第13話 宝石とお転婆娘


 ルル、コルナ、ポルの三人が向かったのは、比較的豊かな人々が住む地区だった。

 かつて街が小さかった頃の古くて低い城壁を右手に見ながら、三人は商店が立ちならぶ区画へと入っていった。

 昨日見てまわった下町と違い、こぎれいに整えられた店が多い。

 露天商の姿はなく、道が広く感じられた。


 コルナとポルは、宝飾品を扱う店に入っていく。


「いらっしゃいませ」


 褐色の肌をした長身の男性が、両手を重ね腰を折った。

 体に巻きつけるような薄緑色の衣装に、その上から空色のジャケットを羽織った男性はコルナの全身をチラリと見た後、首を傾げた。


 獣人の娘にしては、堂々としていて、動作が洗練されている。

 後ろに従えている若い獣人は、おそらく従者だろう。

 それに一度も見たことがない、白い従魔を連れている。

 恐らく、豊かな商人の娘が、お忍びで遊びにでもきたのだろう。店長である男性は、一瞬の間に、そう見定めた。


「何にいたしましょう」


 彼は上客に対する礼をとった。  


「そうねえ、少し見させてもらっていいかしら」


「どうぞご覧ください」


 クリスタルのショーケースに並べられた宝石を見ていたコルナは、二つ並んだ緑石のブローチを指さした。


「この二つ、いい石を使ってるわ。

 値段はどうかしら?」


 コルナが着けている多言語理解の指輪は、会話を可能にするが、読解の機能はない。

 

「こちら金貨一枚、こちら銀貨八十枚となります。 


「へえ、石自体は、こちらの方がいいものだと思うんだけど」


「お客様、お目が高いですな。

 こちら、土台の細工が有名な彫金師の手によるものでして。

 こういったものにお詳しいので?」


 コルナの耳が、ぴくぴくと震える。


「ええ、まあ、そうかな。

 それより、この街は、ずい分活気があるわね」


「ノンコラの街は、初めてで?

 もうすぐ帝都で『天女祭り』がありますから、いつもよりにぎやかです。

 帝都へ行くお客様が、途中この街にお寄りになりますので」


「テンニョ?

 聖女のことからしら?」


「セイジョが何かは存じあげませんが、『天女』は聖なる役割をつかさどるものだと言われております」


 男性が訝し気な表情を浮かべる。

 コルナは、質問を切りあげることにした。


「この街には、まだしばらく滞在するから、後でまた見にくるわ。

 ポル、行くわよ」


「はい、どうかまたいらっしゃってください」


 コルナは足元のキューを抱きあげると、ポルに扉を開けさせ、颯爽とした足取りで店を出た。


 ◇


 ルルは、様々な食材を売る店に来ていた。

 彼女は、シローに連れていってもらった、地球世界の『デパート』、その食品売り場を思いだしていた。

 あそこほど品数はないが、それでもキレイに並べられた色とりどりの果物や野菜は、見ていて楽しかった。

 

「おばさん、この果物はいくら?」


 ルルが尋ねると、前掛けをした上品な中年の女性が果物を指さした。


「これですか?

 ルロの実ですね。

 銅貨四枚となります」


 ルルは驚いた。確かに実は大きいけれど、その値段だと下町の四倍もする。

 彼女の表情を読んだのか、店員の女性が続ける。


「この店で取りあつかっているのは、全て有名農場からの直送品です。

 そのため、お値段の方は少々高くなっております」

 

 その時、黄色いワンピースに赤い革のジャケットを羽織った、十歳くらいの女の子が走ってくると、小さな手でルロの実をつかみ、それを口へ持っていった。

 シャクシャクといい音をさせ果物を食べた少女は、まだ半分以上残ったそれを足元へ放り、別の果物を手にした。

 まるで、そこに店員とルルがいると考えていないような振舞だ。

 そして、なぜか、店員は微笑を浮かべそれを眺めている。

 

「ええと、この店のお子さんですか?」


 ルルが店員に尋ねる。


「いえいえ、この方は、『落とし子』です」


「ええと、『落とし子』というのは?」


「失礼ですが、お客様はどちらから……」


「南の片田舎から来ました」


「そうですか。

 では、もしや『天女様』のこともご存じないのでは?」


「……ええ、恥ずかしながら」


「そうですか。

 この方は、『天女様』の妹君いもうとぎみです」


「妹君?」


「ええ、彼女がお店に来てくれるのは、とても光栄な事なのです。

 そのような方なのに、南の者たちは、おろそかにして……。

 あ、これは飛んだ失礼を」


 少女はルルが肩に乗せた黒猫ノワールを目にすると、食べかけていた果物を床へ投げすて、ルルに手を伸ばした。


「ええと、どうしたの?」


 ルルの言葉に少女は無邪気に答えた。


「それちょうだい!」


「えっ!?」


「その黒いのちょうだい!」


 少女は、キラキラした目で、ルルの肩に座るノワールを見つめている。


「どういうことかしら?」


 ルルは、少女がノワールを抱きたいではないかと考えた。

 ぴょんぴょん跳ね、ノワールに手を伸ばす少女に、穏やかに話しかける。


「はい、こうやって優しく抱いてあげてね」


 黙ってノワールを抱きとった少女は、ぱっと駆けだすと、入り口の扉を肩で押しあけると、外へ跳びだした。

 一瞬、あっけにとられたルルだったが、慌てて店から走りでる。

 少女が着たジャケットの赤色が、人ごみの中を遠ざかるのが見える。


「ちょ、ちょっと、あなた!

 待ちなさい!」


 ルルは大声で呼びかけながら、少女の後を追った。

 

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