第19話 じゃじゃ馬 


 ジョセフィンは、腹を立てていた。

 なぜなら、せっかくの晴れ舞台、『天女祭り』での出番が半分に減ったからだ。

 一年前にノンコラ代表として選ばれてからは、仕事を減らしてまで歌の練習にあけくれてきた。プライドの高い彼女が、プロとしての誇りを捨て、一から歌の指導を受けたのだ。その意気ごみは、半端なものではない。

 それなのに、ぽっと出の歌手に演奏時間の半分を受けわたさなければならなくなった。


 彼女が怒るのも当然といえた。

 どこにぶつけていいか分からない彼女の怒りは、たまたま昨日、帝都の『諸芸協会』で顔だけは知っているロコス少年の後ろに並んだことで、その矛先がはっきりした。

 彼女は、なんとしてでも、その『ポンポコ歌劇団』などというふざけた名前のヤツらを出場停止にしてやろうと意気込んでいた。

   

 ジョセフィンは、配下の楽団員に手分けさせ、『ポンポコ歌劇団』が宿泊している宿屋を探させた。

 そして、やっとのことで、その宿屋『南風亭』を見つけると、屈強な使用人二人を連れ、そこへ向かった。


 ◇


 カウンターにいた小柄な宿の主人ナタルが、足音高く入ってきた三人に愛想よく声をかける。


「いらしゃい、『南風亭』へようこそ」


 黒い鳥の羽根で作った扇で口元を隠し、紅いドレスに白い毛皮のハーフコートを羽織ったジョセフィンが、いきなり切りつけるような口調でこう言った。


「ここに『ポンポコ歌劇団』が泊ってるわね!」


「ええと、お客様のお名前は?」


「知らないの?

 ノンコラのジョセフィンよ!」


 どこか聞いた名だが、少なくともナタルがよく知る人物ではなかった。


「ええと、どういったご用件で?」


「だから、さっさと『ポンポコ歌劇団』を出しなさい!」


「……ええと、そのようなことを申されましても、その『ポンポコなんとか』という方はこの宿にはいらっしゃいませんが」


 リーヴァスが記帳するとき、『ポンポコ歌劇団』とは書かず、一人一人の名前を書いたので、ナタルは、その名を本当に知らなかった。


「嘘おっしゃい!

 間違いなくこの宿に泊っているはずです!

  

 ジョセフィンが黒い扇をナタルに突きつけると、片側にまとめているブロンドの髪が、大きくうねった。


「本当にそのような方はいらしゃいません!」


 ナタルも、さすがに強い口調で言いかえす。

 騒ぎを聞きつけ、二階からリーヴァスが降りてくる。


「どうされましたかな?」


 彼は、ナタルにそう話しかけた。


「リーヴァス様!

 この方が、宿泊されてないお客様を出せと申されまして――」


 その言葉をジョセフィンが絶ちきる。


「嘘おっしゃい!

 まちがいなく、ここに『ポンポコ歌劇団』が泊まっているはずよ!」


「だから、そのようなお客様は――」


 言いかけたナタルを、リーヴァスが腕を伸ばして止める。


「私は、その歌劇団の一人だが」


 ジョセフィンの目が、怖いほど吊りあがる。


「なんですって!

 あなた、すぐに『天女祭り』を辞退なさい!」


「いきなり失礼な方ですな。

 あなたは、いったいどなたですかな?」


 それを聞いたジョセフィンは、まっ赤になってよろめき、二人の使用人に支えられた。 

「ど、ど、どなたですって!?

 ノンコラの『歌姫』とは、このわたくし、ジョセフィンのことですわ!」


「……知りませんな」


「そんなはずありませんわ!

 あなたも、『歌姫』ジョセフィン名は聞いたことがあるでしょ!?」


「いや、一度もありませんな」


「な、なんですって!

 嘘おっしゃい!

 知らないはずがありませんわ!

 あなたたち、ノンコラにいたのでしょ?」


「ええ、ここへ来る途中、少し寄りましたが」


「ならば、私の名を――」


 言いかけたジョセフィンを、表戸から入ってきた青年の声がさえぎる。


「ただいま。

 リーヴァスさん、どうかしましたか?」


 頭に茶色い布を巻いた青年は、肩に乗る白猫を撫でている。

 彼に続き、美しい女性が三人、魔獣を腕に抱いて宿へ入ってきた。


「お帰り、シロー。

 このお嬢さんが、先ほどから少し興奮されてましてな」


 リーヴァスの言葉を耳にしたジョセフィンは、とうとう我慢の限界が来たようだ。


「あなたたち、この男に思いしらせてやりなさい!」


 リーヴァスを指さした彼女が、厳つい二人の男性を前に押しだす。

 男たちは手を後ろへまわし、腰の鞘からなたほどもある大きなナイフを抜く。

 

「ジョセフィンお嬢様に敬意を払ってもらうぞ!」


 一人の男が「ナイフ」を突きだし、リーヴァスを脅そうとする。


「ぷっ!

 あはははは!」


 それを見ていた宿のあるじナタルが、なぜか笑いを我慢できず、噴きだしてしまう。

 

「な、なにが可笑しい!」


 もう一人の男が、今度はナタルに「ナイフ」を突きつける。


「あはははは!」


 それなのに、ナタルの笑い声が止まらない。いや、むしろ大きくなっている。


「……あなたたち、ふざけているの?」


 味方であるはずのジョセフィンにまで、そんな言葉でなじられ、二人の男は当惑顔になる。


「なんで、モラランなんて手にしてるのよ!」


 そこまで言われ、やっと男たちは、自分が手にしているのが、ナイフではなく黄色い果物だと気づく。

 

「な、なんだこりゃ!?」

「俺のナイフが!?」


 白猫を肩に乗せた青年が、愕然としている男の手から果物を抜きとり皮をむくと、それをムシャムシャ食べてしまった。


「へえ、これモラランって言うのか。

 味までバナナに似てるな、これ」


 のんびりした声が、わずかに残っていたこの場の緊張を粉みじんにした。


「あ、あ、あんたたち!

 覚えてなさい!

 お祭りの本番で、死ぬほど後悔させてやるんだから!」


 叫んだジョセフィンが真紅のドレスをひるがえし、戸口に立っていた三人の女性を押しのけ、外へ出ようとする。

 しかし、彼女は、急に足を跳ねあげるようにして後ろへ倒れた。


 スコーンッ


 そんな音を立て、後頭部をしたたか打ったジョセフィンが、白目をむき、若い女性として他人に見せてはならない顔をさらす。

 

「いやあ、見事にスベったなあ。

 こりゃ、本当にバナナそっくりだ」


 そんな感想を洩らす青年の足元には、さきほど食べていたモラランの黄色い皮が落ちている。どうやら、ジョセフィンは、それを踏んで転んだらしい。


「あなた方、この方を治療院まで運んであげなさい」


 リーヴァスの言葉で、固まっていた二人の男が動きだす。

 ジョセフィンは、彼らに肩と足を持たれ、荷物のように運ばれていった。


「元気なお嬢さんでしたな」


 リーヴァスは、苦笑いを浮かべている。


「ああいうのは、『地球世界』では、じゃじゃ馬って言うんですよ」


 青年も苦笑いを浮かべている。


「お兄ちゃん、ちょっとやりすぎじゃない?」


 小柄な獣人の女性が、青年をたしなめる。


「許してよ、コルナ。

 それより、これ見て。

 また『チンピラ貯金』が増えちゃった」


 青年の手には、いつの間にか、先ほどの男たちが持っていた、大型ナイフ二本があった。


『へ(u ω u)へ やれやれ』 


 やっと笑いが収まった宿の主人は、そんな誰かの声が聞こえたような気がした。

 

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