第30話 狙われた聖女



 数人の女官に伴われ、舞子はアリスト城から教会へ向かっていた。

 二頭立ての馬車は、騎乗した騎士四人が囲んでおり、女官も戦闘力の高い者が選ばれていた。

 隣国が、『聖女』を探っていると分かってから、女王畑山のはからいで城に住まわせてもらっている。

 外出は控えているが、六日に一度、教会でおこなわれる「お祈り」だけには参加していた。


 各地の教会で治らなかった患者や、難病に苦しむ患者が、王都にある教会の審査をへて、この「お祈り」に参加することになる。

 舞子は、国中から集まったそんな患者を治療するのだ。


 史郎君はどうしているかな?


 彼女は、『聖女』絡みの案件で史郎が隣国へ潜入したのを知ってたから、彼のことが心配だった。

 ただ、以前と違い、点ちゃんを話すことで、不安を紛らすことができた。


『点ちゃん、史郎君は元気にしてる?』


『(・ω・)ノ 元気ですよー! 今、お風呂に入ってます』


『えっ!? 

 お、お風呂?

 まだお昼前なのに?』


 舞子は、頬が熱くなるのを感じた。


『(・ω・)ノ ご主人様は、時間に関係なくお風呂しますよ』


『史郎君らしいね』


『(・ω・)ノ のんびりしすぎて困ってます』


『今日も、史郎君の様子を教えてくれる?』


『(^▽^)/ はいはーい! 舞子ちゃんも、ご主人様のこと教えてくださいね!』


 点ちゃんは、なぜか史郎が幼い頃の話を聞きたがった。


 ◇


 聖女舞子は、騎士たちに守られながら教会に入り、祭壇の前に置かれた椅子に座る。

 女官が合図すると、聖堂の表扉が開き、一列に並んだ信者たちが入ってきた。

 そして、『祝福』という名の治療が始まる。


 信徒たちは、お布施のために用意された台の上へ硬貨や品物を置き、それを女官たちが記録する。

 品物の場合、あまりに価値がないと受けつけてもらえない。その場合、今回の治療は受けられるが、それ以降は『審査』に通らなくなる。

 たとえば、ちょうど今、一人の男性が持ってきた絵画などは、価値がないと見なされかねなかった。

 男は三十台後半で、よく日に焼けた肌から、彼の仕事が農夫か行商人であると推測できた。


「聖女様の絵ですか。

 あまり似ていませんね。

 次に来るときは、別のものになさい」


 初老の女官からそう言われた男は、たいして気にしたふうもなかったが、後ろにならんでいる患者たちからは失笑が聞こえてきた。

 男が供物台の上に置いた絵は、まるで子供がなぐり描きしたように稚拙なものだった。赤い額縁が、さらに絵を場違いなものとしていた。

  

「絵はダメだべか?」


 男の言葉には、独特の訛りがあった。


「ダメということはありませんが、この絵では供物にならないのです」


 女官は諭すように言ったが、その顔にはうんざりとした表情が浮かんでいた。本来、そんなものは審査の段階ではじかれるはずなのだ。

 

「すまねえ、これはひっこめるべ」


 男は一度供物台に載せた、赤い額縁の絵を手に取った。

 女官が、慌てて額縁の端をつかむ。


「教会のきまりで、一度供物となったものは、持ち帰ることができません。

 さあ、その手を放しなさい!」


 男と女官が、絵を引っぱりあう。それを目にした患者たちから、ほのぼのした笑いがあがる。

 しかし、その笑いは、男が額縁で女官を突きとばしたことで、ぴたりと止んだ。


「あ、あなた、いったい――」


 聖女舞子は、そう言いながら、倒れた女官を助けようと身をかがめた。

 額縁を手にした男が、それに張られていた絵をビリビリとやぶり取る。

 絵の下から現れたのは、黒く渦巻くポータルだった。


 聖女は倒れた女官の手を取っており、それに気づけない。

 男はポータルを聖女の背に押しつけた。

 聖女の姿が、幻のように消える。


 居並ぶ女官や患者たちから、悲鳴が上がる。

 手にした額縁を地面に置いた男は、ポータルの上に自ら踏みこむ。

 彼の姿が消え、後には黒く渦巻くポータルをたたえた額縁だけが残された。


「ひいっ!

 せ、聖女様が!

 お城へ、お城へ知らせを!」

「なにがあった!

 これ、しっかりせぬか!」


 女官や騎士たちの声が交錯する。

 患者たちが悲鳴を上げ、聖堂から逃げだした。

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