第32話 北の塔
舞子がアリストの聖堂でポータルへ落とされる数時間前、リーヴァスは帝城から忍びでて、敷地の北側にある塔へと向かっていた。
早朝、白みかけた空を背景に、彼は城の裏手にある崖をするすると登った。
城側から『北の塔』へ通じる出口は全て塞がれており、そこへ行くには城の屋根を伝うか裏山を通るか、二つのルートしかなかった。
リーヴァスは人目につきにくい裏山のルートを選んだわけだが、普通なら切りたった崖を登ろうなどと考える者はいないだろう。
崖を登り切り、裏山づたいに『北の塔』を真下に見下ろす位置まで来ると、リーヴァスは木の幹にフックをかけ、そこから垂らしたロープを使って崖を降りた。
地面に着いた彼がロープを一振りすると、木からフックが外れ、ロープが落ちてきた。背負っていた小型のマジックバッグにそれをしまうと、頭を低くした姿勢で夜明け前の薄暗がりに溶けこみ、塔へと近づいた。
石造りの塔は、群青色をした空へ突きささるようにそびえていた。
下部は円筒形、上部は円錐形をしたその建物は、こちら側から見あげても、やはり窓が一つも無かった。
裏口らしきものも見当たらない。
もしかすると、城からこの内部へ、秘密の通路があるのかもしれない。
リーヴァスは引きかえすことも考えたが、ここは点ちゃんに頼ることにした。
『点殿、聞こえますかな?』
『(*'▽') はーい、リーちゃん、聞こえるよー!』
『この壁ですが、穴を開けた後、分からぬよう閉じておくことはできますかな?』
『(*'▽') 簡単だよー!』
点ちゃんの念話が終わらないうちに、壁にアーチ形の切れこみが入る。
その部分が、音も無く奥へひっこんだ。
リーヴァスは、一メートル近い壁を潜りぬけ塔の内部へと入る。すると、切りとられ奥へ動いていた壁が、すーっと動いて再び元の位置へぴたりと収まった。夜目が利くリーヴァスが目を凝らしても、切れ目が見あたらない。それは指先で触れてみても同じだった。
『点殿、助かりますぞ!』
『ぐ(^▽^) どういたしましてー!』
リーヴァスは、北の塔内部を調べはじめた。
◇
塔は三階建ての構造に加え、地下があった。地上階は一階がホール、二階が宿泊施設と宝物庫となっており、最上階は一室だけで、中央に置かれた台には、ドーム型のクリスタルで覆われた、巨大な紅い魔石があった。
地下へ降りると、そこは巨大な儀式場らしく、白い壁面には大小さまざまな魔石が埋めこまれ、それが閉ざされた空間に明かりを放っていた。中央には祭壇のようなものがあり、そこには紅い額縁らしきものが安置されていた。
額縁は、絵があるべき部分に深緑色の布が掛けられている。
それを目にしたリーヴァスは、なぜか背筋が冷たくなった。
人の気配がしたので、儀式場の壁際に積みあげられた木箱の後ろへ隠れる。
茶色いローブを着た中年の女性が二人、儀式場へ入ってくる。
「ここに来ると気が滅入るわね」
「馬鹿!
誰かに聞かれたらどうするの!」
「いいじゃない!
ずっとこんな場所におしこめられて、もう何年になると思ってるの?」
「仕方ないわ、『天女様』に関わる仕事だからって、実家には凄い額の仕送りをして下さってるんだもの」
「あなた、ホントにお金が家族へ届いていると思う?」
「馬鹿っ!
いい加減になさい!
そんなこと誰かに聞かれたら、どうなっても知らないわよ!」
「だけど、家族に会えないからお金が届いているかどうかも分からないじゃない!」
「そ、それは……そうかもしれないけど」
「それに、エリーネのことがあるわ。
彼女、いつの間にか姿を消してたでしょ?」
「実家に帰ったって言ってたじゃない」
「宰相様がね。
でも、それも確かめようがないでしょ。
もしかしたら、あれへ落とされたのかもしれない」
「……あなた、それ、絶対誰にも言ってはダメよ!」
「なんで?」
「エリーネはね、あなたが言ったようなことを宰相様に訴えていたの」
「えっ?
あなた、それ聞いたの?」
「たまたま聞こえたのよ。
次の日には、彼女、実家に帰ったんだよね」
「……」
「だから、疑問があっても心の中にしまっときなさい。
それが身のためよ」
「そ、そうね」
二人は命じられた作業を済ますと、階段を上がり姿を消した。
リーヴァスが彼女たちの後を追い、一階のホールへ向かおうとしたとき……。
ガコン
そんな音がすると、儀式場の隅にある床が四角く抜け、穴ができた。
リーヴァスは、再び木箱の後ろへ身を隠す。
穴からは、三人の男が出てきた。その内一人は、白いローブを着た宰相だった。
宰相が祭壇の方へ向かうと、木箱を抱えた二人の男がその後へ続いた。
二人の男が祭壇の横に木箱を降ろすと、宰相は額縁に掛けられていた緑の布をとった。
男たちは再び木箱を抱えると、額縁の中心に木箱を載せた。
木箱は、すっと沈みこみ見えなくなった。
続いて男の一人が額縁に踏みこみ姿を消した。もう一人の男もその後を追い、やはり姿を消した。
宰相は額縁に緑の布を掛けると、儀式場を立ちさった。
リーヴァスが祭壇に歩みよる。
緑の布を外すと、そこには黒々と渦巻くポータルがあった。
『シロー、聞こえますかな?』
リーヴァスは、シローへ念話を繋いだ。
いつも通り、のんびりした念話が答える。
『はい、なんでしょう?』
『城で、ポータルを見つけましてな。
入って確かめようと思うのだが……』
『行先は――』
『うむ、行先は分からぬが、『天女』と関りがあると思う』
『……気をつけてください』
『ポータルを渡ると、点殿とも話せなくなるのだろう?』
『ええ、そうなんです。
パレットも限られた機能しか使えなくなります』
『うむ、とにかくポータルを
『くれぐれもお気をつけて』
『ああ、魔獣たちと、ミミとポル、それから、ルル、コルナ、コリーダを頼みますぞ』
『はい、リーヴァスさん』
『では、よい風を』
リーヴァスは念話でエルフ式の挨拶をおくると、額縁の中で渦巻くポータルへ、ためらいなく踏みこんだ。
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