第4話 情報屋
「やっかいな依頼ですな」
若手のパーティにつき添い、長期の遠征に出ていたリーヴァスさんは、久しぶりに帰ってきて俺の話を聞くなり、眉をひそめそう言った。
「対象が三人いて、相手がその誰を狙っているのか分からない。
そもそも、本当に狙っているかどうかも定かではないですからな」
「そうなんです」
たまたま『聖女』と呼ばれる人物が三名いたことが、問題をややこしくしていた。
ギルドが俺に依頼を出したのは、『聖樹の巫女』であるエミリーを守るためというのが第一だろうが、ギルド本部にとって恩人ともいえる舞子も守りたいのだろう。
イリーナだって、怪我をしたケーナイギルドの冒険者をたびたび治療しているわけだから、ギルドと無関係とはいえない。
「どこから取りかかりましょうか?」
「そうですなあ。
ポルとミミにはすでに、連絡を?」
「はい、ギルドを通して済ませてあります」
「彼らが揃うまで、情報集めに徹しましょう」
「はい、分かりました」
「少し休んだら、情報屋の伝手を当たってみますかな。
点殿、シローを頼みますぞ」
『(^▽^)/ はーい、リーちゃん!』
おいおい、点ちゃん。
さすがに、リーヴァスさんに対して「リーちゃん」は、ないだろう。
『(・ω・)ノ でも、この前おしゃべりした時、そう呼んでほしいって』
さよですか……。
もう好きにしてくださいな。
『(^▽^)/ わーい!』
いえ、なんで喜んでるか意味不明なんですけど。
◇
リーヴァスは、アリスト城下の一角を歩いていた。
この区画は夜の店が軒を並べる歓楽街であり、一つ道を入れば狭く入りくんだ路地がスラムをなしている。
建物は、そのほとんどが粗末な平屋だ。その中で、この付近には珍しく、木の看板がぶら下がった一軒の前でリーヴァスが立ちどまった。
看板に描かれてるのは、水晶球の絵だった。
彼は、板を継ぎはぎしてある、その家の扉を独特のリズムで素早くノックした。
キイ
扉が薄く開く。
リーヴァスは素早く中へ入った。
入り口の小部屋を通りぬけ、垂れさがった黒い布を手でかき分けると、奥の部屋にはテーブルに一人の老婆が座っており、赤ちゃんの頭ほどある水晶球をのぞき込んでいた。
まっ白なざんばら髪と大きな鷲鼻が目についた。
「久しぶりじゃな、リー坊よ」
彼をその名前で呼ぶ人物は、すでにこの世で彼女だけだ。
「はい、ご無沙汰しております」
リーヴァスは、軽く頭を下げると、テーブルの前に置かれた椅子に優雅な動作で座った。
「お前さん、変わらぬのう」
老婆は水晶球をのぞきこんだまま、しわがれた声でそう言った。
しかし、本当に変わらないのは、老婆の方だ。
彼女は、リーヴァスが駆けだし冒険者だった頃から、少しも変わったように見えなかった。
「占って欲しいのかい?」
「いえ、申し訳ありません。
知りたいことがありまして」
「やれやれ、お前さん、私の仕事をなんだと思ってるんだい」
老婆は枯れ枝のような指で、顔の下にある水晶球を指さした。
この辺りで彼女が占いを
彼女こそ、アリストどころか、大陸一と言われるほどの情報屋なのだ。
「モスナート帝国の動きについて知りたいのです」
「ほう」
リーヴァスの言葉を聞いて、老婆の曲がった腰が一瞬伸びたように見えた。
「聖女のことかい?」
さすがに、超一流の情報屋である。すでにある程度の情報は掴んでいるようだ。
「さすが、『早耳のギルダ』ですな」
「よしとくれ。
あたしゃ、しがない占い師だよ。
だが、知りたいことがあるなら、この水晶が教えてくれるかもしれないよ」
彼女はそう言うと、考えこむような素振りをした後、握った右手の細い指を一本ずつ開いていった。
それを見たリーヴァスは、懐から金貨を五枚出し、それを水晶球の隣に置いた。
老婆の開いた手のひらが金貨の上を撫でると、それは手品のように消えた。
彼女の手が、そのまま水晶球の上にかざされる。
「ふむ……まっ白な雪が降っておる。
天翔ける獣に乗った乙女が、その白き仮面を撫でる。
仮面は血で汚れ、乙女はそれをすすごうと、聖水の入った器に手を伸ばす。
聖樹の加護で守られた器は、まだその手が届く場所にない……」
老婆が言葉を切ると、リーヴァスが立ちあがった。
「天翔ける獣の地には、その眷属どもが待ちかまえておる。
くれぐれも用心せよ」
最後にそうつけ加えた老婆に頭を下げると、リーヴァスは黙って部屋を出ていく。
彼が座っていた椅子を見つめた老婆が、独り言を洩らす。
「聖樹のご加護を」
しかし、その言葉は、魔術的な遮音処理が施された小部屋の中で虚しく消えていった。
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