第42話 シローのお節介(下)
ここはニューヨーク、マンハッタン。
超がつく高級レストランの一室に、二人の姿があった。
一人は大柄な白人男性、もう一人は頭に茶色い布を巻いた青年だ。
食事を中座し、別室で電話を掛けていた青年が戻ってきて、白人男性に謝罪したところだ。
「失礼しました」
「気にしなくていいよ」
「ハーディ卿からの電話でした」
「ほう、ジョンからか。
彼はなんと?」
「ハーディ邸が、テロリストから襲撃を受けたそうです」
青年の口調は、落ちついたものだった。
「な、なんだと!?
ジョンは無事なのか?!」
ハーディ卿の友人でもある男性が、驚いて大きな声を上げた。
「ええ、襲ったテロリストは、彼が見ている前で消えたそうです」
「消えた……?
もしかして、君か?」
「ええ、テロリストたちは、五か所で帰還者とその家族を襲いました」
目の前に置かれた芸術作品のような料理を食べるため、青年はナイフとフォークを器用に操りながら、断定口調でそう言った。
「ま、まさか、またウチの軍が関わってはおらんだろうな?」
以前、この国に所属する軍人が暴走し、『帰還者』を襲った事があったのだ。
「大丈夫ですよ、サム。
以前、お国の軍に属していた者もいますが、そいつらはすでに除隊しています」
「ど、どうしてそんなことまで?」
「ははは、俺たちなりの情報収集ですよ」
大統領は、青年の言葉を聞いて背筋が寒くなった。
青年は、のほほんとした表情で、肩に乗った白猫に白身魚のソテーを食べさせている。
デザートまで食べおえ、コーヒーが出てくると、青年が再び口を開いた。
「ところで、サム。
お国のある組織が、俺の母校に女性工作員を送りこんでたこと、知ってますか?」
「……し、知らんよ!
そ、そんなこと、聞いたこともない!」
「ははは、まあ、こっちは、あなたが知ってるか知ってないか分かってるんですけどね」
「……」
大統領の顔にぶわりと汗が噴きだす。
壁際にいたSPが、彼の異常に気つき近寄ろうとして、大統領その人に制止された。
「以前あった軍人による狙撃、今回のことで二件目ですね」
青年の声に脅すような調子はない。ただ、事実を淡々と述べているだけだ。
しかし、大統領のアゴからは、汗が滴りはじめた。
「き、君たちに絶対危害を加えないという条件で、きょ、許可したんだ!
分かってくれ!」
「女王陛下(畑山)は、俺たちについて調べるようなことをしても、その国の首脳を消すと言ったはずですが?」
「ひ、ひいっ!
頼む!
本当に悪意などなかったんだ!」
「やれやれ。
女王陛下は、悪意のあるなしは問題にしてなかったはずですが……」
「ぐうっ、た、頼む!
今回だけは、見逃してくれ!」
「ま、いいでしょう。
ですが、さすがに二度目です。
こちらも、条件をつけさせてもらいますよ」
「な、なんだ?
なんでも言ってくれ!」
「まず、工作員リンダさんの身柄をこちらにひき渡してもらいます。
彼女は、以降、俺たちの仲間となりますから、彼女や彼女の家族に何かあれば敵性対象とみなします」
「わ、分かった!」
「あと、彼女を送りこんだ機関の上層部には、責任を取ってもらいます」
「けっ、消すのか!?」
「いえ、ある場所で余生を過ごしてもらいます」
「えっ!?
それだけか?」
「ええ、それだけです」
「……分かった。
しかし、あの機関は職員の情報が一切知られていないはずだが――」
「まあ、その辺は、なんとでも。
では、この二点、了承してもらえますね?」
「りょ、了承する」
「もう、二度とこんな危険なマネはしない方がいいですね」
「ああ、もうしない」
大統領は、安堵のあまり椅子にへたりこんだ。
◇
工作員リンダを異世界科に潜入させた、巨大組織の長官は、朝から困惑していた。
昨日から、政府首脳と連絡が取れなくなったのだ。
大統領と直接通話できる機器でさえ、応答が返ってこない。
力のある上院議員から手を回してもらおうとしたが、それもムダだった。
「どうしたんだ!?
何が起こってる?」
この国のインテリジェンスを支配している男の勘が、容易ならざる事態を告げていた。
「幹部を『オアシス』に集めろ!」
小柄な初老の男は、内部回線を通し秘書へそう連絡すると、特別な会議室へと足を向けた。
会議室に集められた幹部たちは、みな一様に戸惑った表情をしている。
彼らが会議をするときは、内部回線を通し、画面上で行うのが普通だからだ。
このように直接顔を合わせて会議をするなど、異例中の異例だ。
「知っている者もいると思うが、昨日から大統領周辺と連絡が取れない。
専用回線を使ってもだ。
なにか知っている者はいないか?」
四角い赤縁の眼鏡をかけた、白人女性が手を挙げた。
「大統領は、昨日帰還者シローと会食しています」
集まった幹部たちが、顔を見合わせる。
「それが、この事態の原因だと思うか?」
長官の問いかけに女性が答える。
「通信が途絶えたのは、会食の直後からです」
「……となると、工作員を潜入させたことと何か関係があるのか?
工作員からの報告は?」
これには、頭の禿げた中年の男性が答えた。
「異世界に行った後、すでにこちらへ帰還しておりますが、連絡がありません。
関連の医療施設で治療していた彼女の母親が、二週間前から姿を消しております」
「姿を消しただと!?
あの施設は、許可なく外へ出ることなどできぬはずだぞ!」
「それが本当に煙のように消えたのです。
監視カメラは、彼女が消える直前に故障しています」
「なんだそれは!
なぜ報告を上げない!」
「いえ、すでにレポートは送りましたが……」
「まだ読んでおらんぞ!」
「緊急のタグは、つけておりませんでしたから」
「馬鹿者!
明らかに、異常事態だろうが!
お前は帰還者の力を……」
長官がそこで言葉を止めたのは、会議室の隅に突然現れた、白猫を肩に乗せた青年の姿を目にしたからだ。
「お、お、お前は!?」
長官が指さした先を見た幹部たちが、ガタリと椅子から立ちあがる。
「えー、みなさんがお話中の帰還者です」
「ばっ、馬鹿なっ!
どうやってここへ!?」
長官の驚きは、当然のことだ。この特別会議室は、地下五十メートルの所にある。
「あんたら、『異世界科』に工作員を送りこんだな。
それがどういうことを招くか、分かってるんだろうな?」
「お、お前は、帰還者シロー!」
「おいおい、あんた、うろたえるにもほどがあるぞ。
まあ、あんたたちには、やったことの報いを受けてもらう」
「わ、私たちを消すんですか!?」
赤縁眼鏡の女性が、詰問口調でそう言った。
「いや、あんたらのことだ。
そんなことじゃあ、反省も後悔もしないだろう。
だから……」
青年は、一つ指を鳴らした。
その瞬間、巨大組織の長官と幹部たちは、照りつける太陽の下、白い砂浜にいた。
空から声が降ってくる。
「今までご苦労さん。
そこで、じっくり余生を楽しんでくれ」
その声が終わると、彼らの近くに、軍服姿の男女が十人ほど現れた。
それは、CAAというテロ組織の幹部として、彼らがマークしてきた者たちだった。
そのうち数名が、腰から拳銃を抜く。
絶海の孤島を舞台とした
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