第33話 山にすむもの(上)


 赤毛の騎士アテナと領主の息子を追って上空を移動中、リーヴァスさんからの念話が入る。

 俺は、念話で話したことををルルたちに伝えた。


「おじい様がポータルに?

 大丈夫でしょうか?」


 さすがにルルは心配そうだ。


「ルル、おじい様のことですよ。

 きちんとお考えがあっての行動でしょう」

「そうね、コリーダの言うとおりね」


 コリーダとコルナは、落ちついてるね。


「リーダー、リーヴァスさんには、点ちゃんもついてるんでしょ?」


「ミミ、『・』はね、ポータルを通ると機能を失うんだよ」


「えっ?

 ああ、そういえば、マジックバッグを持ったままポータルを渡らないように言われてた」


「覚えてたのか。

 マジックバッグの機能は『・』でコントロールしてるからね」


「シローさん、だけどそうなると、リーヴァスさんと連絡する手段がないんじゃありませんか?

 ポータルを渡った先に冒険者ギルドがあれば別ですけど」


「ポル、確かにリーヴァスさんから連絡してもらうには、その方法しかないね。

 けれど、俺からリーヴァスさんへの連絡はできなくもないよ」


「えっ!?

 異世界へ念話が通じるの?」


「まあね。

 まだ点ちゃんと検証中なんだけどね」


「……リーダーって、ますます人間離れしてきたわね」


「こら、ミミ!

 シローさんに失礼だよ!」


「なによ、ポン太のくせに!」


 この二人はあいかわらずだな。


『(Pω・) ご主人様ー、赤毛の人が山岳地帯へ入ったよ!』


 ふうん、やっぱり例の場所に向かってるのかな?


『(・ω・) うん、でっかいドラゴンの所へ向かってる』  


 もしかして、ドラゴンがいる場所に女の子がいるんじゃないかな?

 でも、ドラゴンに食べられたりしてないんだろうか。


『d(・ω q) よく分かったね、ワトソン君』 


 点ちゃんが、シャーロックホームズ? で、俺が助手のワトソン?

 やめてよ! シャレにならない!


 ◇


 モスナート帝国と西武諸国を隔てるパンゲーラ山脈は、急峻な山々が連なる分水嶺でもある。

 その中央よりやや南に位置するのが、最高峰カイゼル山だ。

 ふもとはともかく、三合目より上となると高度に加え寒さが厳しく、人が訪れることはない。

 その山の東側には深く刻まれた谷があり、分厚い氷河がそこを覆っている。

 最深部には、万年雪が作った巨大なドーム状の空間があり、そこをねぐらとする一匹の黒竜がいた。

 ここには温泉が湧きだしており、それが万年雪を溶かし、この空間を形づくっているのだ。

 

 長い事、独りで生きてきた黒竜だったが、ある時、氷河で死にかけた少女を拾ったことで事情が変わった。

 死んでいれば食べてしまおうと運んできた少女は、氷の洞窟で息を吹きかえしたのだ。

 

「あなたはだあれ?」


 無邪気な少女は、巨大なドラゴンを前にしても怖がった様子もなく、ごく普通に話かけてきた。

 

『ワシか?

 ワシはヴァランドだ』


 黒竜は、反射的に念話で返してしまった。

 しまったと思ったが、もう手遅れだった。 


「うわーっ! 

 お話しできるドラゴンなのね!

 すごいわ!」


『ドラゴンではない。

 古代竜エンシェントドラゴンだ!

 その辺の雑魚と一緒にされては困る!』 


「へえ、クロちゃん、立派なドラゴンなんだね!」


『ク、クロちゃん!?

 ワシの名前はヴァランドだ!

 くれぐれも間違えるでないぞ、小娘!』


「私、小娘じゃないもん!

 もう十五だもん!

 名前はディーテだよ」


『変な名じゃな』


「変じゃないよー!

 ブンドンとかいう、おじさんの名前の方が変だもん!」


『ヴァランドだ!

 本当に聞いておったのか?

 それに「おじさん」とはなんだ!

 ワシゃまだ若いわい!』


「クロちゃんって、口調がジジくさい」


『じゃから、ワシはまだ若いと言うておろうが!』


「そういえば、ここはどこ?」


『ふう、お前、ワシの言葉を聞いておるのか?

 ここは、山じゃぞ』


「ふうん、山の中にある洞窟なんだね。

 なんていう山?」


『そんなものは知らぬ。

 人族の名など、ワシにとって意味なぞないからな。

 それより、お前、なぜあんな場所にいた?』


「あんな場所?」


『氷の上で倒れておったろう』


「……分かんない。

 逃げてたら、知らないうちにこうなってたの」


『なにから逃げたのじゃ?』


「うんとね、『天女』ってヤツになりたくなかったの」


『テンニョとはなんじゃ?』


「分からない。

 でも、殺されるんだって」


『生贄のようなものかのう?

 お前、これからどうする?』


「うーん、おウチに帰ったら、きっと父さまや兄さまに迷惑がかかるの。

 ここにいちゃダメ?」


『……ここはお前が暮らせるような場所ではないぞ』


「生きられるだけ、ここに居られたらいいかな」


『……幼いのに達観しておるの』


「タッカンってなに?

 それよりお腹減っちゃった」


『人族がなにを食べるかなど知らんぞ』


「うーん、私、お魚とかお肉が好きなんだ。

 果物も好き!

 お野菜も、苦手なのもあるけど、だいたい好き」


『肉くらいなら、ないこともないがな』


「ホント!

 お肉ちょうだい!」


『……仕方ないのう』


 黒竜が人族の娘をむげにできなかったのは、今は別に暮らす娘たちのことが頭をよぎったからかもしれない。

 こうして、古代竜と娘の奇妙な同居が始まった。

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