第40話 シローのお節介(上)
地球世界と異世界とが交流することに反対する、『CAA』、仲間内では「カー」で通っているこのテロ組織は、歌姫コリーダに対する襲撃、異世界科がある高校への襲撃に失敗し、もう後がなかった。
彼らに出資しているスポンサーが、資金の提供を渋りはじめたのだ。
このままでは組織の存続が危うい。
組織の中枢は、思いきった手段に踏みきることにした。
異世界に関係する者たちへの同時多発テロだ。
ターゲットとして選ばれたのは、『初めの四人』の家族、『異世界新聞社』と『ポンポコ商会』の社員たちだ。
日本国外でも、ニューヨークにあるハーディ卿の本宅が標的となった。
その五か所とは、加藤家、渡辺家、畑山家、カフェ『ホワイトローズ』、ハーディ邸だ。
異世界科がある高校も当初は標的の一つだったが、すでに一度襲撃している場所は警戒が厳しい恐れがある。数の上でかつての半分以下になってしまった人員を割く余裕などなかった。
異世界からの帰還者がいかに異能を発揮しても、一度に五か所、しかもそれぞれ複数人を狙ったテロはさすがに防げまい。CAA中枢には、そういう思惑があった。
◇
加藤家は、異世界科がある高校から一キロほど北西にある。
この辺りは住宅と田畑が混在していて、いかにも田舎町の郊外といった風情がある。
「暑い中、わざわざ高校まで行ってよかったね、あんた」
「ああ、お前の言うとおりだよ」
色白でぽっちゃりした加藤の母親と小柄だが浅黒く引きしまった加藤の父親が、青々と伸びる稲に囲まれた農道を、並んで歩いていた。
二人が背広とドレスという着慣れない格好をしているのは、さっきまで高校で娘の写真を見ていたからだ。
その写真とは、異世界科の生徒たちが修学旅行の報告会で使った、等身大のパネルだ。
見栄えするマスケドニア王の横で、輝くような青いドレスに身を包んだ娘の姿に、二人は感動しきりで、しばらく写真の前から動けなかった
まだ陽は高いが、ここは暮れるのが早い
「「「ハーイ!」」」
「おや、こんにちは」
この土地では珍しい外国人のハイカーが四人、デイパックやテントらしきものを背負って二人とすれ違った。
加藤の両親から十メートルほど過ぎると、四人のハイカーが、背負っていた荷物を素早くアスファルトの道に降ろす。
長い包みからは機関銃を、デイパックからは拳銃を取りだした彼らは、その遊底を引き、銃口を二人へ向けようとした。
シャコン
銃がそんな音を立てたが、その音は見慣れない風景に虚しく吸いこまれた。
「ど、どこだここは!」
「さっきまで田んぼ中にいたのに!」
「おい、あれは熱帯の木だぞ!」
「どういうこと?」
CAAのテロリスト四人は、なぜかジャングルの中に立っていた。
キーキーという鳥の鳴き声らしきものが聞こえてくる。
お日様は彼らの真上にあった。
「なんだ?
太陽の位置がおかしいぞ!」
「どういうことなの?
ここはどこ?」
「夢を見てるんじゃないだろうな?!」
「端末に電波が届いてないわ!」
想定すらしていなかった事態に、四人はパニックになりかけていた。
パンッ
その時、どこからか銃声らしき音が聞こえてきた。
「あっちね!
どうする?」
「とりあえず、あっちへ行ってみるか?」
「でも、誰かいるってことよね?」
「どうするかな」
相談を始めたテロリスト四人の頭上に、灰色をした短いゴムバンドのようなものが茂った木々から雨のように降り注いだ。
「ひっ、山ビルだ!」
「首筋を出すな!」
「袖を降ろした方がいいわ!」
「もうイヤっ!
気持ち悪い!」
どうやら、彼らの苦難は始まったばかりのようだ。
◇
渡辺家が守る神社は、小高い丘の上にある。そこからは、小さな街が一望できる。ここからだと異世界科がある高校や『地球の家』がよく見える。
しかし、今しがた石段を登り鳥居をくぐった四人には、別の目的があった。
それは渡辺舞子の両親を殺害することだ。
CAAの一人が背中を向けると、彼が背負っていたデイパックから、三人が拳銃を取りだした。
彼らは足早にお社を回りこみ、その一人が渡辺家の呼び鈴を押した。
三人が拳銃で玄関扉を狙う。扉が開けば容赦なく銃撃を始める体勢だ。
「はーい!」
女性の声で、舞子の母親が引き戸を開ける。
「あら?
気のせいかしら?」
玄関前には誰もいなかった。
彼女は戸惑った顔で、扉を閉めた。
一方、渡辺家を襲撃した四人は、舞子の母親以上に戸惑っていた。
周囲の景色がいきなり変わったのだ。
そこは弓なりに続く砂浜で、潮の匂いやうち寄せる波から考えると、どこかの海辺らしい。
後ろを振りむくと、ジャングルが広がっている。
左手に高い岩山が見えた。
「ど、どういうことだ!?」
「ここ、どこよ?!」
「な、なんだこりゃ!?」
「電波が届かないわ!」
近くの茂みがカサリと音を立てた。
パンッ!
冷静さを失った女性が、そちらに拳銃を撃った。
「ばっ、馬鹿!
落ちつけ!」
仲間から強い口調で言われ、彼女はやっと我に返った。
「とにかく、ここがどこなのか調べるのが先だ」
リーダーの男性がそう言うと、残りの三人が頷いた。
彼らは、この先に待つ過酷な運命に気づいていなかった。
◇
CAAによる畑山家襲撃の作戦は、もっとも大規模なものだった。
畑山邸の敷地が広いことに加え、戦闘能力が高い住人が多数住んでいるから、それも当然と言えた。
爆発物の専門家を含む、十人の工作員が、畑山邸に侵入した。
開錠の技術を持つ男が裏口の木戸を開けたのだ。
しかし、邸内に入ったと彼らが思った瞬間、周囲の景色がぱっと変わった、
うち寄せる波音、肌を濡らす波しぶき。
十人が立っているのは、磯の上だった。
前方は見渡すかぎりの海原、背後にはそびえ立つ崖がある。磯づたいに歩こうにも、それは左右で切れており、波間から鋭い牙のような岩礁がのぞいていた。
「どうなってる?」
「これは夢か?」
「くそう!
通信不能です!」
そんな彼らに最初の悲劇が訪れた。
磯を高波が襲ったのだ。
ザパン!
「ぐあっ!」
「岩にしがみつけ!」
「崖まで走れ!」
口々にわめく彼らだが、最初の波で三人がさらわれてしまった。
大きくうねる波間に、頭が二つ浮いている。
「た、助けてくれ!」
「助けて――」
ザパーン!
そこへ、先ほどより大きな二度目の波がやってきた。
波が引いた後、残っていたのは、なんとか崖までたどりついた五人だけだった。
波間に浮かんでいた仲間は、すでに姿が見えなかった。
「この崖を登るしかない!」
「だけど、ロープも無いんだぞ!」
「なら、ここにいて死ぬのを待つのか?」
「俺は登るぞ!」
彼らが崖を登り終えた時、その人数は三人にまで減っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます