第46話 異世界科生徒の日曜日(上)


「おう、お前、早いな!」

「そういうお前こそ」

「あ、来た来た、これで全員揃ったかな?」


 生徒たちが集まっているのは、高校の格技場だ。

 彼らは、『剣士』に覚醒した異世界科二年の十五人で、日曜日の朝になるとここに集まり、剣術の練習をしているのだ。

 それぞれが手にしているのは、筋力に合わせ重さが変わる練習用の「剣」で、これはシローが点ちゃんと作り、一人一人にプレゼントしたものだ。手の大きさに合わせて柄の形や太さも変えてある。


 体育用のジャージに着替え、足袋たびをはいた彼らは、二列に並び向かい合った。

 お互いで相手の動きをチェックできるようにだ。

 相手がいない原田が、全体のチェックをする。この役は、一人ずつ交代ですることになっている。


「では、練習始めます」


「「「お願いします!」」」


 上座に軽く頭を下げた後、片側の七人が木刀を突く。


「右肩に力がはいってるよ」

「出だし、動きにムラがあるよ」

「踏みこみがやや小さいかな」 

 

 向きあった相手が、動きをチェックしてアドバイスする。

 全員、毎日、家で素振りはしているのだが、それだけだと知らないうちに変な癖がつくことがある。

 彼らは理想の形、記憶にあるリーヴァスの動きをなぞって練習しているのだ。


「きゃっ!?」


 三人いる女子生徒の一人が、悲鳴のような声を上げる。


「村上さんどうしたの?」

「大丈夫?」

「何があった?」


 ペアを組んでいた少年が、興奮した口調で説明する。


「村上さんの動きが、途中からビューンって早くなったんだ!

 どういうことだろう?」


「そういえば、リーヴァスさんが最後に型を見せてくれた時、あっという間に訓練場の端まで動いてなかった?」

「うん、途中の動きが見えなかった!」

「もしかして、村上さん、何か剣士のスキルが生まれたんじゃない?」

「俺たちにも、できるかもしれない!

 もっと練習しようよ!」


「「「おー!」」」


 生徒たちが盛りあがっている。

 この調子だと、彼らはお昼ご飯の事も忘れて練習しそうだ。


 ◇


 異世界で『魔術師』に覚醒した十二人の生徒たちは、学校の敷地内に新しくできた建物に集まっていた。

 ここは学校の裏手に当たり、かつては山の斜面と校舎の間にある空き地で雑草が伸び放題となっていた。

 山の斜面を大きく削り、空き地のスペースを増やしてから、窓がない箱型の建物を建てたのは、シローの仕業だ。

 窓がないといっても、換気口はあちこちに開いている。ただ、外から建物の中が覗けないよう設計されていた。


 この建物、入り口の扉には鍵がない。どういう仕組みか分からないが、限られた人しか入れない。

 また、シローからは、電子機器を持ちこまないよう言われている。一度、生徒の一人がうっかりスマホを持ちこんだら、それが故障してデータが全て消えるということがあった。


「くー、ここに入ると気合い入るわー!」

「確かに!

 私、夢の中でも、ここで練習してるから!」

「俺、一日中、ここにこもりたいよ!」


 地面がむき出しで、ただの箱のように見える建物に、なぜ生徒たちが興奮しているかの理由が、広い空間の奥にあった。

 五本ほど並んだポールそれぞれの先に、弓の的に似た円盤が載っている。その背後の壁には、少し高いところに、やはり五つの黒いディスプレイのようなものがはめ込まれていた。

 

 日曜日という事もあり、生徒たちはそれぞれ私服で来ているが、何人かは黒いローブを羽織っている。

 これは、アリストで買ってきた、魔術師用のローブだ。

 生徒たちは、一番右側にあるまとの手前に並んだ。

 むき出しの地面には、的と並行して何本かの青い線が引かれている。これは五メートルおきの間隔となっている。

 先頭の少年が立っているのは、二本目の線だから的から十メートル離れていることになる。

 

「水の力よ、我に従え!」


 彼が詠唱すると、伸ばした手の少し上に水玉が生まれる。水玉は、ピンポン玉くらいの大きさだった。 


「シュート!」


 水玉が的に向かって飛んでいく。

 

 パシャ


 それは的の端にぶつかり、飛沫を上げはじけた。


 カラン

 

 カウベルのような音がして、壁面のディスプレイに表示が出る。


 10-1.26


 表示された数字は、左側が的のどこに当たったか、右側は水玉がぶつかった強さを示している。

 左側の数字は、ハズレが「0」、的の一番外枠が「10」で十刻みとなっている。まん中に当たると「100」となる。  

 右側の数字は、水玉が大きいほど、そして、速いほど大きな値が表示される。

 この仕組みで、生徒はゲーム感覚で、魔術の能力を向上させられる。

 

 生徒は右端から一つずつ的を撃っていき、左端の的だけは木製の小型魔法杖ワンドを使って狙う。

 少年はワンドを手にすると、先ほどより大きな水玉を撃ちだした。


 ドン


 カラカラン


 水玉は勢いよく的に当たり、太鼓のような音を響かせた。ベルの音が二回鳴った。


 80-5.56


 少年が右手を突きあげる。満足できる結果だったようだ。

 彼は、さっきまでワンドが置かれていた白いテーブルの窪みにそれを戻すと、その横にある「〇」の上に「△」が二つ載ったマークに触れた。

 テーブル上に黒い数字が表示される。七つ並んだその数字は、五回の射的一回ずつの結果と、その平均と合計の数値だ。

 少年は、黒いローブの内ポケットからペンとメモ帳を取りだすと、自分の結果を写しとった。

 

「やった!

 かなり伸びてる!」


 五回の射的を終えた生徒が、次々に自分の結果をメモしていく。

 最初に射的を終え、みんなの競技を見ていた少年が声を掛けた。


「では、順位の発表をしてもいいかな?」


 順位発表は、全員の合意があるときだけという決まりになっている。

 今回は、反対する者がいなかったようだ。

 少年は、「〇」と「△」二つのマークに触れた。どうやら、マークのどこに触れるかで、表示されるものが変わるらしい。


 白いテーブル上には、黒い文字で十二人の名前がズラリとならんだ。

 

「かー!

 今回はドベか!

 やっぱり三番目の的を外したのが大きかったよ!」

「おー!

 前回より順位が上がった!

 次はトップを狙うぞ!」

「優勝は宇部さんかー!

 やられたなあ」


 みんなが宇部を拍手でたたえる。

 

「う、嬉しい!

 初めて!

 寝ても覚めても魔術のイメージトレーニングした甲斐があったよ」


「宇部っちー、だからこの前のテスト、成績下がってたんじゃない?」


「も、もう!

 嬉しいときに、嫌なこと思いださせないでよー!」


「「「あははは!」」」


 魔術師の卵たちは、今日も充実した練習ができたようだ。

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