第9話 村長の話


 村長の家は、二間ふたましかない小さな平屋だったが、思いのほか快適だった。

 板の間には、やや端に寄せて囲炉裏が切ってあり、土間からもそのまま囲炉裏端に座って暖が取れるようになっている。

 俺たちは板の間に上がり、囲炉裏の脇に座った。敷物は、何かの毛皮で座り心地は悪くなかった。

 点ちゃんが温度調節を切ったので、囲炉裏の温かさが心地よい。


 村長は囲炉裏の中で赤々と燃える小さな石のようなものを、火かきで灰のまん中へ据えると、金属製の輪を二つ繋いだものをその上に被せた。

 用意していた鍋をその輪っかに載せる。

 

「鐘一つほど待ちんさい」


 たぶん、「鐘」というのは、時間を知らせる鐘のことだろう。だけど、「鐘一つ」がどれくらいの時間か知らない俺には意味がない。

 田舎の事だから、そこはのんびりしたものなのだろう。


「こっからだと、最寄りの街はどこじゃろう?」


 出された湯呑に口をつけてから、リーヴァスさんはそう尋ねた。

 

「ほうじゃなあ、ノンコラとタラコラ、どっちも馬車で二日くらいじゃけんどなあ。

 南部にお帰りなさるんなら、ノンコラの方がええじゃろう。

 駅馬車も便が多いからなあ」


「住んどるところが田舎じゃけえ、それなら助かる。

 ありがとねえ」


 指輪で翻訳されているのだが、リーヴァスさんが方言を使うと、どうも違和感がある。


「おう、できたようじゃ。

 おあがりんさい」


 金属鍋に載せられた木のフタが、ことこと音を立てている。

 村長がそれを開けると、豚汁のような白っぽいスープが見えた。

 木のお椀によそってもらったそれを、木製のスプーンですくう。


 豚汁そっくりの匂いがするスープは、味の方はイマイチだった。

 具が少ないというのもあるのだが、味が極端に薄いのだ。

 村長には申し訳ないが、俺は腰のポーチに手で触れ、点収納から調味料のセットを取りだした。


 スープに醤油を少し垂らし、七味を振りかけると、別モノのような味になった。

 うん、これならいける。


「そりゃ、なんじゃな?」


 村長の椀にも、少し醤油を入れてやる。

 

「なんじゃ、これは!

 魔術のようじゃな!

 んまいのう~!」


 子供のようにハフハフと汁を食べおえると、老人はため息をついた。


「この村からも、テンニョ様が出りゃあ、こういったもんも食えるんじゃろうが……」


「ええと、テンニョ様って何です?」  


「女神様のようなもんじゃよ」


「ああ、『天女様』ですね」


「天女様が出た村は、一年間税が免除されるんじゃ。

 ご褒美まで頂けると聞いとる」


「ご褒美?」


ぜぜや塩じゃな」


 なんだろう、それ? 天女のお陰でそこまで優遇されていいの?


「ええと、天女様は何をされるんですか?」


「ん?

 みかどに献上されるだけじゃが」


「献上?」


「ほんで、帝の祈りで天に昇るんじゃと」


「……」


 うーん、村長の話からだけでは、意味が分かったとはいないなあ。


「ノンコラの街じゃあ、去年、四年前と続けて天女様が出とる。

 そいじゃけえ、街が大きうなったんじゃよ」


 とにかく、『天女』についても調べた方がよさそうだね。


 ◇


 点ちゃん1号に戻ると、ルルたちも食事を終えたところで、ソファーに座りくつろいでいるところだった。

 ポルだけは立っていて、透明な舷側から外を眺めている。


「あれ、ミミはどこ?」


 問いかけには、お茶のカップを手にしたコルネが答えてくれた。


「さっきまで見張りをしてたけど、それをポル君と替わって、今はお風呂に入ってる」


 リーヴァスさんと、顔を見合わせる。

 まっ昼間から、なにやってんのかね、ミミは!


『(・ω・)ノ ご主人様がそれを言いますか?』

「みゃう?」(言いますか?)


 これって藪蛇?


『(*'▽') ヤブヘビって、どんな蛇?』      

  

 ああ、また点ちゃんが変な言葉を覚えちゃっうよ!


「これからの予定は立ったの?」


 テーブルに紙を広げ、何か書きものをしていたコリーダがこちらを見上げる。


「ああ、村の東にあるノンコラっていう街まで行って聞きこみをするよ。

 みんな、点ちゃん4号覚えてる?」


 俺の言葉に喰いついたのは、意外にもリーヴァスさんだった。


「おっ、それはいいですな!」


「ええ、一緒に行動するなら、この1号で十分なんですが、手分けして情報を集めるなら、それぞれが移動手段を持っておいた方がいいと思って」


「この国は、たいがい地形が平坦ですからな。

 あの乗り物が役に立つでしょう」


 点ちゃん4号は、バイク型だからね。


「こんな時のために、新しい仕組みもつけておきました。

 それを説明てから出発しましょうか」


「その前に、まずはミミですな、ははは」


「おじいさま、ほどほどにしてあげてください」


 ルルはミミをかばうつもりのようだ。


「軽く稽古でもつけますかな」


「……お手柔らかに」 


 ミミのやつ、風呂に入った意味がなくなるぞ。リーヴァスさんの指導は厳しいからね。汗まみれ、泥まみれになっちゃうな、きっと。


『(・ω・)ノ ご主人様も、リーちゃんと稽古したら?』


 え、遠慮しときます。


「みゃあおぅ」(へたれー)


 あ、ブランちゃん、それヒドイ!

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