第12話 肉串と歌 


 ノンコラの街での情報収集は、三班に分かれておこなうことになった。

 第一班が、リーヴァスさん、コリーダ、ミミ。

 第二班が、ルル、コルナ、ポル。

 第三班が、俺。


 連絡については、点ちゃんがハブとなる念話網を作った。

 それぞれが、端末パレットを使ってメールのやり取りもできるから、通信の方は問題ないだろう。

 各班に一つずつ、共用できるマジックバッグも渡しておく。

 万一の時に備え、それに武器や魔道具も入れておいた。

 ブランたちには、透明化の魔術をかけないことにした。それというのも、街中で、様々な種類の従魔を連れた人たちを見かけたからだ。こういった事は、アリストでは見られない。


 宿で朝食を食べると、各班がそれぞれ目的の場所へと向かった。


 ◇


 第一班、リーヴァス、コリーダ、ミミの三人は、昨日服を買った店の周辺、つまり下町で聞きこみを始めた。

 

「おじさん、こんちはー!」


 肉串を焼いている露店商に、ミミが声をかける。

 

「おや、嬢ちゃん、猫人かい?

 南部からだね?」


 ウチワのようなもので炭に風を送っている男は、四十くらいのがっちりした男だった。

 毛皮の上着は、胸のところまで大きく開いていて、濃い胸毛がのぞいていた。


「うん、そう。

 すっごくいい匂い!

 これ、一本ちょうだい!」


 宿の朝食は軽いものだったので、育ち盛りのミミには、もの足りなかったようだ。


「へい、一本ね。

 汁が垂れるから気をつけな。

 ここへは商売で来たのかい?」


 男はそう言いながら、ミミから銅貨を受けとり、肉串を渡した


「違うよー。

 帝都へ行く途中で寄っただけ」


「ほう、じゃあ、祭りに行くんだね?」


「祭り?」


「ほらほら、『天女祭り』さ!

 毎年、この時期に開かれてるじゃねえか」


「う、うん、そうそう、それを見にいくんだ」


「羨ましいねえ。

 ワシも一度だけ行ったんだが、そりゃ華やかなもんだった」


「天女様かあ。

 そういえば、聖女様っていう人もいるんでしょ?」


「セイジョ?

 聞いたことねえなあ。

 いや待てよ。

 小せえ頃に、母ちゃんが話してくれたっけ。

 どっかの国には、病気を治してくれる人がいるって。

 セイジョって、その人のことかい?」  

 

「……うん、私もおばあちゃんから聞いたんだ」


「ワシらには関係ねえ話だなあ。

 この国ゃ、よその国と行き来してねえから」


「はむ、はむ。

 この肉、美味しいね」


「そうかそうか、ワシの弟が猟師でな。

 山鹿やまじか獲りの名人なんだ」


「へえ、これ、ヤマジカの肉かー」


「ああ、串焼きにするなら、最高の肉だぜ!」


 ◇

 

 コリーダは、市場近くの広場で大道芸を見ていた。

 火を噴く男、玉乗りする女性、様々な技を披露する芸人の中に、小型の木琴のような楽器を叩く少年がいた。

 少年の手は素早く動き、時にはバチを空中で回転させ、音楽を奏でた。

 曲が終わり、少年が被っていた帽子を脱ぐと、観客がそれに硬貨を入れる。

 こういう文化はエルフの国では見られないが、シローに連れられ、いろんな世界を巡ったコリーダには馴染みのものだった。


「いい曲だったわ」


 リーヴァスから持たされていた硬貨の内、銀貨三枚を少年の帽子に入れる。


「えっ!

 こんなにもらっていいの?

 お姉さん、ありがとう!」


「ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかしら?」


「うん、ちょうど休憩するところだったから、別に構わないよ」


 二人は、広場中央にある花壇を取りまく縁石に腰を下ろした。

 少年は、木琴に似た楽器を自分の膝に置く。


「その楽器は何?」


「知らないの?

 ああ、お姉さん、アンダン諸島の人でしょ。

 あそこには、無いかもね、この楽器。

 これ、『プロぺ』っていう楽器なんだ。

 この叩くところ、木に見えるけど、魔獣の骨なんだよ」


 楽器に触れようとしていたコリーダが、それを聞き、ぱっと手を引っこめる。


「あははは、骨は手をかじったりしないよ。

 それにこの魔獣、草しか食べない、とても大人しいヤツなんだ」


 少年は、コリーダの足元に座っている猪っ子コリンの頭を撫でた。


「そ、そう?」


 怯えた表情のコリーダを見て、彼は声を立てて笑った。


「あははは。

 お姉さん、怖がりだね。

 この街には何をしに?」


「帝都に行く途中なの」


「へえ、祭りに行くんだね?」


「祭り?」


「うん、『天女祭り』だよ。

 今年は、南部から天女が出たって」


「天女って、聖女様みたいなもの?」


「ははは、さすが島の人だね。

 すっごく有名なんだよ、天女って。

 それより、セイジョってなに?」


「いえ、知らないならいいの」


「島の言葉かな?

 聞いたことないや。

 それより、お姉さん、綺麗な声してるね。

 ここで歌ってみたら?」


「えっ!?

 ここって、誰でも歌えるの?」


「いや、本当は許可がいるけど、ボクの仲間ってことにするから歌ってみなよ」


「うーん、どうしよう」


「さあ、立った立った。

 ボクもこの楽器で合いの手を入れるから」


「そ、そう?

 じゃあ、一曲だけ」


 さっきまで少年が立っていた場所にコリーダが立つ。

 猪っ子コリンは、主人を守るように、その足元にちょこんと座った。

 それだけで、彼女の前に人垣ができはじめた。

 彼女のカリスマが、それだけで人を惹きつけているのだ。


 エルフ語の歌詞で始まったその歌は、しかし、聴く者の心を打った。

 どこか遠く懐かしい。

 彼らは無くしてしまった何かを、しっかりと近くに感じていた。

 

 初めは楽器で伴奏をしていた少年の手が停まる。いつの間にか、彼もコリーダの歌に聴きいっていたのだ。

 歌が静かに終わっても、誰も拍手をしなかった。

 市場の雑踏がこの空間だけすっぽり抜けおちていた。


「ぶぶう!」


 一人の母親が抱いた赤ちゃんが声を上げたことで、やっと人々の意識が、この場に戻ってくる。

 小さく始まった拍手は、やがて嵐になり市場に響きわたった。


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