第24話 女帝からの招待(中)


 まだ明るいうちに、迎えの馬車が『南風亭』までやって来た。

 馬車は四台だったが、俺たちは小人数に分かれるのを避け、二台の馬車に分かれて乗った。

 

 ロコス少年は客車の窓から頭を突きだし、もの珍しそうに外を見ている。

 いやいや、君は、この国の出身でしょうが。

 彼が膝に楽器を載せているのは、万一演奏を求められたときのためだ。

 そんなことになったら、彼、緊張でカチコチになっちゃうんじゃないか?

 

 馬車は跳ね橋を渡ると、アーチ形の大きな石門を潜り、城壁の内側へと入った。

 常緑樹の灌木が形よく並んだ西洋風の庭を抜け、建物前にあるロータリーで馬車が停まると、執事風の若い男性が四人、客車に走りよった。

 彼らは、すばやく踏み台を用意すると、客車の扉を開けた。

 二つの客車からしかお客が降りてこなかったので、利用しなかった客車の係は、ちょっと残念そうな顔をしていた。

 

 結局、四人の若い「執事」に案内され、俺たちは建物の中へと入った。


 ◇


 廊下から廊下へ何度も曲がり、階段を何度上がったか忘れた頃に、やっと大きな扉の前に着いた。

 扉は銀色の金属が半透明の白い金属で覆われており、淡雪のような美しい色合いを出していた。


『(Pω・) ミスリルをパールタイトで覆ったものですね』

 

 ミスリルもパールタイトも、希少な金属だ。特に光沢ある純白の鉱物であるパールタイトは、産出量が少なく、幻の金属とまで言われている。

 城の内装を見ても、白を基調とした配色をしている。

 さすが、かつて『白雪の美姫』と呼ばれた女帝が住む城だ。

 

 四人の若者は、扉の前にいた騎士と話すと、俺たちに向かい優雅な礼をしてから、立ったままその場に控えた。

 扉の前にいた、白銀色の鎧を着けた二人の騎士が、それぞれ白く輝く大扉を内側に押しひらいた。


 しかし、この城にいる人たち、言葉をしゃべらないよね。もしかすると、そんな決まりがあるのかもしれない。 


 扉から入ると、大きな広間になっており、右奥にある壇上に玉座があった。

 そういえば、これってアリスト城の造りと同じだよね。

 建築様式がおなじなのかもしれない。


 ただ、アリスト城と違うのは、この部屋には窓がないことだ。いや、窓枠はあるのだが、そこに石壁がはめ込まれており、形だけのものだった。


 どこの国でもそうなのか、謁見の場には貴族が立ちならんでいた。

 服装も、アリストの貴族が着るものとそう変わりないように見える。

 いずれにしても、それほどファッションに興味がない俺には、その違いが見分けられなかった。


 玉座には二十台半ばに見える色白の女性が座っており、その斜め後ろには、見覚えある若きイケメン宰相のプラトラが控えていた。

 先頭を歩くリーヴァスさんが片膝を着こうとしたが、玉座の女性が手を軽く上げ、それを止めた。


「久しぶりですね、リーヴァス」


 純白のドレスを着た女性は、口を開くなりそう言った。

 貴族たちの一部が、大きくざわめく。

 おそらく、俺たちが密入国したと気づいた貴族たちだろう。


「お久しぶりです、カルメリア様。

 いえ、今は、カルメリア皇帝陛下でしたな」


 どういうことだろうか。目の前にいる人物が女帝なら、もっと年上のはずだが……。


「先の呼び方でよくてよ。

 なんなら、昔のようにカルって呼んでちょうだい」


「陛下、いくらなんでも、それは……」


 一歩前に出た宰相が、口をはさもうとする。

 しかし、女帝が人差し指を上に向けただけで、彼は青くなり引きさがった。


「晩餐会、楽しみにしているわ。

 お互い、積もる話もあるでしょうし。

 後ろのあなた方も、楽しむといいわ」


 女帝の鳶色の目が、俺たちの方へ向く。そこには、どこか伺うような気配があった。

 

 ◇


 俺たちが案内された控室は、上品で落ちつきがあるものだった。

 どちらかと言うと暗い色で統一されており、テーブルや椅子、棚に至るまで細かい細工が施されており、手掛けた者の美意識の高さが伝わてくる。

 

 二つ並べて置かれた、乳白色の大理石だろう丸テーブルに着くと、メイド風の衣装を着た中年の女性たちが、お茶の用意をしてくれた。

 そういえば、この城に入ってから、若い女性を目にしていない。もしかすると、ここで働くには年齢制限があるのかもしれない。

 一人にそれを尋ねたが、手にしていたお茶のポットを落とすほど、動揺していたから、別の人に尋ねるということはしなかった。

 それにしても、それほどうろたえるほどの質問ではなかったと思うのだが……。


 俺たちが、『天女祭り』の舞台であったことを話し盛りあがっていると、部屋の奥、中央の扉がバンと開いて、一人の女性が足早に入ってきた。

 

「リー、二人で話せるかしら?」


 それは、薄紫色のドレスに着替えた、カルメリア女帝だった。

 彼女の視線はリーヴァスさんに固定されており、俺たちのことは、まるでその場にいないかのようだった。

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