第43話 もてなしの家


 その日、林と聡子はシローから呼びだされ、街の郊外へやって来ていた。

 竹林の中に続く小径を歩き、二人が行きついたのは、街を見下ろす高台だった。

 その部分だけ、かなり広い範囲、竹が生えてなかった。

 

「シロー君、どうしてこんな場所に私たちを呼びだしたのかしら?」


 西側に広がる街を見ながら、聡子が首を傾げた。


「それが、どうもよく分からん。

 この前会った時も、あんな話だったろう?」


「ええ、家に住むならどんな間取りがいいのとか、彼らしくない話だったわね」


「それより、リンダ先生のことだが、どう思う?」


「私は、引きうけてあげたい。

 あなたは?」


「うん、君が同じ考えで嬉しいよ」


 彼らは、シローからリンダとその母と同居することを提案されていた。

 

「彼女の事情を知っているのは、シロー以外だと俺たちだけだから――」


「こんにちは!」


 突然、背後から声を掛けられ、二人がビクッとする。

 振りむくと、竹林を背にカーキ色の服を着たシローが立っていた。

 その左肩には、白猫がちょこんと座っている。


「おい、シロー、驚ろかすなよ!」

「ほんと、びっくりしたんだから!」


「ははは、お二人とも、息ピッタリですね!」


「な、なにを言ってるのよ」

「そうだぞ。

 夫婦なんだから当たり前だろ」

「ちょ、ちょっと、あなた!」


「まあ、イチャイチャはそのくらいにしておいて、と。

 はい、先生、これどうぞ」


 シローが林に手渡したのは、テニスボールほどの青い玉で、白い突起がついていた。


「おい、イチャイチャってなあ……まあいいか。

 なんだこれ?

 あっ、そう言えば、アリスト郊外でハイキングした時、これからボードがたくさん出てきたんだったな」


「ええ、これも似たようなもんです。

 あっ、まだボタン押さないでくださいよ。

 そうですね。

 押したら、この辺りに投げてもらえます?」


 シローが敷地の少し奥を指さす。

 むき出しの地面に青い円が現われた。


「青い円の中へ投げればいいんだな。

 ぽちっと、ほい」


 林は、ボタンを押した玉を青い円の中へ投げた。


 ボンッ


「「うわっ!」」


 林と聡子が、のけ反って地面に腰を落とす。

 かなり大きな住宅が、突然目の前に現われたからだ。

 薄茶色の落ちついた外観で、継ぎ目のようなものが見当たらない。


「な、なんだ?」

「お家?」


「これ、俺からの結婚祝いです。

 異世界科教師のお二人としては、土魔術で造ったこの家そのものが教材ですから」


「おいおい、どういうことだ?」

「この家が、お祝い?」


「ええ、プレゼントです」


「「……」」


「とにかく、中へ入ってください」


 シローの言葉で、林と聡子の二人は、魅入られたように家の玄関扉を開いた。


 ◇


「なんじゃこりゃー!」

『(*'▽') なんじゃこりゃー!』  

 

 林が驚く声と、点ちゃんの念話が重なる。

 入ってすぐの大空間は、広い土間に続く畳み敷きの部屋になっていて、その一部には囲炉裏まで切ってあった。

 また、街が見下ろせる開口部に沿って縁側がL字型にめぐらされている。

 開けはなしの縁側を通り、竹林を抜けた風が入ってくる。

 玄関側からは見えないが、回りこむと、大きなアイランド型キッチンが設けてある。

 

「あら、二棟あるの?」


 聡子が指摘したように、広い土間の奥には、引き戸があり、シンプルな造りの別棟に続いていた。

 

「そちらは、リンダ先生たちの家になっています」


「シロー、お前、俺たちがリンダ先生を引きうけるって分かってたのか?」


「まあ、それくらいは。

 それより、二階は子供部屋になってます。

 ウチの商品であるベビーカーや、コケットも置いてありますよ。

 あとで確認しておいてください」


「シロー君、あなた渡辺さんから……」


 聡子が、そう話しかけた。

 彼女は異世界から帰る間際、舞子から自分の妊娠を知らされいていたのだ。


「それより、ぜひ見てもらいたいものがあるんです」


 シローは、縁側の横を歩き、二人を家の裏手へ案内した。

 いつの間にか、竹林と敷地の境には、竹垣が巡らされている。

 その竹垣が一か所、家へと伸びている。

 青年は、竹垣の木戸を開け、林夫妻を中へ招きいれた。


「おいおい、これって――」


「ええ、ジャグジー温泉露天風呂です」


 白い玉石が敷きつめられた一角は、竹垣で外部からの視界がさえぎられており、そこにある青い窪みにたたえられた湯が、泡で波打っていた。


「この家で使用するエネルギーは、全て『枯れクズ』という素材を通じ、太陽光を利用するようになっています。

 時々は陽にさらしたものと交換する必要がありますが、それは子供でも簡単なようにしてあります。

 それから、風呂の水は、こいつでろ過できるようになっています」


 シローは、ビー玉ほどのつやつやした青い玉を腰のポーチから出すと、それを林に手渡した。


「なんだこりゃ。

 ヒモでも通すのか?

 ここに穴が開いてるが」


「水やお湯がそこを通ると、浄化される仕組みになっています。

 風呂に入った後、これを投げこんでおいてください。

 五分ほどでお湯が浄化されます。

 それから、汚水は、俺が魔法で作った空間に溜められます。

 千年使っても一杯にはなりませんよ」


「ど、どうなってるんだ、いったい!?」


 林は聞いた話が頭に入ってこず、戸惑っている。

 一方、聡子は目を輝かせ、シローの話を聞いていた。


「シロー君、この場所、水道が来てないと思うんだけど……」


「聡子先生、そのご心配は無用です。

 これが、お湯と水が出る魔道具、いつくか用意してあります。

 これが温泉水が出るアーティファクト。

 どちらも、すでにこの家に備えつけてあります。

 トイレはウオッシュ式になっています」


「そ、そうなの……なんだか凄すぎて実感が湧かないわ」


「家の機能については、外部に洩らせないものも多いですから、その辺は適当にごまかしておいてください」


「ええ、それはいいんだけど……」

「シロー、新婚のプレゼントって、この家の何がプレゼントなんだ?」


「だから、全部ですよ」


「「……」」

 

「敷地も手続きを済ませてあります。

 その後ろの竹林も含め、この辺一帯を買っておきました」


「お、おい、とんでもない金額にならなかったか?」


「土地自体は、タダ同然の値段でしたよ。

 ここって元々は市街化調整区域ですから、本来、家は建てられないんです。

 まあ、その辺は、首相に言って適当に処理しておきました」


「「……」」


「一度は研究者が訪問すると思いますから、それは許可してやってください。

 異世界科の授業でも、この家を教材として使うでしょうし」


「うーん、なんと言っていいのか分からん」


 林は当惑顔だが、聡子は満面の笑顔だ。


「シロー君、プレゼントありがとう!」


「ははは、ああ、最後に。

 この家、『もてなしの家』って名前です。

 嫌なら変えてもらって結構ですから」


「……『もてなしの家』か。

 お客さんがたくさん来る、賑やかな家になりそうだな。

 シロー、ありがとうな」


「どういたしまして」


 そう言いながら、シローが服を脱ぎだす。


「きゃっ、シロー君、何してるの!」

 

「聡子先生、そんなに驚かなくても。

 俺、この下に水着はいてますから。

 ジャグジー温泉風呂、実際に使ってみないと、どんな感じか分からないじゃないですか」


「おいおい、我が家の一番風呂に入るのは、お前かよ!」


 林がそう言っている間に、シローはすでにお湯につかっている。


「ふえ~っ、気持ちいい!

 やっぱり、竹の香りがいいなあ。

 ウチも、風呂場の脇に竹を植えようかな」


「蛇の生殺しだな、こりゃ」

「ええ、私も入りたいわ」


「点ちゃん、頼めるかな?」


『(・ω・)ノ はいはーい、いいですよー!』


「ここのところ、いっぱい遊んだからご機嫌だな、点ちゃんは」


「遊んだって、お前、何して――お! これ、俺の水着か?」

「ど、どうやって私の水着を!?」


「さあ、お二人とも、家の中で着替えてきてください」


 竹林の露天風呂からは、長い間、三人の笑い声が響いていた。


『へ(u ω u)へ ご主人様は、のぼせちゃったけどね。やれやれ』

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