういうことだ?」


 エルメの兄がそう尋ねてきたが、説明するのが面倒なので右手の指を鳴らした。

 俺の仲間がずらりと現れる。その横には、再び小さくなった黒竜を抱いたディーテの姿もあった。


「「「ディーテ!」」」


 カーライル卿とその息子たちが、彼女に駆けよる。

 しかし、その胸に抱かれたものを目にして足を停めた。


「「ド、ドラゴン!?」」


 カーライル卿とエルメではない方の息子が、悲鳴のような声を上げる。


「違うよ!

 これは『クロちゃん』だよ。

 おしゃべりだってできるんだから!

 あ、それから、ただいまです、父さま、兄さま!」


 なんか、久しぶりに家族が出会えて感動的なシーンのはずなのに、チビドラゴンのせいで、ぐだぐだになってるなあ。


『(*'▽') ご主人様のせいだよー!』   

「みゃうやう!」(そうそう!)


 え? 俺のせいなの?


「シローとやら。

 エルメが言うには、軍が消えたならきっとお前のせいだということだが……。

 まさか、そのようなことはないな?」


 カーライル卿とその息子だけでなく、俺の仲間たちまでこちらにジト目を向ける。

 俺は街路脇の空き地に土魔術でテーブルを作ると、小脇に抱えた青い箱をそっとその上へ置いた。


「これ、帝国軍ですけど、見てみます?」


「「「?」」」


 みんなの顔に、はてなマークが浮かぶ。

 俺が箱のフタに手を触れると、それが開き中が見えた。 


「「「?」」」


 箱をのぞきこんだみんなは、当惑顔になっている。

 青い箱の中には、「ミニチュア」の天幕や馬車、たくさんの兵士、馬がいる。

 ただ、よく見ると、胡麻つぶほどの兵士たちが動いてるから、ただのミニチュアでないと分かる。 


「これ、なんです?」


 ルルが少し怒ったような顔で尋ねた。


「帝国軍だけど」


「「「……」」」


「いや、そのまま放置しようと思ってたんだけど、アリに襲われてる人がいてね。

 しょうがないから、この箱に軍隊ごと入ってもらった」


「「「……」」」


「あれ?

 みんなどうしたの?」


 点ちゃん、みんなが固まってるよ。


『(; ・`д・´) お前のせいだー!』

「みゃみゃう!」(そうだー!)


 点ちゃん? ブランちゃん?

 どうして俺に冷たいの?


――――――――――――――――――

今回シローが使ったのは、点魔法の【縮小】でした。

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