第47話 異世界科生徒の日曜日(中)


 この日、異世界科の生徒であり、『拳闘士』に覚醒した小西と大和は、小西がお世話になっている合気道の道場を訪れていた。

 それぞれが合気道と空手の道着を身につけ、畳の上に正座している、その前には、小柄な老人が端座していた。

 

「葉山先生、先日お話しした大和君です」


 大和が改めて畳に両手を着き、深く頭を下げる。


「先生、初めまして。

 大和と申します」


「ほほほ、大和君、そんなに畏まらなくてもよい。

 わざわざよく来てくれたね」


 当代きっての達人として名高い老人は、軽い口調でそう言った。


「はっ、ご高名は以前からうかがっておりました。

 今日は、お目に掛かれて光栄です」


「ほほほ、悪名の方でなければよいのだが。

 さて、小西君の話では、私の教えを乞いたいというとだが……」


「はい、異世界で『拳闘士』に覚醒しまして。

 空手道場での練習に限界を感じておりました」


「大和君、君、空手を捨てて合気道を習うつもりかな?」


 さっきまでの軽い口調とは一転、葉山老人の言葉は重かった。


「はい、そうでなければ教えていただけないのであれば」


「ふむ、よい覚悟だ。

 しかし、空手はそのまま続けなさい。

 それぞれの術にそれぞれのことわりがある。

 そこに至る道は遠いし、至ったと思ってもまだ先がある。 

 捨てるのはもったいないよ」


「はっ、分かりました」


「とにかく、今日は、手合わせ願おうか」


「えっ!?

 お手合わせ願えるのですか!?」


「ははは、君もそのつもりで来たのだろう?

 だが、まず小西君と練習なさい。

 体がほぐれてから、私がお相手しよう」


「はい!」


 小西と大和は、葉山に一礼すると、立ちあがり左右に分かれ相対した。


「始め!」


 大きくはないが芯のある葉山の声で、二人の組み手が始まる。

 十五分ほど、激しく動きまわった二人は、かなり息が上がってきた。

 その間、葉山老人は、微笑を浮かべ二人の動きを見つめていた。


「やめ!」


 葉山の言葉で、大和と小西が開始位置に戻り、葉山にそして互いに礼をする。

 

「ほほほ、二人とも若い若い。

 よく動くのう。

 しかし、異世界はともかく、覚醒とやらも半分信じてはおらなんだが、どうやら本当にそういうものがあるようだね」


 葉山は、少年二人を、道場の端にある、縁側を兼ねた広い板の間へ招いた。  

 二人に座布団を勧め、自分は板の間に直接座る。

 大和と小西は、勧められた座布団を断り、自分たちも板の間に腰を下ろした。


 葉山老人が手を二つ叩くと、お茶をお盆に載せた感じのいい年配の女性が現われた。

 二人の前に、お茶が入った湯呑と、お茶菓子が載った小皿を置くと、すっと下がっていく。


「「いただきます」」


 小西と大和は、女性が背中を向ける前に頭を下げ、お茶菓子に手を出した。


「二人とも異世界とやらに行ったとのことじゃが、その話を聞かせてもらえるか?」


 葉山老人が、キラキラと目を輝かせ話を促す。

 

「はい、俺、いや、私たちが通っている異世界科は、修学旅行として異世界へ行ってきました」


 小西が大和に話させているのは、帰還後すぐ、師匠の葉山に旅行の話を伝えているからだ。

 葉山は大和の話に相づちをうちつつ、尋ねるべきことは尋ね、かなり長い間話を聞いていた。


「うむ、興味深い。

 そのシローさんとやらにも、一度会うてみたいものじゃな。

 さて、大和君、そろそろ呼吸は整ったであろう?

 手合わせ願おうか」


「はい!」


 勢いよく立ちあがった大和が、畳敷きの道場へ向かう。

 葉山老人も、すうと立ち上がると、するするとすり足で進み大和に対した。


「小西君、頼むよ」


「はい、先生。

 大和君、準備はいい?」


「ああ、いつでもいいぞ」


「……始め!」


 小西の声を聞くなり、大和は、いきなり葉山の胸に正拳突きを放った。

 異世界から帰ってきて、空手道場では敵なしだった、自信の一撃だ。

 しかし、大和が気づいた時には、天井が見えていた。

 一瞬で投げとばされたのだ。

 畳から背中に伝わってきた衝撃の軽さは、葉山が手加減している証拠だった。


 ぱっと跳ねおきた大和が、すぐに攻撃する。

 今度は、避けるのが難しい下段蹴りだ。

 気がつくと、大和は再び天井を見上げていた。

 またもや音もなく投げられたのだ。

 恐ろしいことに、組みあったという感覚すらない。


 それからしばらく、大和が攻撃し、そして投げられるということがくり返された。

 やがて、攻撃に疲れた大和が、畳から立ちあがれなくなる。

 葉山老人は、息一つ乱れていなかった。


「ははは、そろそろ終わりかな」


 手を貸し大和を立たせると、老人は礼の後、畳に座った。


「あ、ありがとうございました」


 汗びっしょの大和がよろよろと正座の姿勢をとり、礼をした。


「大和君、どんな速い技でも、その起こりさえ捉えれば、さばくのはさほど難しくないのだよ」


「はっ、はい」


「では、君はどうすればいいのかね?

 これを宿題にしておこう。

 では、これで失礼するよ。

 小西君、ご苦労様」


「「ありがとうございました」」


 葉山が去った道場では、二人の少年が視線を交わしていた。


「俺たち、まだまだなんだな……」


「ははは、大和君、本気で先生に勝とうと思ってたんだね」


「だって、『拳闘士』になってから、道場では向かうところ敵なしだったんだぜ。

 そりゃ天狗にもなるさ」 

 

「先生と稽古してどうだった?」


「速いだけじゃあ、全く歯が立たないってことは分かったよ」


「そうだよねえ。

 ボクも初心者の頃、速けりゃいいって考えてたもん」


「おいおい、初心者って何歳の時だよ」


「五歳くらいかな?」


「おいおい、やめてくれ。

 俺、今、十七だぜ!

 五歳のお前にやっと追いついたってことかよ……」


「先生から宿題もいただいたし、今日来た価値は十分あったんじゃない?」


「そりゃそうだが……。

 こうなりゃあ、同じ『拳闘士』の白騎士さんに相手してもらうか?」


「そうだね!

 お願いしてみよう」


「どうやら、『拳闘士』の道はまだまだ遠いな」


「ははは、いつか、伝説の『モウ・イヤン』みたいになれたらいいね!」


「それまでは、練習に付きあえよ、小西」


「望むところだよ、大和君」


 二人の少年は、固めた拳をぶつけ合った。

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