第18話 従魔と山賊

 

 俺は、ルル、コルナ、コリーダと一緒に、帝都で従魔を登録するため、『従魔協会』という場所に来ている。

 裏通りの奥にある薄汚れた建物は、『協会』と呼ぶには小さすぎた。

 中に入ると、その印象はさらに強まる。カウンターの向こうには、髪を逆立てその根元をヒモで縛った若者がだらしなく頬杖をついており、部屋の隅にあるテーブルでは、まだ昼前だというのに、山賊まがいの格好をした男たちが、酒盛りをしていた。 

 

 ルルたちを目にした「山賊」たちが、下卑た声を浴びせてくる。


「ひょう!

 こりゃ、ゴブリンの巣に『天女』だぜ!」

「がははは!

 違いねえや。

 おい、こっち来て酒の相手してくれよ!」

「かわい子ちゃん、ワシと楽しいことしようぜ!」


 俺は、そいつらにかまわず、カウンターの若者に話しかけた。


「ここは、『従魔協会』かい?

 従魔の登録をしたいんだが?」


「ん?

 珍しいね、お客さんか。

 登録は、帝都内だけになるけど、それでいいか?」  

 

「ああ、それでいい。

 この四匹を頼む」


「こりゃまた、かわいいのばっかりだな。

 だけど、どれも見たことねえ魔獣だ」


 若者は立ち上がると、俺たちが連れてきたブランたちをジロジロ見た。


「田舎の出でね。

 その辺じゃあ、わりとよくいる魔獣だ」


「ふうん、そうなのか。

 魔獣の名前と責任者の名前を、ここに書いてくれ」


 カウンターの上に置かれた粗悪な紙には、名前が二つずつ並べて書いてあった。

「登録」と言うには、かなりいい加減だ。金さえ取れたらいいと思っているのがミエミエだった。

 俺は、渡された羽根ペンで、書きにくい用紙に書きこんでいく。


6 シロニャン シロー

7 クロニャン シロー

8 イノッコ  シロー

9 シロフワ  シロー


 俺が書いているのを覗きこんだコルナが、なんとも言えない表情を浮かべた。

 

「あんたが、シローかい?」


「ああ、そうだ」


「従魔がなにかすると、全部あんたの責任になるから気をつけな。

 じゃあ、銀貨四枚だ」


 約四万円か。どう見ても高すぎるが、俺は言われるまま払っておいた。


「これが、許可証だよ。

 じゃあ、帝都を楽しんでくれ」


 通し番号を書きこんだ、四つの木切れを渡されると、すぐに『従魔協会』を出た。

 俺は四人の先頭に立ち、さらに細い裏路地へと入った。


「お兄ちゃん!」


 コルナが耳元でささやく。

 さっき『従魔協会』を出てから尾行されているのに気づいたのだろう。


「分かってるよ、コルナ。

 安心して見てるといいよ」


 やがて路地の前方に壁が現れる。

 行きどまりだ。


「おう、兄ちゃん、もう逃げられねえぜ!」

「その魔獣と女たちを置いていってもらおうか!」

「げへへへ!

 こりゃ、お楽しみつきの大儲けだぜ!」


 顔を見せた三人は、さっき『従魔協会』で酒を飲んでいた「山賊」たちだった。


「ああ、あんたたちか。

 ちょうどいい。

 お金の持ちあわせが少なくてね」


 俺の声を聞いて、三人が不審げな顔になる。


「こいつ、怖がってねえぜ!?」

「強がりだろう!」

「やっちまえ!」


 三人が、それぞれの手に大型のナイフに似た武器を取りだす。


「いやあ、あんたたち、ホントにテンプレ通りだな」


「てんぷれ?

 なんだそりゃ?」

「馬鹿!

 そいつの話なんか聞く必要ねえ!

 やっちまうぞ!」

「舐めたマネしやがって!

 せいぜい後悔しな!」


 目と刃物をぎらつかせ、近づいてくる三人に俺は何もしなかった。

 コリーダを守ろうと前に出た猪っ子コリンが、巨大化を始めたからだ。


「な、なんだ!?」

「ひいっ!」

「で、でけえ!」


 三メートルほどの高さになったコリンが、三人の「山賊」を見下ろす。

 後ずさりして袋小路から逃げだそうとした、彼らの後ろへキューが回りこむ。


 ボンッ


 そんな音を立て、キューが大きく膨らむ。

 背後を振りかえり、通路が白い「壁」で塞がれたと気づいた「山賊」たちが、ナイフを放りだす。


「ひいっ!

 た、助けてくれ!」

「ゆ、許してくれ!」

「た、た、頼む!」


 ぶひっ!


 巨大な顔を近づけ、コリンが鼻息を吹きかけると、三人の男は白目をむいて気絶した。

   

 パチン


 俺が指を鳴らすと、倒れた三人の姿が消える。

 後には、ヤツらが着ていた服や武器が落ちていた。

 ルルたちに触れさせたくないので、俺一人で回収にかかる。

 三人の「山賊」は、たいしたかねを持っていなかった。


「あーあ、せっかくチンピラ貯金からお金が引きだせると思ったのに」


 思わず洩らした本音に、ルルが突っこむ。


「シロー、これが例の『チンピラ貯金』ですか?」


「は、はいっ、そうでございます、ルルさん」


 叱られると思った俺は、思わず丁寧語になってしまった。

 ルルからは、かつて地球世界でやった『チンピラ貯金』のことでお叱りを受けているからね。


「あの人たちは、どこへ?」


 どうやら、ルルは怒っていないみたいだ。


「いい場所だよ、いまごろ歓迎されてると思うよ。

 どこか屋台で、ミミとポルにおみやげ買って帰ろうか」


「シロー、あの者たちが、それほど金を持っているとは思えぬが」


 コリーダは、よく分かってる。そして、『チンピラ貯金』からお金を引きだす気満々だね。


「確かに、あいつら持ちあわせは少なかったけど、コイツは割とワザモノだよ」


 束ねて持った、三本の刃物を見せる。

 

「なるほど、それを売るわけね。

 お兄ちゃん、よく考えてる!」


「コルナ、こんなことでシローをほめると、またやるわよ。

 でも、今回は仕方ないかもね」


 ルルも納得してくれたようだ。


「じゃあ、行こうか」


 俺たちは、「山賊」たちの衣装をそのまま残し、その場を後にした。


 ◇


 帝都からはるか離れた商業都市ノンコラでは、昼前の人出でにぎわう市場、その中央にある広場で、今日も大道芸の芸人たちが、それぞれの技を披露していた。

 そこへ裸の男三人がおり重なるように現れる。

 最初は何かの芸かと思った人々も、ピクリとも動かない三人に、やがて女性の悲鳴が上がる。

 広場は、大騒ぎになった。


 騒動を聞き駆けつけた衛兵が、目を覚ました裸の三人をヒモで繋ぎ連行していった。

 男たちは、見慣れない街をキョロキョロ見まわしながら、口々に意味不明な言葉を叫んでいた。


「巨大な猪が!」

「白い壁が!」

「ここはどこだ!?」

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