第39話 頭を下げる少年
「シローちゃん、旅行から帰ってきてすぐ、こんなに働かせるってあんまりじゃない?」
「白騎士さん、口を動かさずに手を動かしましょう!」
「もう、シローちゃんは、とことん融通が利かないんだから!」
カフェ『ホワイトローズ』地下にある『ポンポコ商会地球支店』での山のような仕事を済ませ、ようやく『地球の家』へ瞬間移動しようとしていたシローに、点ちゃんから報告が入った。
『(・ω・) ご主人様ー、『地球の家』に誰か近づいてますよ』
「誰だろう?
この前、修学旅行の説明会を襲ったヤツらかな?」
『(Pω・) いえ、これは異世界科の生徒ですね』
「異世界科の生徒?
誰だろう?」
『(・ω・)ノ アリストへの修学旅行に参加しなかった人みたいです』
「ふーん、どうしたんだろ?」
『(・ω・) どうしますか?』
「ちょうど、『地球の家』へ跳ぶところだったから、とりあえず会ってみようか」
『ぐ(・ω・) 了解です』
◇
シローは、瞬間移動で『地球の家』の玄関ホールに現れた。
彼は点収納からパレットを出し、そこに玄関前の映像を映した。
そこには、玄関扉前をウロウロ歩きまわる少年の姿があった。
点魔法でロックしていた扉を開ける。
「こんにちは。
なにか用?」
「ひっ!」
突然声を掛けられた少年は、足をもつらせ転んでしまった。
「痛っ!」
「おい、大丈夫か?」
シローは、少年の腕をとり立たせる。
「あ、あの俺、曽根っていいます!」
「ああ、覚えてるよ」
この少年は、確か色々問題を起こした曽根議員の息子だったはずだ。
シローは、この少年にも良いイメージを持っていなかった。
「お願いします!
俺を異世界へ連れていってください!」
頭を下げた曽根少年に、シローは戸惑うだけだ。
「いや、修学旅行は、もう終わっちゃったでしょ。
今から行くなんてできないよ」
「そこをなんとかお願いします!」
少年は腰を直角に曲げ、頭を下げたまま上げようとしない。
「よく分からないけど、何か事情があるんだろう?
話だけは聞くから、中へ入るといいよ。
だけど、念を押しておくけど、異世界へは連れていかないよ。
それから、君、ここに来たこと先生や親御さんに伝えてる?」
「……い、いえ、伝えてません」
頭を下げたままの少年が答える。
「じゃあ、まず、家に連絡しなさい」
「そ、それができないんです!」
「どういうこと?
林先生には連絡してもいいかな?」
「は、はい、先生になら……」
「とにかく中へ入って。
こんなところにいると、ずぶ濡れになっちゃう」
少し前から、小雨がぱらついている。
「ありがとうございます。
痛っ!」
頭を下げたまま家に入ろうとした少年が、半開きのドアに肘をぶつけてしまった。
「曽根君、もう頭を上げて。
そんなことになっちゃうから」
シローは少年を連れ、リビングに入っていった。
◇
ソファーに座った曽根少年は、肘のケガを気にしているようだ。
血がその辺に着くのが心配なのだろう。
シローは、彼の向かいに座ると指を鳴らした。
少年の肘が、ぼうっと白く光る。
光が消えると、肘のケガは後かたもなく治っていた。
「えっ?
えっ?!」
驚いている少年の前に、ティーカップが現われる。
それには、湯気が立つお茶がすでに満たされていた。
「?!」
狐につままれたような顔をした少年が、お茶に口をつける。
「うまっ!」
「美味しいかい?
それはエルファリアのお茶に、ドラゴニアの蜂蜜を垂らしたものだよ」
「エルファリア!
ドラゴニア!」
少年は、授業で聞いたことがある異世界の名前に驚いたようだ。
「とにかく、話はそれを全部飲んでからだね」
気が急いている曽根少年を落ちつかせるように、シローはことさらゆっくりカップを口に運んだ。
それにつきあうようにカップを傾けた少年は、少し冷静さを取りもどしたようだ。
「お茶のお替りはどう?」
「いえ、結構です」
「じゃあ、君の話というのを聞かせてもらえるかな?」
曽根少年は、話しているうちにまた気持ちが高ぶってきて、しどろもどろになったりもしたが、修学旅行を通して何があったか、とにかく気持の全てをぶちまけた。
シローは、黙ってそれを聞いていたが、少年の話が彼の父親から掛けられた心ない言葉に及んだ時、一言だけつぶやいた。
「『役立たずのクズ』ねえ」
「だ、だから、俺、学校辞めて家を出て、自分で生きていくことにしたんです!」
曽根は長い話を終えたようだ。
シローは、しばし目を閉じ何か考えているようだった。
「曽根君、家を出るのはやめなさい。
学校を辞めるのもだ」
「ど、どうしてです!
お、俺――」
「こらこら、話を最後まで聞いて。
君は異世界に興味があるんだろう?
それなら高校を辞めるべきじゃない。
君が在籍している異世界科ほど、異世界の事について学べる場所は他にないからね。
今のうちに、異世界に関して学べるだけ学んでおくといい」
「……」
少年は固めた拳を自分のアゴに当て、シローの言葉について、よく考えている様子だ。
「君が無事高校を卒業したら、改めて話をしよう。
そのときまで、その強い気持ちが続くことを祈るよ」
「……分かりました」
「君には、これを渡しておこう」
シローが指を鳴らすと、その手にタブレットに似た板が現われた。
「これ、パレットっていうんだけど、文字情報が送信できるようになっている。
送信先を、『ポンポコ商会』にしておくから、何かあったら白騎士さんに相談するといい」
少年は、おっかなびっくりパレットを受けとった。
「それから、これ欲しいんじゃない?
渡しとくから、乗り方はクラスメートから習うといいね」
シローが再び指を鳴らし、現れたのはボードだった。
「さっき言った『ポンポコ商会』も『異世界通信社』も、人手が足りなくて困ってる。
そのことを忘れないでくれ」
何気なく聞いたその言葉の本当の意味に少年が気づくのは、少し先のことになる。
「ど、どうも、いきなりお邪魔してすみませんでした」
シローが玄関まで少年を送ると、彼は深く頭を下げた。
「気にしなくていいよ、心の底からそうしたいときは、行動した方がいい。
じゃあ、次に会える時を楽しみにしてるよ」
「はい、ありがとうございました」
『(*'▽') バイバーイ!』
「?!」
「あ、今のは俺の友達、点ちゃん。
次に会う時には、きちんと紹介するから」
「は、はい、ではまたいつか」
「よい風を」
こうして、一人の少年が、新しい自分に向かって最初の一歩を踏みだした。
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