第17話 帝都入り


 一晩野営地で過ごしたあと、門前の宿場町で聞きこみをして、夕方になってから帝都へ入った。

 帝都への大きな門では、多くの人々が列をなし、長い時間待たされていたが、『諸芸協会』の手形があったためか、俺たちはあっさり中へ入れた。

 もちろん点ちゃん4号は消しておいたし、念のため魔獣たちにも透明化の魔術を掛けておいた。

 

 ロコス少年が帝都の『諸芸協会』へ手続きに向かった後、俺たちのパーティは二手に分かれた。リーヴァスさん、ミミ、ポルの三人は、宿の手続きと聞きこみへ、そして、ルル、コルナ、コリーダと俺は、従魔の手続きへと向かう。


 ◇

 

 ロコス少年が向かった『諸芸協会』は、かつて帝都の冒険者ギルドであった建物に入っている。

 間口の広い、石造りの建物で、隣には木造の簡易受付所があり、大道芸人や吟遊詩人が列をなしていた。いつもは簡易受付所を利用しているロコスは、本部の立派な建物を前にして足が震えてしまった。

 勇気を振りしぼり、分厚い扉を両手でぐいと押して中へはいる。


 落ちついた木の調度、床に敷かれた絨毯、中は貴族の屋敷と見まがうほど整えられていた。

 かつて冒険者たちが並んだであろうカウンターには、身なりが良い者が四人並んでいるだけだった。

 その後ろに並んだロコスへ、受付担当の若い男性から、ちらりと無遠慮な視線が送られ、彼は慌てて前に立つ人の背に隠れた。


 受付の青年は、手際よく事務処理を進め、あっという間にロコス少年の番になった。


「こんにちは、ご用件は?」


 公的な場で着られる、白い毛皮のジャケットを羽織った、ブロンド髪の若者は、明らかな軽蔑の視線を少年に向けた。

 少年は自分が場違いなことがよく分かっているため、腹も立てず、ノンコラの『諸芸協会』で出してもらった旅の手形と封書をカウンターの上に置いた。

 受付は手形を調べた後、すぐそれをロコスに返すと、次に封書の蜜蠟を丁寧に外し中の書類をあらためた。


「ノンコラから『天女祭り』の催しに参加される方ですね。

 参加名は、『ポンポコ歌劇団』」


 受付の青年が急に態度を改める。


「は、はい、そうです」


「すでに、ご自身の街でリハーサルをおこなっていると思いますが、こちらでももう一度リハーサルを行ってください。

 お祭りの二日前までにお願いします」


「分かりました」


「これがリハーサル会場の地図です。

 予約をお忘れなく」


「ありがとうございます!」


 地図をもらうと、ロコスは弾むような足取りで建物を後にした。 

 緊張がやっと解け、ほっとした少年は、受付で彼のすぐ後ろに並んでいた若い女性が、去っていく自分の背中に射とおすような視線を送っていたのに気づかなかった。


 ◇


 ミミとポルを連れたリーヴァスは、表通りから一本中へ入った裏通りを歩いていた。

 裏通りといっても磨いた石で舗装されており、馬車がすれ違えるほどだ。

 表通りほどではないが、立派な構えの店が軒を連ねている。


「ふわ~、ずい分立派な街ですね」

 

 ポルがキョロキョロ周囲を見まわしている。 

 

「もう、ポン太ったら、ホント恥ずかしいんだから!

 いかにも田舎者って感じだよ」


 ミミがポルの態度を見とがめる。


「ははは、この街はなかなかに大きいですからな」


 リーヴァスが、尻尾しっぽの垂れたポルに笑いかける。


「リーヴァス様、ここに来たことあるんですか?」


 ミミが、横を歩くリーヴァスを見上げて尋ねる。


「うむ、もう二十年ほど前になるが、ギルドの依頼でね」


「その頃から、こんなに大きかったんですか?」


「この街ですかな?

 そうですな、その頃よりかなり大きく綺麗になりました」


「へえ、この国、鎖国政策をとってる割に、内政は上手くいってるんでしょうか?」


「ミミ、壁に耳ありですぞ。

 その言葉だけで、捕まれば首が飛ぶかもしれません」


「ひ、ひゃあ、ごめんなさい!」


 ミミの三角耳が、ぺたりと寝てしまった。


「ははは、政治に関する話は、パーティ内にとどめた方がいいですな」


「わ、分かりました」


 ミミが自分を抱きしめ、ぶるっと震える。


「おお、この宿、まだやっていましたか。

 まず、ここを試してみましょうかな」 


 リーヴァスは、感じのいい白木造りの木造二階建ての前で足を停めた。

 軒先からぶら下がっている木の看板にはベッドの絵が描いてある。


「こんにちは」


 リーヴァスが扉を開けると、金属製のベルが、カランコロンとよい音色を立てた。 

 入ってすぐの部屋は小さなもので、木のカウンターの前に小さな丸テーブルが一脚だけ置いてあった。

 部屋の壁に埋めこまれた、筒状の魔道具が部屋を温めている。

 小部屋の左手には扉が一つあり、その横には二階への階段があった。

 カウンターの向こうには、白いシャツの上に茶色のチョッキを羽織った二十台の女性がいた。


「いらっしゃい、『南風なんぷう亭』へようこそ。

 ……あら、どこかでお目にかかったかしら?」


 若い女性の視線がリーヴァスに向けられる。


「もしかして、リリシアちゃんかな?」


「はい、私、リリシアですけど、やっぱり前にお目に掛かったことが?」


「ははは、君はまだ、こんなに小さかったから覚えてないかもしれないな」


 リーヴァスは、広げた手のひらを自分の腰に当てた。

 

「もしかして……リーヴァス様ですか?」


「ああ、そうだよ」


「まあ!

 ずっとお会いしたかったです!

 父から、何度もお話はうかがっています!」


「ははは、そうですかな。

 ナタル、いえ、お父上はお元気で?」


「はい、すぐ呼んできますね!」


 女性はカウンター後ろの扉を開き、その奥へ消えた。

 すぐにバタバタ足音がして、その扉がバンと開いた。


「リーヴァス様!」


 出てきたのは、円筒形の青い帽子をかぶった、初老の小柄な男だった。

 彼はカウンターの天板を跳ねあげると、こちらに出てきてリーヴァスの左手を自分の両手で包んだ。


「またお目にかかることができるなんて……」


 男性は、リーヴァスの左手を押しいただくように額に当てると、体を震わせ泣いている。

 

「リーヴァス様、ここではなんですから、どうぞこちらへ」


 カウンターから出てきたリリシアが、階段横の扉を開ける。そこには廊下があり、五つ扉があった。

 彼女は、一番手前の扉を開け、中へリーヴァスたちを招きいれた。


 部屋に入り、やっとリーヴァスの手を離したナタルが、娘のリリシアを部屋から追いだすと、ミミ、ポル、リーヴァスをソファーに座らせた。

 ソファーに空きがあるのに、彼自身は、部屋の隅にある机のところから椅子を持ってきて座る。 

 

「この度は、どういったご用件でこの国へ?」


 涙を拭いたナタルは、真剣な表情でそう言った。


「実はですな――」

 

 リーヴァスは、アリストで帝国の間諜が『聖女』についてかぎまわっていること、誰が何の目的でそういうことをしているか調べるために来たことを話した。


「分かりました。

 私にも『聖女』のことは分かりませんが、『天女』のことならお伝えできることがあります。

 毎年行われる『天女』探しですが、一度『天女』となってお城へ上がった者は、二度と出てきたことがありません。

 目的は分かりませんが、お城で消されていると思われます」


「そういったことを誰が命じているか分かっているのですかな?」


「それも、はっきりしませんが、どう考えても女帝は関わっていると思われます。

 そう考えないと、つじつまが合わないことがたくさんありますから」


「『天女』が選ばれた街に対する税の免除とか、莫大な報奨金、それに『落とし子』の特権ですか?」


 ポルが頷きながらそう尋ねる。


「ええ、その通りです。

 それに『天女祭り』にしても、国を挙げての行事ですから」


 やはり女帝を通じ、『聖女』と『天女』には、何らかの関りがあることになる。


「鍵は、女帝カルメリアですな」


 そうつぶやいたリーヴァスの表情には、彼には珍しい屈託があるように見えた。 

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