第43話 ふて寝



 巨大な竜の出現により、帝国軍とカーライル軍との戦いは、中断されたかたちとなった。

 門の外へ撤退した帝国軍はバラバラになりかけたが、優秀な副官がそれをまとめ上げ、なんとか陣を張ることができた。

 その中央、天幕では将校が集まり、軍議が開かれていた。


「どうすればいいのだ!」

「なぜ黒竜がここに!?」

「将軍のご容体はどうなのだ?」

「それより、カーライル攻めはどうするのだ?」


 部隊長たちが口々に思うことをしゃべるから、軍議が進まない。


「一度、帝都へ連絡を入れたらどうでしょう」


 若い将校が、やっと意味のある発言をした。


「うむ、それも一つの手だが、ご命令は一刻も早く街を陥とせということなのだ」


 初老の副官が渋い顔をすると、手で自分の脚をパシパシと叩く。

 

「ドラゴンは、なぜあんなところで寝ているのでしょう?」


 先ほどの若い将校が問いかけたが、誰も答える者はいない。

 だが、彼が疑問に思うのも当然だろう。門の内側に現れた黒竜は、のしのし歩いて街から外へ出てくると、巨体を丸くして居座っているのだから。

 

「ドラゴンの目的が分からねば、我らは動きようがない」  


 副官は首を横に振りながらそう言ったが、当の黒竜に目的らしい目的などないことを知れば、いったいどう思っただろう。

 いずれにしても、ドラゴンを討とうなどという考えは、この男の選択肢にはなかった。なぜなら、二代前の皇帝がおこない、大失敗に終わった黒竜討伐作戦に、若き日の彼自身が新兵として参加していたからだ。

 黒いドラゴンに対する恐怖は、心の底に分厚くこびりついていた。


 街攻めは急がなければならないのに、ドラゴンのせいでそれができない。

 副官の苦悩は深まるばかりだった。


 ◇


 古代竜ヴァランドは、街をとり囲む小さき人族の「群れ」を気にもかけず、していた。


 絶対の強者であるはずの彼を、少女に抱えられるほど縮めた人族の青年は、空飛ぶ不思議な乗りものから突然その姿を消した。

 今のうちになんとかして体を元の大きさにしようと考えたが、なんの方法も思いつかなかった。  

 自慢のブレスさえ小さな炎にしかならないことが、どれほど彼の誇りを傷つけただろう。

 

 青年と近しい間柄らしい三人の女性と、その友人である二人の獣人が、彼のことを全く怖がりもしないのも気にくわなかった。

 長いこと生きてきて、このような屈辱を味わうのは初めてだ。


『お前たち、ワシのことが怖くはないのか?』


『怖い?

 どうしてですか?』 

 

 人族の娘は微笑さえ浮かべそう答えた。


『人間は、どの種族もドラゴンを恐れるものではないのか?』


『うーん、普通はそうかも。

 でも、私たちは、少し事情があってね。

 ドラゴンが怖くないの』


 一番小柄な獣人の娘がそう答えた。


『そうね。

 むしろ可愛いわね、ドラゴンは』


 黒褐色の肌を持つ娘が驚くべきことを言ったとき、ワシが山で保護していたディーテという名の少女が大声を上げた。


「街がたいへん!」


 少女は、空飛ぶ乗りものの透明な壁にかじりつくようにして外を眺めている。他の者たちも少女のところへ集まった。


「ホントね!

 大変!

 戦闘が始まってしまったわ!」


「ルル、どうするの?

 シローがいないから、ここから見ているしかないの?」


「コリーダ、安心して。

 万一のことがあれば使えって、シローから渡されてるものがあるの」


 娘が腰の袋に手を入れる。なにかを取りだした彼女がその手を開くと、虹色に輝く玉があった。


「セイジュ様から頂いたそうよ」


 娘はそれを両手で包むと、自分の胸に当て目を閉じた。

 少しして、目を開けた彼女は、なぜか嬉しそうだった。


『おい、娘、セイジュとはなんじゃ?』


「神聖神樹様です」


『おい!

 どういうことだ!?

 なぜお前が神聖神樹様のことを知っておる!』


 それはちっぽけな人族などが、知るはずないことだった。


「何度かお目にかかかったことがあるんです。

 この玉は、シローが神聖神授様からいただいたものです」


 シローといえば、ワシをみじめな姿にしたアヤツではないか!


「シローからの指示です。

 クロちゃんは、街を襲っている兵士を排除してください」


『なんでワシがアヤツの言うことを聞かねばならぬ!』


 ええい、忌々しい!

 この娘までワシを「クロ」などと呼びおって!

 炎がぽっぽっと口から洩れてしまうわい!


「『元の姿に戻りたくはないのか?』

 シローはそう言っています」


 ぐうっ、こちらの弱みにつけこみおって!


「クロちゃん、あの街には、父さまと兄さまが住んでるの!

 お願い!

 助けて!」


 ふん、小うるさい小娘が!

 しょうがないから助けてやるが、人族のために働いてなぞやるものか!


 先ほどの娘が壁に触れると、そこに丸い穴が開いた。

 

「ディーテちゃん、クロちゃんをここへ」


 少女がワシを抱きあげると、あろうことか、壁の穴から外へ放りなげおった。


 ボンッ


 おう!

 体が元の大きさに戻ったぞ!

 面倒臭いが、ディーテとかいう小娘の街が壊されぬようしてやるか。

 だからといって、ワシは働かんぞ!


 …

 ……

 ………


 ひいい、エラい目にあったわい!

 なんじゃ、あの臭いは!

 鼻がおかしくなったぞ!


 この辺まで来れば臭いもせんし、まあいいじゃろう。

 人族の軍勢が再び街を攻めるようなら、追いはらえばよいことじゃ。

 それまでは、ここで昼寝でもすればよい。

 しかし、ワシは、なんでこんなことをしておるのじゃ?

 まったくもって呆れるわ!


 

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