第10話 ノンコラの街(上)



 結局名前も聞かずじまいだった小村から、少し街よりの街道沿いに点ちゃん1号を着陸させた。

 街道といっても、名ばかりのもので、舗装もされておらず、わだちと轍の間には雑草が生えている。路面が悪いから、馬車で行くにしても苦労するだろう。

 前後を見渡しても、人影は見えなかった。

 

 道脇の草地に人数分の点ちゃん4号を出す。

 バイク型をした白銀の車体は、それぞれの体に合わせて大きさを決めてある。

 ルル、コルナ、コリーダのバイクは、座席前部に従魔用の小さなスペースがとってある。それぞれ、黒猫ノワール、白ふわのキュー、猪っ子コリンがちょこんと乗っている。

 ミミとポルの二人は、それぞれ青い車体、リーヴァスさんは大型の赤い車体、俺はオリジナルである漆黒の車体だ。


「あっ、ポンポコマークがついてる!」


 ミミが言うとおり、彼女とポルの車体には、カウルの横に「〇」の上に「△」二つの、白銀色のマークが輝いている。

 このカウルだが、ハッチを開けると、旅に必要なものを入れたマジックバッグが収納してある。

 

「さあ、出発ー!」


 少しでも早く4号を走らせたいミミが、待ちかねたように号令をかける。

 

「「「出発ー!」」」

「「にゃうゃう!」」

「きゅきゅう!

「ふごふご!」


 出発の掛け声に、従魔たちが座席の前で気勢を上げる。なんか、『ブレーメンの音楽隊』っぽいよね。


 ◇


 周囲が石壁にとり囲まれたノンコラの街には、東西南北四つの門がある。

 最も通行者が多いのは、帝都への街道に続く北の門で、ついで南部への南門、東の海沿いにある港町への東門となる。

 西側にある山脈側の門となると、通行者がぐっと減る。西の山岳地帯で獲れる特殊な薬草やキノコのシーズンには、まだ人通りが見られるが、この時期は、いくつかある西部の寒村への行商人が、たまに利用する程度だ。


 西門を守る若い門番デニスも、それは心得たもので、趣味の野鳥観察などして無為な時間を潰している。

 まだ十五になったばかりの若者は、この日も、古びた槍を石壁に立てかけると、防寒着の懐から出した短い筒状のものを手に、目当ての野鳥を探して野原を見渡していた。

 これは、実家にあった遠見の魔道具で、彼がこの地に赴任すると決まった時、父親からもらったものだ。

 なんでも、かなり昔に異世界から輸入された品だとかで、長いこと鎖国をしているこの国では、もし売れば大変高価なものだ。


「あれ?

 なんだろう?」


 遥か遠く西の方から、白い山脈を背景に土煙を上げ、何かがこちらへ近づいてくる。

 

「ま、魔獣?!」


 もう一人の門番へ声をかけるのも忘れ、遠見の魔道具を右目に当てる。

 鏡筒の手前部分を回し、近づいてくるものに焦点を合わせる。

 

「な、なんだありゃ!?」


 光輝く白銀の馬が、街道をこちらへ走ってくる。

 数は五体以上。

 デニスは、道具箱の上に腰を下ろし門にもたれて眠っている同僚に向け叫んだ。


「おい、ラッチ、起きろ!

 何か来るぞ!」


 それでも反応しない同僚の向こう膝を蹴る。


「痛て!

 おい、なんだよ、デニス!

 痛えじゃねえか!」


「見て!

 何かこっちに来てる!」


「ああん、どこだよ?

 なんなんだよ、いったい?

 ……何も見えねえじゃねえか」


 デニスは、先輩の少年兵に、遠見の魔道具を渡す。


「ほら、見て!

 街道を近づいてきてるでしょ!」


「はあん?

 なんにも見えねえぞ」


「それ、反対!

 逆の端から覗いてみて!」


「……こうか?

 なんか、ぼんやりしてるぞ」


「ええい!

 ここをこうやって回すんだよ!」


「おっ!

 ホントだ!

 何か近づいてるぞ!

 なんだありゃ!?」


 遠見の魔道具を通し、少年の目は、黒い馬のようなものにまたがった、青年の姿をとらえていた。

 頭に巻かれた茶色い布を見ても、どうやらこの付近の住民ではないようだ。


「デニス!

 これ、鐘を鳴らした方がいいんじゃないか?」


「うーん、どうだろう?

 盗賊とかじゃなかったら、すごく叱られそうだよ。

 どっかの貴族かもしれないし」


「馬鹿っ!

 とりあえず、鐘を鳴らせよ!」


「まあ、君が言うならそうするけどね。

 どうなっても知らないよ」


 デニスは、小さな鐘楼のはしごを器用に昇ると、小部屋の天井から吊られた半鐘を、備えつけの金づちで叩こうとした。その音で、街中が警戒態勢を取るはずだ。

 しかし、金づちを振りあげた少年は、急に意識を失い、床に伸びてしまった。


 ◇


 ノンコラの街、西門に着いた俺たちは、点ちゃん4号を停め、地面に横たわる門番の少年をとり囲むように立った。

  

「シロー、この男の子は?」


「ルル、安心して。

 睡眠の魔術で寝てるだけだから」


「でも、お兄ちゃん、私たちがこれに乗って近づいてくるの見られたんじゃない?」


 自分が乗ってきた白銀の車体を指さし、コルナがそう言った。

 念のため、七台の点ちゃん4号を点収納しておく。


「あー、記憶の方は、ブランちゃんになんとかしてもらおう」


 俺がそう言っている間に、リーヴァスさんが少年を背負い鐘楼から降りてきた。

 

「門番は二人だけのようですな」


 彼は、少年を背中から降ろすと、もう一人の少年と並べ横たえた。


「じゃ、ブランちゃん頼むよ」


 俺の肩から跳びおりたブランが、右前足の肉球で少年たちの額にぷにぷにと触れた。

 俺が指を鳴らすと、睡眠の魔術が解けた彼らは、ゆっくり目を明けた。


「あっ、寝ちゃった?

 おい、デニス、起きろよ!」


「うーん、あれ?

 なんで寝てたんだろう?

 あっ、今日は、フジヤマ辺境伯がいらっしゃるんだった!」


 ブランに記憶操作された少年が立ちあがり、俺を目にする。


「あっ、あなたは!?

 フジヤマ辺境伯?」


 少年と目が合ったので、一つ頷いておく。

 

「こ、これは大変失礼しました!

 今すぐ開門いたします!」


 こうして俺たちは、無事ノンコラの街へ入ることができた。


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