第2話 久々の再会(上)


 各世界にあるポンポコ商会を巡る旅の後、舞子は定期的に『くつろぎの家』を訪れるようになった。

 なぜかは分からないが、その理由の一つは、彼女がルルやコリーダと仲が良くなったからだと思う。コルナとは、以前から親友だったしね。


「シロー君、いつもありがとう」


 獣人世界グレイルにある舞子の屋敷から、パンゲア世界アリストにある『くつろぎの家』へ転移した舞子と俺は、緑の草が広がる庭のまん中に現れた。

 グレイル世界ケーナイでは夜だったが、こちらではまだ夜が明けたばかりだ。

 朝露が降りた芝生は朝日に輝き、まるでダイヤモンドを敷きつめたかのようだった。

 

「ははは、舞子はいつでも礼儀正しいよね」


「もう!

 お礼を言っただけじゃない!」


 頬を膨らせた舞子は、羽織っていた厚手の茶色いロングコートを脱いだ。彼女がさっきまでいたケーナイは、冬のさ中だったからね。

 身軽になった彼女は、手のこんだ刺繍で襟や裾が飾られた白いワンピース姿だった。靴は、俺が地球世界で買ってきた黒いエナメルの革靴だ。以前から彼女に頼まれていたものをお土産で渡したら、とても喜んでくれた。


 今回、もう一人の『聖女』であるイリーナは連れてきていないが、ケーナイギルドに彼女を警護するよう依頼を出しておいた。ギルマスのアンデがやけに張りきっていたから、金ランクの冒険者が護衛につきそうだ。

 高くつくだろうが、これは仕方ない。


「あ、マー姉だ!」

「マー姉~!」


 母屋から、銀髪の少女二人が跳びだしてくる。

 普段この時間、ナルとメルはまだ寝ているから、舞子の気配に気づいて起きたのだろう。

 花柄プリントのパジャマ姿で舞子に抱きつく、二人の頭を撫でる。


「お早う、ナル、メル」


「「パーパ、お早う!」」


「舞子お姉さんから、ポコの実をおみやげにもらってるよ」


「「わーい!」」


「でも、まず朝ご飯を食べなきゃね」


「「はーい!」」


 二人に手を取られ、舞子が『くつろぎの家』へと入っていく。

 俺は庭の片隅にいらっしゃる『光る木』の神樹様へ近づいた。

 聖樹様への伝言を頼むためだ。


 ◇


 舞子を交えた賑やかな朝食の後、ナルとメルが学校へ行くと、舞子と俺の家族は、離れである『やすらぎの家』一階のラウンジに集まった。

 リーヴァスさんだけは、長期の依頼で遠方に出ているので、ルル、コルナ、コリーダ、舞子、俺の五人が集まったことになる。

 こういう時のために広めに設計したラウンジは、二十人程度が入ってもまだ余裕がある。


 アリスト城の女王畑山、マスケドニア王宮の勇者加藤と念話を繋ぎ、瞬間移動の準備に入ってもらう。

 ほぼ同時に二人から念話の合図があったので、指を二回鳴らす。

 瞬間移動用に確保してある部屋隅のスペースに、加藤、畑山さんの順に現れる。

 今回は、それぞれ一人ではなく、お供がついている。


「史郎君、お久~!」


「ヒロ姉、なんですか、その恰好?」


 ヒロ姉は、脇に縦線が入った、ピンク色のジャージを着ている。なぜかバスタオルを手にしている。

 ジャージに見覚えがあるのは、彼女から頼まれ、地球世界で買ってきたものだからだが、いくらなんでも、王妃がよその家を訪問する服装じゃないでしょ。


「え?

 ああ、この格好?

 彼に止められたけど、これだけは譲らなかったの。

 だって、王宮にいるとめったにくつろげないんだもの」


 指さされたショーカが、苦笑と怒りの混じった顔をしている。

 

「もう少し、王妃様としてのご自覚を――」


「ねー、こうでしょ!

 一人で来たかったんだけど、彼と一緒じゃないとジーナスが許してくれなかったの」


 いやいや、「一人で来たかった」ってねえ。あなた、加藤のついでですから。


「さあ、行くわよ!

 ジャグジー露天風呂、私を待ってなさい!」


 なるほど、手にバスタオルを握りしめてたのは、それだからですか?

  

「ルル、頼めるかな?」


「ええ、王妃様、どうぞこちらへ」


 ルルが微笑を浮かべ、ヒロ姉とショーカを案内してラウンジから外へ出ていく。

 ルル、ヒロ姉にその笑顔はもったいないと思う。


「ボー、姉ちゃんが迷惑かける」


 さすがに、あの加藤でも気をつかっている。


「まあ、ヒロ姉はいつもあんな感じだから気にするな」


「あれでも、王宮じゃあ、ずい分おとなしくしてるんだぜ」


 そうだね。そのストレスが溜まってるのかなあ。


「加藤、たまにはここに来てもらってもいいぞ。

 ただ、毎週とかやめてくれよ」


 釘を刺しとかないと、ヒロ姉だとやりかねないからね。


わりい、恩に着るよ」


「ま、気にするな」


 加藤を押しのけ、足首まである紫のゴージャスなドレスを身に着けた、女王畑山が前にでる。


「加藤、じゃま。

 ボー、今日の集まりだけど、ホントに大事な用なんでしょうねえ。

 ハートンはともかく、彼なんて不満たらたらなんだから」


 彼女の後ろには、苦虫を噛みつぶしたような顔をした、レダーマン騎士長が立っている。こころなしか、いつもは磨きあげられた白銀の鎧がくすんでいるように見える。ブロンドの髪が、少し乱れているのは、急いで用意したからかもしれない。


「シロー殿、後でお話があります」


 ひえー、レダーマンが怒ってる?

 ここは、頷くふりをしてスルーしておこう。


「「シローさん、お早うございます!」」


 十三才になったエミリーと翔太は、少し見ないうちに、ずい分背が伸びた気がする。

 レダーマンの渋面に比べ、二人の笑顔はまさに輝くばかり。天使だね。


「みんな、とにかくその辺に座ってよ」


 ラウンジ隅に置いた、大きな半円形のソファーにみんなが座る。

 エミリーと翔太の二人には、ソファーの横にそれぞれの体に合った椅子を出した。 

 ルルがヒロ姉の案内に出ている時間を利用して、各自の注文を受け、お茶やジュースを給仕役のチョイスに頼んだ。


「じゃあ、ルルも揃ったし、話を始めるよ」


 俺はそう切りだした。

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