第25話 女帝からの招待(下)

 

 女帝に連れられたリーヴァスは、城の中庭にある黒い石のベンチに座っていた。

 二人掛けのベンチは、大きめに作られており、二人の間には、子供が一人座れるほどの空間があった。


「許可なくこの国に入るなんて、あなた、ちっとも昔と変わらないのね」


 女帝の口調は、娘のようなものだった。


「あなたこそ。

 驚きました。

 昔のままですな」


 女帝の目が少し見開かれ、その唇がわなわなと震えた。


「嘘おっしゃい!

 あなたと会った時、私はまだ二十前でしたよ」


 そう言いながら、女帝の顔には隠しきれない満足のようなものが浮かんでいた。


「いえ、あなたは『白雪の美姫』と言われていたころのままです」


「リー……」


 女王がにじり寄り、リーヴァスの肩にしなだれかかる。 

 

「マレンはどうしていますか?」


 リーヴァスの腕をばっと両手で突きはなすと、女帝は最初に座っていた位置まで戻った。


「……そうね、知るはずないわね。

 あの時、もうこの国は鎖国していたもの」


「なにがあったんです?」


「マレン、いえ、マーレーン公爵は、父からその手腕が認められ若くして大公となり、そして、第七代モスナート帝国皇帝になったわ」


 うつむいた女帝の口から出る言葉は、呪詛にも似た暗いものだった。

 

「そして、あの日、玉座の間で命を狙われたの」


 女帝によると、犯人はその小柄な身を活かし、玉座の間にある窓から侵入したそうだ。

 そして、猛火が出る魔道具で皇帝を狙った。

 賊は窓から逃げ、騎士が追跡したが、結局捕りにがしてしまった。  

 全身を火傷した皇帝は、生死の境を彷徨った末、帰らぬ人となった。


「その時、私も火傷を負ったのよ」


 女帝は右の頬に触れた後、両手で自分の身体を抱きしめ、ぶるぶると震えた。


「お辛かったでしょう」


 リーヴァスがベンチから立ちあがり、女帝の前に膝をつくと彼女の右手を両手で包みこむようにした。

 女帝の右目から涙がこぼれる。


「リー……」


 薄紫色のドレスが、ぽふりとリーヴァスの胸に倒れこむ。

 人払いされた中庭に咲いていた白い灌木の花が、折からの風にあおられ、雪のように散った。


 ◇


「なんか緊張感ないわねえ」


 俺の隣に座るコルナが、黄色いドレスの裾をはたきながら、そんなことを言った。

 晩餐会が行われている広間には長いテーブルが二列並べられ、貴族らしき人々がそこに着き食事をしている。

 しかし、一つだけ前に設けられた席に、そのあるじの姿はなく、貴族たちは、食事もそっちのけで、周囲の者とぺちゃくちゃおしゃべりしている。


「そうだ、コルナ、気づいてるかもしれないけど、お城に来てから若い娘さんや年配の女性がいないと思わない?」


「そうねえ、言われてみれば。

 偶然かも知れないけど、貴族が連れてる女性の中にも、そういった人が見られないのは、確かに変ね」


「部屋にいたメイドさんに尋ねようとしたんだけど、すごく様子が変だったから尋ねるのやめたんだ」


「様子が変?」


「うん、なにかに怯えてるような感じだったなあ」


「シロー、エルフの神話にこういうのがあるの」


 そう話しかけてきたのは、俺の左に座るコリーダだ。


「美を司る女神が、ある時、泉に映る自分の顔を見てとても驚くの。

 彼女は、水面に映る自分の顔に、老いを見てしまったのね。

 そのことは、後でイタズラ好きの妖精が見せた幻だと分かるのだけれど、女神は一度持ってしまった老いへの恐怖、若さが失われることへの恐怖にとらわれ、自分より若い娘を次々と冥界へ追いやるの」


「へえ、その後、女神はどうなるの?」


「天帝のお怒りに触れ、嫉妬を司る女神として冥界に落とされるの」


「女神が冥界へ追いやった娘たちはどうなったの?」


「それが、二度と帰ってこられないの。

 幼い頃、母からこの話を聞いて、ずいぶん残酷だなあと思った覚えがあるわ」


「うーん、つまり、コリーダは女帝も若さへの執着があるかもしれないと言いたいんだね?」

 

 俺は左に体を傾け、コリーダの耳に口を寄せると、小声でそう尋ねた。 

 

「可能性としてだけどね」


 それが本当なら、自分より若い娘を見たくない、年老いた女性を見たくないというのもありえるかもしれないが……。

 一国のあるじたる者が、果たしてそこまでするだろうか?

 それでは、まるで狂気ではないか。


 主のいない晩餐会は、とりとめもなくだらだらと続いた。


 ◇


 翌朝、リーヴァスさんからの念話で目が覚めた。

 彼は、よほどの時しか念話を使わないから、すぐにまずい事が起きたと感じた。


『シロー、起こして悪いですな』


『いえ、それより、何かありましたか?』


『ええ、じきに知らせが行くと思いますが、私はカル、いえ、女帝に引きとめられましてな』


『お城に残られるんですか?』


『ええ、調べたいこともありますからな』


『お一人で大丈夫ですか?』


『ははは、若いときには斥候役をやっていたこともありますからな。

 その手の仕事には慣れております』


『点ちゃんにサポートしてもらいますから、なにかあれば使ってください』


『それは助かりますな。

 点殿、よろしくお願いしますぞ』


『(^▽^)/ はーい、リーちゃん!』


 リーヴァスさんと俺は、これからのことをおおまかに打ちあわせてから念話を切った。

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