第41話 贄(にえ)の塔

 お食事中の方、怖いのが苦手な方は、このお話だけ飛ばしてください。

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 俺が「額縁」のポータルをくぐり抜けると、そこは暗い穴の底だった。

 周囲には無数のスライムがうごめいており、それがえものの出現に反応して近よってきた。

 ところが、俺をとり囲んだ全てのスライムがいきなりひっくりかえると、「参りました」の姿勢を見せた。

 肩に乗るプランが右手を挙げ招きの猫ポーズをしているから、おそらく彼女に恐れをなしたか、あるいは、彼女を従うべきものと認めたのだろう。

 念話のようにハッキリしたものではないが、スライムたちから従順な気持ちが感じられた。


「みゃう」


 ブランからスライムたちに、俺のお願いを伝えてもらうと、彼らはぽよぽよ動き積みかさなると、穴倉から出るための「階段」となってくれた。

 スライムの「階段」を駆けあがり、穴の外へ跳びだすと、そこは広い岩室だった。スライムたちに俺とブランをくい殺すようけしかけた男が、俺の後から穴を抜けだしたスライムにまみれ気を失った。

 俺はヤツをそのままにしてその部屋から出ると、狭く暗い通路を歩きだした。

 転移直後は点ちゃんと話せなかったが、五分ほどで元に戻った。


『(Pω・) 今いるのは獣人世界ですね。ここは、かなり大きな塔のようです』


 お帰り、点ちゃん。ここ、『グレイル世界』だったんだね。

 とりあえず、人がいたらみんな『・』をつけちゃって。


『(^▽^)/ はーい!』


 ◇


 照明がわりに光魔術で光の玉をつくり、それに照らされた通路をどんどん進んでいく。岩をくり抜いた通路は、まるで迷路のように枝道に分かれ、くねりながら続いていたが、点ちゃんが床に青い矢印を出してくれているから、どうやっても迷いようがない。誰もいない通路をどんどん進んでいく。


 やがて狭い通路から広い場所へと出た。

 巨大な空間は、プリンように先が絞られた円筒形をしており、壁に等間隔に並べられた灯りの魔道具に照らされた、丸い床の中央には黒い祭壇らしきものがあった。

 円形の「祭壇」は、蛇のようにからみあった黒いパイプでふちどられていて、その内側には白い魔法陣がある。そのさらに内側には、紅い線で描かれた「目」のような模様があった。


 祭壇の横にある大きな青い箱は、たった今、点ちゃんが置いたものだ。

 俺が指を鳴らすと、その箱が透明となり、中に囚われていた二十人程の男女が姿を現した。この広間に来るまでに点ちゃんが見つけた人たちだ。

 通路で誰にも会わなかったのは、そのためだ。

 不安そうに周囲を見まわす者、こちらに不審な目を向ける者、敵意丸出しで剣やワンドを手にする者、その反応は様々だ。

 とりあえず、全員のサイズを五センチほどに縮めておく。衣服や装備ごと縮めたので、小人となった彼らは服を着たままだ。

  

「ひひいっ!」


 叫び声を上げたのは、穴倉があった部屋から、たった今ここへ瞬間移動させた裸の男だ。

 おい、なんでそんなに怯えてる?

 ああ、俺の後ろにスライムが並んでいるからかな? この子たち、穴のあった部屋からついて来ちゃったんだよね。ぽにょぽにょ喜んでいるのは、狭い場所から出られたからだろう。最初、灰色っぽいかった色が、今ではピンクに変わってるし。

 

 さて、ブランちゃん、頼んだよ。

 俺の肩から跳びおりたブランが、裸の男に近づくと、その額に前足で触れた。声もなく再び気を失った男から跳びおりると、次は茶色いローブの中年女性の額に触れる。


「ひ、ひいいっ!」


 彼女も意識を失った。

 なんでそんなに怖いのかな? ブランちゃんの前足でぷにぷにされると気持ちいいだけだと思うけど。

 まあ、身体が五センチくらいになってるから、ブランちゃんが大きく見えるのかもね。


『へ(u ω u)へ ……』


 え? 点ちゃん、そう思わないの?


『d(・ω・) 巨大な魔獣が近づいてくるんだから、怖いに決まってるでしょ!』


 そうなの?

 ブランちゃんが可哀そう。

 集められた全員の「小人」に触れたブランが、俺の肩へ戻ってくると、いつも以上に彼女を撫でてやる。

 じゃ、ブランちゃん、この人たちの記憶を見せてくれるかな。

 

……

…………


 まっ白なローブを着せられた少女は、これから秘儀が行われる広間をもの珍しそうに見まわしていた。

 私はその彼女に近づくと、儀式へ向けて最後の確認をおこなう。

 茶色いローブの左袖をまくり上げると、右手に持ったナイフで、自分の左腕に切りつけた。

 鋭い痛みの後、傷から赤い血が滴りおちる。

 第八代目の『天女』に選ばれた少女は、そんな私を目にして驚いた顔を見せた。


「まあ!

 大変!

 痛くないの?!」


 少女は、そう言いながらも、私の左腕に手をかざす。

 光に包まれた傷が、次第に消えていく。

 やがて光が消えると、私の傷は、うっすら痕が残るだけとなった。

 伝承に残っている『聖女』なら、跡形もなく治せるのだろうが、やっと治癒魔術が唱えられるだけのこの少女に、それは無理というものだ。

 ただ、この場合、治癒魔術が使えるということ、それだけが重要なのだ。


あかしは立てられました!」


 広い儀式場に響きわたるよう、声を張りあげる。

 黒いローブを身に着けた男たちが、その両腕を抱えるようにして、少女を中央の儀式台へ連れていく。

 

「あの、ここはどこですか?」


 今になってそんなことを尋ねる少女に、一人の男がワンドを向ける。

 ワンドから噴きだした灰色の雲が少女の頭を包むと、彼女は意識を失い、その体を支えている男たちの間に、だらりとぶら下がった。

 男たちは、そのまま少女を黒い儀式台の上に横たえる。

 描かれた紅い「目」の模様が薄く光っている。

 儀式台の周囲に並んだ黒ローブの男たちが、その光で顔を赤く染めた。 


 男たちの詠唱が重なり、それぞれが手にしたワンドから白い光が放たれると、それは少女の体を透明なまゆのよう覆った。

 儀式台を縁どる魔道具の管が、蛇のようにうねりはじめる。

 少女を包む繭は、次第にその色が赤くなり、やがて中が見えなくなった。

 稲妻のような光が、何本も走ると繭が小さくなっていく。

 やがて、それが握りこぶしほどの大きさになったとき、儀式台が急に暗くなった。


 少女の姿が消え、赤い球体だけが残った儀式台に近づく。

 辺りには、肉が焦げたような臭いが残っていた。

 右手を伸ばし、さっきまで少女だった赤い玉を両手で掲げる。


「汚れなく美しき『天女』は、大いなる天界へ昇華されました」


 決められた言葉を告げる。

 魔力が尽きた黒ローブの男たちが崩れおちる中、私は赤い玉を銀のお盆に乗せ、玉座に座る皇帝陛下の元まで、ゆっくり運んでいく。  

 玉座の前には小さなテーブルがあり、そこには口が広いクリスタルのグラスと赤い液体が入ったタンブラーが置かれていた。

 普通なら礼をするべきところ、そのまま細心の注意を払い、空のグラスに赤い玉を入れると、タンブラーの赤い液体を注いだ。


 シュー


 そんな音を立てると液体が波うち、赤い玉が溶けていく。


 それを見届けると、私は頭を下げ、儀式場を後にする。カルメリア女帝陛下は、『聖水』を飲まれる姿を誰にもお見せなさらないのだ。    

 薄暗い通路の出た私は、儀式が無事終わったことでやっと一息ついた。 

 年に一度のこの行事は、心底疲れる。

 早く自分の部屋へ帰って、隠してあるカーライル産のお酒を飲もう。 



………

……



 舞子を探すために、ここにいる人々の記憶をチェックしてみたが、思わぬことが分かってしまった。

 広間に集めた男女は、その半数ほどが恐ろしい儀式に関わっていた。

 あれほどおぞましい儀式をおこなっておいて平気なのだから、人の心というもの、その深淵は俺などに一生理解できないだろう。


 しかし、女帝は何のためにあんな儀式をおこなっているのか?

 その謎は残ったままだ。

 とにかく、今はここから逃げだした舞子の行方を調べることが先だ。


『(・ω・)ノ ご主人様ー、ここって『獣人世界』だから、獣人議会に連絡した方がよくないですか?』


 確かに、点ちゃんが言うとおりだね。そうしよう。

 ただ、ここは、『唄の島』っていう、別の大陸みたいだから、獣人たちが船を仕立ててこちらまで来るのを待っていられない。

 空から探してみるか。


『(^▽^)/ わーい! 舞子ちゃんを見つければいいんですね?』


 うん、そうだけど……点ちゃんは、あいかわらず遊び感覚だなあ。


『(P ω・) さあ、探しましょー!』

 

 まあ、張りきって探してくれる分にはいいか……。

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