第7話 間諜
女王陛下から念話で連絡が入る。
『ボー、モスナートのスパイらしきヤツを六人捕まえたんだけど、どうする?』
六人か。かなりの数をこっちに送りこんだみたいだな、隣国は。
『畑山さん、そいつらはどこにいるの?』
『城前広場近くの騎士詰め所だけど』
『ああ、武器屋近くのあそこか』
『そういえば、近くに武器屋があったかな?』
『ええと、ポルが詰め所に着いたら、そいつら釈放してもいいよ』
『大丈夫なの?
エミリーを狙ったりしないかな?』
『彼女には、翔太がついてるでしょ。
それに、スパイには全員点をつけておくから大丈夫』
『ああ、泳がすんだね』
『そうそう。
すくなくとも、どの聖女を狙ってるか分かるまでは泳がせた方がいいでしょ』
『分かった。
じゃあ、レダーマン騎士長に伝えておくから、後は頼んだわよ』
『了解』
◇
騎士の詰め所らしき建物に連れこまれたロスタンは、初めての失敗に動揺していた。
四十才を目の前にして、間諜として脂がのってきた彼は、帝国国内で誇るべき成果をあげてきた。だが、他国への潜入という初めての任務に、思いのほか手こずっていた。
パンゲーラ山脈で隔たれた二つの地域は、遣われている言語は同じだが、アクセントや言いまわしに少なからぬ違いがある。
そのため、現地の住民と接触するにも、なにかと気をつかった。
慣れない他国での情報収集、しかも、『聖女』と呼ばれる人物が三人もいたことが、さらにこの任務を困難なものにした。
挙句の果て、こうして疑われ、牢に繋がれている。
「ええと、あんた、何の用?」
姿は見えないが、牢番の声が石の壁に反射し聞こえてくる。
「ええと、これを見せろって言われてます」
「どれどれ、げっ、こ、これ、レダーマン騎士長の署名じゃねえか!」
「え、そうなんですか?」
牢番と話しているのは、どこかのんびりした若い男性の声だ。
ガチャリ
金属扉が開く音がして牢の前に立ったのは、まだ若い男だった。冒険者服らしいものを身につけたその男は、頭の上に耳がついている。
くりくりした、透きとおった目から考えて、見かけより若いのかもしれない。
犬人でも猫人でもない、初めて見る獣人だった。
「
「こんにちは。
ええと、あなたがモスナートから来た人?」
こいつの目的はなんだ?
間諜である私がそんな質問に答えるわけないだろう。
「お名前は?」
「……」
笑顔でそんなことを訊いてくるなんて、いったいなんなんだ、コイツは?
「ええと、どうもありがとうございました」
間諜かもしれないこちらに頭を下げるとは、どういうつもりだ?
それに、もう追及を諦めてたのか?
尋問でもするのかと思ったが……。
モスナート帝国の間諜ロスタンにとって意味不明な訪問者ポルナレフは、しかし、きちんと「置き土産」を置いていった。
ただ、それはあまりにも小さな『・』で、ロスタンは自分の身体にそれが入ってきたとすら気づけなかった。
しばらくして、思いがけず牢から解放された間諜は、何が起こったか理解できぬまま、森の奥へと入っていく。
ロスタンは、木の幹につけられた目立たない印を頼りに進み、やがて一本の大木にたどりついた。
彼がその根元に深く積もった落ち葉に手を突っこむと、油を塗ったなめし皮に包まれた、四角いものが現れた。
厚さは五センチほどだろうか。どこかキャンバスに似たそれに被された皮を、上に載った落ち葉ごと少し持ち上げる。
すると、赤い枠に囲まれた黒く渦巻くポータルが現れた。
彼は商人風の服装の襟もとから縫いこまれていた特別な糸を引きぬくと、それを先ほどの皮に開いた穴に結びつけ、もう一方の端は近くに立つ木の小枝に結んだ。
これで、ポータルが開いたままになる。
準備を終えたロスタンは、足から先に、ためらいなく黒い渦に跳びこんだ。
彼の姿が消えると、わずかな時間で跡かたも無く分解するよう作られた糸が切れ、落ち葉が載った魔獣皮の蓋がパタンと落ちると、そこには元のような落ち葉の吹きだまりがあるだけだった。
◇
『(@ω@) ご主人様、大変大変!』
おや、点ちゃん、どうしたの?
珍しく慌ててる?
『(・ω・)ノ スパイらしい人たちにくっつけた点があったでしょ』
ああ、ポルに頼んだやつだね。
『?(・ω・) その一つの反応がないの』
どういうこと?
『?(・ω・) 原因不明です』
うーん、一体、どうしたんだろう?
もしかすると、『・』の一つが不良品だったのかなあ?
あっ、その人がポータルを潜ったんじゃない?
『d(u ω u) だけど、それが消えた場所にポータルなんかないんですよ』
うーん、なんだろうねえ。
点ちゃんからの報告をそれ以上深く考えなかった俺は、後々そのことを後悔することになるのだった。
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