第14話 落とし子 


 黒猫ノワールをつれ去った少女を追いかけ、ルルは立派な屋敷が並ぶ地区へとやってきた。

 比較的小さな家が多いノンコラの街で、この辺りの屋敷は群を抜いて大きい。一軒あたりの敷地も広く、色とりどりの花が咲く花壇が住む者の美意識の高さをうかがわせた。

 

 少女の赤いジャケットがひるがえり、ことさら大きな屋敷の門へと入っていった。  

 ルルが門から中をのぞき込もうとすると、槍を手にした冒険者風の男が現れ、彼女の視線をさえぎった。


「何か用かな?」


 ルルは、革鎧を身に着けた男に、ここまで来た理由を話した。


「なるほど、そういうことでしたか」


 男は、厳つい顔に似合わぬ、気の毒そうな口調になる。


「少し待ってもらえるかな。

 ご領主様にお話ししてくるゆえ」


「えっ!?

 ご領主様?」


 ルルが声を上げた時には、すでに男の背中が植えこみの陰に消えるところだった。

 

「ルルさーん!」


 コルナとポルが、こちらに駆けてくる。


「はあ、はあ、ルル、いったいどうしたの?」  


 息を切らせたコルナがルルに話しかける。


「どうしたんです?

 すごい勢いで走ってましたね」


 最近まで、冒険者ギルドの本部で鍛えられていたポルは、ほとんど息を切らせていない。


「コルナ、ポル君!

 ノワールが女の子に連れていかれちゃったの!

 その子、この屋敷の中に入ったの。

 ここ、領主様のお屋敷らしいの」


「「ええっ!?」」


 まもなく、先ほどの男が再び現れ、三人を屋敷の中へと招き入れた。


 ◇


「話は聞いておる。

 その方たち、どこから来た?」


 痩せた小柄な男性は、円形をした大きなクッションのようなモノに横たわったまま、尊大な口調でそう言った。

 シローが見たなら、地球のビーズクッションを思いだしたかもしれない。

 複雑な幾何学模様が描かれた、布ばりの生地にほとんど埋まっているこの男のことを、案内した執事風の老人は、「領主様」と呼んだ。


「南部から来ました」


 ルルの答えを聞く、老人と言うにはまだ若い領主の目には、油断ならない光があった。


「ふむ、獣人を連れておるからな。

 しかし、その方らのような獣人、初めて見るがな」


 領主は、布に埋まっていた右手を上げ、コルナとポルを指さした。

 

「南部と言っても、片田舎から参りましたから」


 ルルの答えに首を左右に振ったから、幾筋か白いものが交じった長い髪が、領主の額に掛った。

 それを左手でかき上げ、彼は次の質問をした。


「ふむ、南部訛りは、あらかた聞いたことがあるが、その方の話し方は、そのどれとも違うな」


 どうやら、見かけ以上に気をつけなければならない相手らしい。ルルはそう見定めて、さらに注意して言葉を選んだ。


「故郷は、海沿いの小さな村ですから」


「ふむ、そういうことにしておくか……。

 で、『落とし子様』にお目にかかりたいのだな?」


「はい、お貸ししたものがございまして」


「……よかろう。

 だが、その間、そうだな、お前に話し相手となってもらおう」


 領主は、コルナを指さした。

 彼女はルルの方を見て頷いた。自分に任せろという合図だ。

 

「誰か」


 領主が手を二つ叩くと、執事風の若い男が現れた。


「この二人を『落とし子様』の所へ。

 面会の間、お前が尽きそえ」


「はい、畏まりました」


 まるで女性のような声で、若者が答える。

 ルルとポルは、彼に連れられ部屋を出た。


 ◇


 ルルとポルは、領主の館から一度外へ出て、庭の奥にある瀟洒な離れに入った。

 白っぽいレンガのようなもので作られた、二階建ての建物は、さきほどまでいた館にくらべると決して大きくないが、それでも通りすがりに目にした各部屋の広さは、アリストの一般的な住居のゆうに二倍以上あった。

 一階奥の角部屋前で、案内役の若者が立ちどまる。

 彼は白い扉をノックし、中からの応答を待たず、それを開けた。

 

 床に石を張った広い部屋は、雑然としていた。

 恐らく元からあったであろう家具の上に、様々なものが積まれ、小山をなしている。

 異臭が漂っているのは、生ものが腐った匂いだろう。

 赤いジャケットの少女は、ベッドらしきものの上で、胡坐をかき、膝の上に身を丸めた黒猫に話しかけていた。


「ねえ、どこから来たの?

 お母さんはいないの?

 私も、お母さんとお父さん、待ってるの」


 部屋に入ってきた三人が、まるでそこにいないかのようだ。


「こんにちは。

 さっき、果物を売っているお店で会ったわね。

 その子を返してもらっていいかしら?」


 ルルが呼びかけても、少女は彼女の方を見むきもしなかった。

   

「クロちゃん、明日はいい所に行こうね」


 そんなことを言いながら、膝の黒猫を撫でている。

 あまり人に懐かないノワールは、なぜか気持ちよさそうに目を細め、じっとしていた。

 

「ノワール、帰りましょう」


 ルルがそう言うと、ノワールはあくびを一つした後、少女の膝から降り、床に散らばった脈絡のない落としものの間を縫ってこちらへやって来た。

 少女は、最初の姿勢から動かずそれを眺めていたが、黒猫がルルの肩に跳びのると、初めて気づいたようにルルを見た。


「あなた、誰?」


「ルルといいます。

 こちらは、ポル。

 あなたのお名前は?」


 少女はその問いかけに答えず、ルルに向け両腕を伸ばした。


「その子、ちょうだい!」


「うーん、それはちょっとできないかな」


「なんで?」


「この子は、私の家族だから」

 

「家族は、一緒にいられないものなんだよ」


 少女は、そんな当たり前な事も知らないのか、という表情を浮かべた。

 

「そんなことないわ。

 家族は、一緒にいるのが普通ですよ」


「じゃあ、どうしてお母さんとお父さんは帰ってこないの?!

 お姉ちゃんは、『天女』になったのに、どうして空から降りてこないの?!」


 少女は、両手を強く握りしめ、それをぶんぶん振りながら声を張りあげた。

 案内役の青年が、懐から小型魔法杖ワンドを抜きだすと、小声で呪文を唱えた。

 恐らく睡眠を誘発する魔術だろう。

 少女の目がすうっと閉じられる。

 彼女が床に倒れる前に、青年が左手で少女を抱きとめた。 

 少女をベッドらしきものの上に横たえた彼は、ルルとポルに手を振った。

 

 ルルとポルが部屋の外へ出ると、屋敷の前で会った冒険者風の男が待っていた。

 彼に連れられ、二人は屋敷の門から外へ出る。

 立ちさる前、男は二人に軽く頭を下げた。


「あの子を許してやってくれ。

 可哀そうな子なんだ」


 ルルは、屋敷へ帰っていく男の背中を黙って見送った。   


 ◇


 コルナが屋敷から出てくるまで、かなり長い時間がかかった。

 すでに暮れかけた空の下を、ルル、コルナが並んで歩く。護衛役でもあるポルは、その後ろを歩いている。


「コルナ、ずい分遅かったけれど、何かあったの?」


 珍しく思案気な顔のコルナに、ルルが話しかける。


「色々ね。

 後で話すわ」


 そう言った後、コルナは宿まで黙ったままだった。  


 ◇


 宿に戻った、パーティ・ポンポコリンの面々は、いったんそれぞれの部屋に入った。

 その後、すでに暗くなった空の、高くに浮かんでいる、点ちゃん1号の中へ瞬間移動で集まった。


 くつろぎ空間のソファーに腰を下ろしたみんなは、それぞれが街で聞きこんだ情報を披露した。


「ふむ、結局、聖女に関する情報は、ほとんどありませんでしたな」


 リーヴァスは、落ちついた口調でそう言った。

 

「聖女ではなく『天女』のことならたくさん聞きました」


 コリーダの言葉に、みんなが頷く。


「でも、『天女』と聖女には、なんの関係もなさそう」 

  

 聞きこみのような仕事が、どちらかというと苦手なミミは、疲れた顔でそう言った。

 

「ミミ、それがそうとも限らないわよ」


 そう発言したコルナに、注目が集まる。


「みんなは、『落とし子』について聞いたかしら?

 彼らは、『天女』の兄弟姉妹らしいの。

 毎年、一人『天女』が選ばれるっていうのは、もう知ってるでしょ?

 選ばれた少女は、お城に行ったきり帰ってこないの。

 少女の両親が一緒にお城に行くことがあるらしいんだけど、その場合、彼らも帰ってこないんだって。

 情報をくれた人物は、それを『天に召される』と言っていたわ」


 ルルが何かに気づき、はっとした顔になる。 


「じゃあ、あの女の子は――」


「そうよ、ルル。

 彼女の家は、『天女』に選ばれた姉と一緒に、両親がお城へ上がったの」


「コルナさん、親戚はそういった子供の世話をしないんですか?」


 ポルが、呆れ顔でそう言った。


「それがね、『天女』に選ばれた者の姉弟姉妹は、特別な扱いを受けるの。

 特に両親とも『天に召された』家庭ではそうらしいわ。

 なんでも、女帝が命じてそうなったんですって」


「なるほど、そうなると、『天女』と女帝は、結びついてるってことだよね。

 そして、もし、『天女』と聖女がどう結びついているか分かれば、女帝が聖女とどう係わろうとしているか、分かるかもしれないね」


 シローの言葉にリーヴァスが続ける。


「ふむ、南部でも聞きこみをする予定でしたが、これは帝都で開かれる『天女祭り』に乗りこんだ方が早いかもしれませんな」


 厳しくなった祖父の表情を見て、ルルが話しかける。


「おじい様、帝都へ行くのに何か問題でも?」


「うむ。

 帝都となると、身分の照合も厳しくなる。

 この街のようなわけにはいかぬだろう」


 しかし、この問題は、意外なところから解決することになる。

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