第40話 天女の塔


 舞子とリーヴァスは、鳥の獣人カロに運ばれ、海沿いにある塔から内陸へ向け飛んでいた。

 足下には緑なす森が広がっており、その所々に起立する茶色い岩山があった。

 岩山の周囲には、遠目にも大型の鳥らしきものが飛んでいるのが確認できた。


 カロは、そんな岩山の一つに向け近づいていった。

 すると、鳥だと見えていたのが、鳥の獣人だということが分かった。

 飛んでいる獣人の中には、明らかに子供と思われる小さなものもいた。

 

 岩山が目前に近づいてきて、舞子は思わず目をつぶった。

 しかし、岩山との衝突で感じられるはずの衝撃はなく、ふわりと着陸した気配がした。

 カロの背に乗ったまま、舞子が目を開くと、そこは洞窟の中で、後ろを振りむくと大きな楕円形の入り口と空が見えた。


「ここずら」


 すでに周囲を調べはじめたリーヴァスを目にし、舞子が慌ててカロの背中から降りようとする。

 鳥人は膝を折り岩床へ座りこむことで、彼女が降りやすくしてくれた。


「あ、ありがとう」


 震える足で岩床に立った舞子がやっとそう言った。


「おっ母は、奥だべ」


 翼をニ三度開きてから、それを背に収めたカロが洞窟の奥へ歩きだす。

 上下に長い通路を入っていくと、すぐに広い部屋へ出た。

 そこは、洞窟内なのに陽が差しており、暖かく明るかった。

 舞子が見上げると、岩肌に大きな穴があり、そこから陽が差しこんでいた。


 藁のようなものを丸く重ねた上に、一人の痩せた獣人が横になっていた。

 薄い毛布のようなものを掛けたその体は、カロが近づいてもピクリとも動かなかった。


「おっ母、帰ったよ」


 カロはそう言うと、横たわる獣人の上にかがみこんだ。


「う……カロかい?」


 やけに黄色がかった顔色をした女性から返ってきた答えは、弱々しく頼りないものだった。


「おっ母、聖女様が来てくれただ!

 元気出してけろ!」


 カロが針金のように痩せた、母親の手を取る。 

 舞子がそんな二人に近づいた。


「聖女様、お願いするだ!」


 目に涙を浮かべるカロに、舞子が優しく微笑んだ。


「では、診てみます」


 カロが横に避けると、聖女は横になった女性に手をかざした。

 その手が白く輝く。

 温かな光が、女性の頭から足元までを柔らかく包んだ。 


「うう……」


 苦痛からではない声が、痩せた老鳥人の口から洩れる。 

 やがて、それが寝息に変わると、舞子が体を起こした。


「もう大丈夫。

 しばらくは消化のよいものを召しあがってください」


「聖女様!

 おっ母は?」


「ええ、病は癒えましたよ」


「あああ……」


 大柄なカロが床にうずくまり、声を上げて泣きだしてしまった。


 ◇


 しばらくしてカロの母親が目を覚ますと、すでに食事の用意ができていた。

 リーヴァスが簡易コンロを使って料理したそれは、ドライフルーツ入りの穀物がゆで、隠し味に醤油と干しエビが使ってあった。

 起きだしたカロの母親を交え、四人は車座になり、岩床に敷いた毛皮の上に座った。


「美味しいねえ、美味しいねえ」


 しきりにそう言いながら食べるカロの母親は、すでに目に力が戻っており、顔色もよくなりつつあった。

 食事が終わると、お茶を出しながらリーヴァスが尋ねる。


「マイコ、いや、聖女様が捕らえられていた塔のことをご存知かな?」


「あれだべか?

 人族は、『天女の塔』と呼んでるだ」


 目を細めお茶を飲んでいたカロの母親がそう答えた。


「『天女の塔』ですか?

 あそこに『天女』が住んでいるんですかな?」


「いいや、そんな様子はねえべ。

 だけんど、あそこで『天女』に関する儀式があるらしいんだ」


「儀式?」


「んだ。

 人族の女王が塔へ来て、なにやらするらしい」


「儀式について何かご存知かな?」


「よくは知らねえべ」


 リーヴァスの問いかけに、カロは首を横に振った。


「なにかを生贄にする儀式じゃねえかな?」


 カロの母親がそんなことを口にする。


「生贄……」


 舞子は、その言葉を聞いただけで顔が青くなっている。


「人族の者が『天女の塔』を恐ろしい名で呼んでるとこを、聞いたものがおるらしい」


 カロの母親は、嫌悪感を隠さなかった。


「なんでも、『にえの塔』と呼んでたそうな」


 それを聞いた舞子とリーヴァスが顔を見あわせる。

 二人とも、不吉なものが胸に湧きがるのを止めようがなかった。

 

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