第5話 謎解き


 ギルドから聖女保護の依頼を受けてから六日、アリスト王国での一週間が過ぎた。

 各筋からもたらされる情報は、微々たるものだった。

 ナルとメルが登校してすぐ、俺たちはリーヴァスさんに呼ばれ、『やすらぎの家』のラウンジに集まった。


「みんな集まりましたな?

 では、これを」


 リーヴァスさんが取りだしたのは、彼に渡してある点魔法製の青い板、『パレット』だ。 

 あらかじめ用意するよう言われていた、ルル、コルナ、コリーダが、テーブルの上にパレットを置く。

 俺も指を鳴らし、点収納からパレットを取りだした。

 

 リーヴァスさんが、自分のパレット上で指を滑らせる。


「点殿、頼みますぞ」


 その合図で、リーヴァスさんが書きこんだ文字が、全員のパレットに表示される。

 コルナには獣人世界の言語で、コリーダにはエルフ語で、情報が送られたはずだ。

 俺のパレットには、アリストで使われている言語が表示されているが、文字読解までこなす多言語理解の指輪によって、それはこう読めた。

    

『1、まっ白な雪が降っておる。

 2、天翔ける獣に乗った乙女が、その白き仮面を撫でる。

 3、仮面は血で汚れ、乙女はそれをすすごうと、聖水の入った器に手を伸ばす。

 4、聖樹の加護で守られた器は、まだその手が届く場所にない』


「これは、何ですか?」


 すでに説明を受けているのに、思わず訊いてしまう。


「モスナート帝国の動きについて、情報屋が伝えた言葉ですな」


「まるで、詩みたいね」


 詩の分野にも才能があるコリーダは、そう感じたようだ。


「情報っていうのは、完璧なものではないでしょ。

 それを表現するにはいい手段かもね」


 コルナは、かつて為政者として毎日膨大な情報を処理していたから、さすがの意見だね。


「おじいさま、この最初についた番号は?」


 俺の疑問を、ルルが代りに訊いてくれた。


「うむ、私がつけたものだよ。

 そうした方が話をしやすいだろう?」


「はい、おっしゃるとおりです」


「まず、1の文だが、これは恐らくモスナート帝国の女帝を現したものだろう。

 彼女は、若い頃『白雪はくせつ美姫びき』と呼ばれていたのだよ」


 ふーん、色白美人さんなのかな?


「リーヴァスさん、その女帝に会ったことがあるのですか?」


「うむ、まだ先ほどのように呼ばれていたころ、何度か会いましたぞ」


 リーヴァスさんが現女帝と面識あるなら、やっかいな依頼の突破口になるかもしれないね。


「モスナートは、鎖国をしているんじゃなかったんですか?」


「かつては今ほど鎖国が徹底されていなかったですからな。

 モスナート各地に冒険者ギルドもありましたぞ。

 先代の帝王に請われ、仕事をしたことがありましてな」


「お仕事の内容をうかがっても?」


「今となっては、構わぬでしょう。

 あの国は、先々代の帝王が治めていた時代に国が乱れましてな。

 それだけで手一杯のところ、ドラゴンが現れたのです」


「……国は慌てたでしょうね」


「大変な混乱に陥っておりましたな。

 指名依頼を『セイレン』が受けましが、あやうく仲間の一人を失うところでした」


 すげえ、『セイレン』って、アリストの初代国王がリーダーしてた伝説のパーティじゃん!


「ドラゴンを討伐されたのですね?」


「いや、それはとても無理でしたな。

 相手は古代竜エンシェントドラゴンでしたから」


「古代竜!」


 コリーダが怯えている。

 いつも彼女にまとわりついてるナルとメルも古代竜なんだけどね。

 

「長く戦った後、ヤツの気が変わって、山の奥へ帰ってくれました」

   

「おじい様、山というのは、国境になってる『パンゲーラ山脈』のことですか?」


「そうだよ、ルル。

 その最高峰『カイザル山』だな」


「リーヴァスさん、じゃあ、まだそこには、そのドラゴンがいますね?」


「恐らくは。

 しかし、シロー、ここは話を戻して、2の文言について考えますかな」


「あ、すみません。

 話を逸らせてしまいました。

 それで、2の言葉について、何かお心当たりがありますか?」


 俺の問いかけに答えたのは、リーヴァスさんではなく点ちゃんだった。


『(Pω・) 『天翔ける獣』というのは、グリフォンのことでしょう』


「点殿の言われる通り、モスナード帝国の紋章は、グリフォンが使われておりますぞ」


「では、『天翔ける獣に乗った乙女』が女帝のことだとして話を進めますが、2の後半『その白き仮面を撫でる』とは、どういうことでしょうか?」


「うむ、そこは私にも分かりませんなあ」


 リーヴァスさんが無理なら……。


「点ちゃん、なにか予想できる?」


『(・x・) 無理ですね。情報が少なすぎて、予測が広がりすぎます』


 だよね。いくら点ちゃんでも、これは無理か。


「では、3の『仮面は血で汚れ、乙女はそれをすすごうと、聖水の入った器に手を伸ばす』について考えてみましょう」


「うーん、最初の部分、『仮面』っていうのは、女帝のことだよね」


 コルナが、三角耳をピクピクさせながら発言する。


「そうね、だけどそれが『血で汚れる』ってどういうことかしら?

 点ちゃん、分かる?」


 コリーダが、点ちゃんに話しかける。


『(・×・)』


 ダメか。


「まん中の『乙女』は女帝かしら。

 その次の『すすごうと』は、どういうこでしょう?」


 ルルも推理に行きづまってるっぽいね。


『(・ω・) 『それを』は『汚れ』のことでしょうから、『すすごうと』は汚れを落とすっていう意味でしょう』


 なるほど、さすが点ちゃん。


『(u ω u) ご主人様が、何も考えていないだけです』


 そ、そんなことないよ。


「3の最後、『聖水の入った器』は聖女のことでいいよね。

 それから、『手を伸ばす』の主語は、明らかに『乙女』だから……。

 女帝が聖女を狙ってるのは間違いなさそうだね」


「これは危険ですぞ」


 リーヴァスさんが、そんなことを言うってことは……。


「女帝って、どんな人なんですか?」


「目的を遂げるまで何があっても諦めない。

 そういう方ですな」


 リーヴァスさんの顔が青くなる。

 もしかすると、女帝のことをよく知ってるのかもね。


「4の『聖樹の加護で守られた器』が聖樹様の加護を持つ聖女ってことになると、エミリーか舞子に限られるね」


 エミリーは『守り手』の翔太とアリスト王城に住んでいるし、舞子も、先日こちらの世界へ来てからは王城住まいだ。

 女帝が何かしようとしても、そう簡単にはいかないだろう。

 もちろん、二人には複数の点もつけてあるから、守りは万全だ。

 

「一番最後の『まだその手が届く場所にない』は、女帝が聖女に手を出しかねているということでしょうか?」


「うん、きっとそうだと思うよ、ルル」  


「お兄ちゃん、じゃあ、私がまとめていいかな?

 分かっている所だけを繋ぐと、


  『モスナード帝国の女帝が、聖女を求めているが、まだ手に入れていない』


 って、感じかな?」


「まとめてくれてありがとう、コルナ。

 だけど、これだけだと、大したことが分かったとはいえないね」


「シロー、もしかすると、まだ意味がよく分かっていない部分に本当に大事な情報が込められているのかも」


 コリーダの直感はあなどれないからね。確かに彼女の言うとおりかもしれない。


「では、『乙女が、その白き仮面を撫でる』と『仮面は血で汚れ、乙女はそれをすすごう

と』の部分が何か調べるということになりそうですな」


「ですね。

 リーヴァスさん、次はどうすればいいでしょう?」


「ミミとポルが到着したら、現地へ向かいますかな。

 ただ、その前に聖女様方の安全を、もう一度確認しておきましょう」


「そうですね。

 陛下にも、その事を伝えておきます」


「では、みなは、いつ出発してもよいよう、用意しておきなさい。

 私は、このことをギルドに知らせてくる」


 こんな時、冒険者ギルドの協力が得られるのは心強い。


「帝国内のギルドはどうなってますか?」


「うむ、恐らく閉鎖されているのではないですかな」


 この指名依頼、ちょっと一筋縄ではいきそうもないな。

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