第23話 女帝からの招待(上)


 その日、帝都の下町にある宿屋『南風亭』に、珍しいお客があった。

 白馬にひかれた、まっ白な紋章つきの客車が宿の前に停まり、顔立ちの整った若者がそこから降りてきた。

 輝くばかりの白いローブは、長身の若者をことさら周囲から浮きたたせていた。

 この辺りは、どちらかと言うと庶民的な地区で、貴族などが訪れる場所ではないのだ。

 少しためらった後、若者は宿の扉を潜った。


「いらしゃい、『南風亭』へ……?」


 宿の主人ナタルは、入ってきた人物を見て、言葉を止めた。

 どこか見覚えがあるその人物は……。


「も、もしかして、宰相閣下?!」


 驚きから無礼とも取れる言葉を洩らしたナタルだが、若者は落ちついて言葉を返した。


「ええ、プラトラです。

 こちらに『ポンポコ歌劇団』の方が宿泊しているね?」


 プラトラの口調は、問いかけではなく確認だった。


「は、はい、それがなにか?」


「『ポンポコ歌劇団』の責任者にこれを渡してほしい」


 プラトラがローブの中から取りだしたのは、豪奢な布包みだった。

 形と大きさからして、手紙が入っているのだろう。


「皇帝陛下からのお手紙だ。

 くれぐれも間違えのなきように」


 口調は静かだが、その声には有無を言わせぬ力があった。

 さすが、若くして国政を担っているだけはある。


「は、はい、はい」


 気おされたナタルが、ぺこぺこ頭を下げる。


「間違いなく、本人に渡すのだ。

 分かったな」


 しかし、それは不要な念押しだった。すでに、いっぱいいっぱいだった宿の主人は、顔が青くなり、床に座りこんでしまった。 

 一瞬、眉をしかめた宰相だったが、純白のローブを鮮やかにひるがえすと宿から出ていった。


「あっ、お父さん!

 どうしたの?!

 大丈夫?!」


 床にうずくまる父親を目にし、走りよった宿の娘リリシアが大声を上げる。

 先だってのことがあるので、今回は、すぐにリーヴァスが駆けつけた。


「私が診よう」


 リリシアの肩を優しく抱くようにして彼女を脇へやると、リーヴァスは、ナタルの首筋に手を当てた。


「……大丈夫。

 お父さんは、少し興奮なさっただけのようですな」


 リーヴァスの笑顔を見て、ようやくリリシアは安心したようだ。


「よ、良かった!」


「ナタル、何がありましたか?」


 まだ声が出ないナタルは、震える手で胸に抱えていた布包みを差しだした。

 それを手にしたリーヴァスが、小声で言った。


「やはり来ましたか」


 彼は立ちあがると、リリシアに声をかける。


「お父上に、なにか暖かい飲み物を。

 体を温める毛布があるといいですな」


「はい、すぐ用意します!」


 リリシアが部屋から出ていくと、リーヴァスは自分の上着を脱ぎ、床にしゃがみこんだナタルにそれを掛けた。

 その顔は、何か考えこんでいるようだった。


 ◇


 舞台の打ちあげで遅くまで起きていた『ポンポコ歌劇団』のみんなは、昼近くになってやっと起きだしてきた。

 シローだけが姿をあらわさなかったので、一度コルナが起こしに行ったが、それでも彼が降りてこなかったので、結局ルルのお叱りを受け、やっと目を覚ますことになった。

 

 一行は、宿の近くにある大衆食堂へと出かけた。

 運よく大部屋が空いていたので、そこを使わせてもらう。

 全員が席に着くと、シローが寝ぼけまなこで言った。


「あれ?

 ナルとメルは?」


 ルルがため息をつく。


「今日は、もう休養日ではありませんよ。

 二人は昨日アリストへ帰って、今日は学校です」


「あれ?

 ああ、そうだった」


「寝ぼけてるときのシローは、いつもこんな感じね」


 右眉を上げたコリーダが、微笑みながらお茶に手を伸ばす。


「ほら、女王陛下と勇者が、シローのこと『ボー』って呼んでるじゃない。

 あれって、ぼーっとしてることが多いからだって」


 おそらく親友の舞子から聞いたのだろう、コルナが手をひらひら振りながら、そんなことを言う。


「シロー、本当ですか?」


「えっ?

 ど、どうなんだろう」


 ルルに突っこまれる頃には、シローも頭がはっきりしてきたようだ。 

 大衆食堂らしく、ワンプレートの食事が運ばれてくる。

 

「さあ、とにかく、いただきますかな」

「「「いただきます!」」」


 リーヴァスの合図で、にぎやかなブランチが始まる。


「コリーダ様、ボク、昨日の伴奏、一生の宝物です!」

「ぶふう」

「ルル、こんど私にも踊り教えてくれる?」

「きゅー」

「ミミの玉乗り、凄かったんでしょ?

 裏方やってて見られなかったから、今度やってよ!」

「みゃん」


 みんなの会話に魔獣たちが合いの手を入れるように声を出す。

 にぎやかな食事が終わり、プレートが片づけられると、リーヴァスが布包みをテーブルに置いた。


「リーヴァスさん、それは?」


 シローは、布包みの豪華さに目をひかれたようだ。


「今朝、城から使いが来ましてな。

 私たち『ポンポコ歌劇団』が、城でひらかれる晩餐会へ招かれました」


「おじい様、晩餐会はいつですか?」


「コリーダ、それが今日なんだよ」


「それは、また急な……」


 かつてエルフの王族であったコリーダからしたら、その招待は性急すぎるものだった。

 正式な招待状なら、遅くとも五日前には贈るのがエルフ王家の習わしだ。


「うむ、これは普通のことではないな」


 リーヴァスの口調から、どうやらそれはこの世界でも同じらしい。


「おじい様、何か心当たりでも?」


 実の孫であるルルは、リーヴァスの表情から何か読みとったようだ。


「うむ、おそらくこの招待、私に関係がある」


「おじい様、どういうことでしょう?」


 コルナが、心配そうな顔でリーヴァスを見ている。


「おそらく、女帝カルメリアは、私に会いたいのだろう」


「リーヴァス様は、女帝のことをご存じなんですか?」


 ミミが伺うような目でリーヴァスへ送る。


「うむ。

 以前この国で依頼をこなしたとき、会ったことはある」


「でも、おじい様は、舞台にも立たれていないのに、どうしてでしょう?」


「笛の音か……」


 シローが洩らした言葉を、ルルがとらえる。


「シロー、どういうことですか?」 


「確かにリーヴァスさんは、舞台に姿は現さなかった。

 だけど、女帝は笛の音でリーヴァスさんと分かったんじゃないかな?」


「そうかもしれませんな」


 リーヴァスは、あっさり認めたが、それは二人が、かつてただ以上の関係であることを意味していた。


「リーヴァスさん、とにかく招待を受けてみませんか?」


 シローは、虎の穴に飛びこむことにしたようだ。


「そうですな。

 彼女と会えば、この国が『聖女』を探っている理由も掴めるかもしれません」


 目を閉じ腕組みをしたリーヴァスの言葉は、いつになく重かった。

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