第41話 シローのお節介(中) 


 瀬戸内海を望む地方都市にある古びたカフェ、『ホワイトローズ』は、今日もお客で一杯だった。


「んもう、シローちゃんったら!

 せっかく帰ってきてるんだから、少しくらいお店を手伝ってくれればいいのに!」


 白騎士が、そうぼやくのも無理はない。

 カフェの仕事が終わっても、彼には、まだ『ポンポコ商会』の仕事が残っているのだ。


「リーダー、アメリカに行ってるんでしょ?」


 カウンターに座り、紅茶を楽しんでいる桃騎士が、白騎士に言葉を掛けた。

 

「そうなのよ!

 キーッ、どうせなら、私も連れていってほしかったわ、まったく!」


 白騎士が白いハンカチをくわえ、それを引っぱる。


「だけど、今回は、お仕事で大統領に会うって言ってなかった?」


 興奮しいる白騎士とは対照的に、桃騎士は落ちついていた。


「あら、そうだったわね!

 じゃあ、私、ついて行かなくて正解だったかも。

 いつだったか、大統領に『素敵なおじさまね』な~んて言っちゃったから」


「そういえば、そんなことがあったわね。

 やっぱり会わない方がいいかもね」


 その時、裏口から元気な声が聞こえてきた。


「ただいまー!」


 カウンター横のパントリーから、ランドセルを背負った少年が顔を出す。


雅文まさふみ君、おかえりー!」

「おかえり、雅文」


 少年はランドセルを降ろすと、ストールから降りた母親の桃騎士に抱きついた。

 それを見たお客さんたちの頬がゆるむ。

 ところが、このほのぼのした光景に水を差す者が現われた。


 短機関銃を構えた迷彩服の男がカフェの入り口を荒々しく開け、フロアへの階段を降りてきたのだ。

 彼に続いた迷彩服は、五人を数えた。


「なになに?」

「ドラマの撮影?」

「シューティングゲーム?」


 お客は騒ぎだしたが、侵入してきたのが本当のテロリストだと分かったら、どうしただろうか?

 迷彩服を着た男の一人が、彼らをよく見ようと立ちあがった女性に狙いをつけ、引き金を絞ろうとした。


「「「えっ!?」」」


 お客たちが驚いたのは、目の前にいた迷彩服の五人が、まるで幻のように消えたからだ。

 

「な、なんだったの?」

「今、人が消えなかった?」 

「やっぱり撮影?」


 白騎士がカウンターからフロアに出てくる。

 手を二つ叩いた彼は、明るい声でこう言った。


「はーい、みなさん、今のは世界初公開、最新のVR技術です。

 どうぞ、拍手を!」

 

「きゃー!」

「VRだって!」

「かっこいいね!」


 客席が拍手で湧く。

 カウンターの内側に戻った白騎士は、桃騎士だけに聞こえる声でぼやいた。

 

「んもう、シローちゃん!

 襲撃イベントがあるなら、あるって言っといてよね!」


「ホントよね!

 愛の魔法をぐるぐる、ぽん!」


 襲撃者が消えた辺りに向け、桃騎士がおもちゃの魔法杖を振る。

 それを見たお客さんが、また騒ぎだした。


「きゃーっ、桃ちゃんの魔法だ!」

「感激!

 あれが見られるなんて!」

「えっ!?

 さっきの人たち、その魔法で消えたの?」


 白騎士がため息をつく。


「やれやれ、シローちゃん、早く帰ってきてくれないかしら」


 そんな白騎士に、雅文少年が白い紙を渡す。


「はい、白騎士さん」


「あーら、雅文君、これって何かしら?

 あら、『かたたたきけん』って書いてある」

 

「うん、疲れてるみたいだから」


「まあっ、なんて子かしら!

 まさに天使よ、天使!」


 白騎士が、雅文の頭を優しく撫でる。


「消えた人たち、どこ行ったんだろうね?」


 桃騎士は、そんなことを言いながら、ゆっくりカップを傾けるのだった。


 ◇


 カフェ『ホワイトローズ』、つまりは、『異世界新聞社』と『ポンポコ商会』を襲ったCAAの工作員は、いきなり周囲の景色が変わって戸惑っていた。

 岩山の上に現れた彼らは、カフェの前に停めていた大型車両が、運転手ごと横にあることに、なかなか気づかないほどだった。


「ど、どうなってる!?」


 車に乗っていた男が、外へ出てくる。

 高い岩山からは、遥か彼方まで見渡せた。

 どの方向を見ても、大海原の向こうに水平線が広がっているだけだ。


「絶海の孤島ってやつか?」

「本部が応答しないわ!

 いえ、電波が届いてない!」

「こりゃいったいなんだ!?

 訳が分からん!」


 パンッ


 島のどこからか、銃声らしきものが聞こえてきた。


「おい、他にも誰かいるぞ!」

「とにかく、いつでも撃てるよう用意しておけ!」

「どうやって下へ降りるの?」

「おい、車にロープは積んでねえのか?」

「積んでるが、二十メートルほどのヤツだぜ」


 収拾がつかなくなった六人を、リーダー役の男がまとめようとする。


「いいか、とにかくここがどこか調べる。

 通信技術がある二人は、ここに残って本部と連絡がとれないか試してくれ。

 残りは、ここから降りるぞ!」


 彼ら七人の悪夢は、まだ始まったばかりだ。



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